番外1655 庭園を通り抜けて
迷宮の出来上がったばかりの領域、か。
元々ほとんど人の立ち入ったことのない星球庭園から繋がっているという事、ティエーラが管理者となった影響で作られた領域である事。それらを考えれば高難易度区画である可能性は高い。もっと穏やかな空間であるという可能性も十分にあるが……ティエーラの性質を鑑みると予想が難しいな。
当人は穏やかではあるが本質的には人や魔物達に対して中立で、地上で生まれた命や存在に逞しく育って欲しいと願っている。そういう精霊としての在り方なのだ。
だから訪れる者にとって試練になるような区画という事も有り得るし、コルティエーラと分かれているから、大自然の厳しさという部分が反映されていない、という事だって考えられるわけだ。
コルティエーラと分離しているという事も含めての反映という事も有り得るので、現時点での予想は立てにくいな。
元々の星球庭園の役割も、管理者であったクラウディアが気晴らしできるようにという、庭園本来の役割そのものなのだ。べリウス……というかケルベロスやカボチャの庭師といった強力な戦力が置かれていたのは、深層であるというのと同時にクラウディアが散策に向かう可能性があるからという点と無関係ではあるまい。
ティエーラの影響で生じた新区画は――その星球庭園から繋がっているわけで。ティエーラにとって何か意義があって作られた区画、という可能性もあるしな。
「――というわけで、新区画の調査に向かいたいと思っています」
『む。十分に気を付けるのだぞ』
王城に連絡を入れると、メルヴィン王が水晶板越しにそんな風に言ってくれる。
「そうですね。何班かに分かれて後詰めを作りつつ、自力脱出と救助の両面で動けるようにしていきたいと思います」
転移魔法と赤転界石、転送魔法陣といった緊急離脱手段。隠蔽術系や結界術系の一時退避手段と共に、座標表示の魔道具や連絡役となる後詰めを用意する事で救助隊の結成も容易にする、というわけだ。
『ふむ。以前よりも万全ではあるな』
俺から備えや対策の内容を聞いたメルヴィン王が微笑んで頷く。
「そうですね。管理代行として、一般の冒険者よりはできる事も増えていますし」
迷宮に関する事ならばティエーラも始原の精霊としての中立の立場ではなく、管理者の立場として手伝ってくれるしな。まあ、なるべくなら初めからティエーラを頼りにするのではなく、自分達でこなせれば喜んでもらえるだろうというのはあるが。
そもそも今回はヴィンクルとユイも同行を希望しているし、テスディロス達やルベレンシア、カストルムといった面々もいるしな。後詰めも含めて戦力は十分にある、と言えよう。
こうやって王城に連絡を入れておくのも、もしもの事態を避けるための事前準備の一環だしな。フォレスタニア城に中継して後方で待機している面々と情報共有しておくというのもやっておく。
そうして連絡を入れながらも武器や防具、魔道具等の点検等もしていく。問題がない事が確認できたら――まずは星球庭園に向かっての出発だ。
「それじゃあ、行ってくる」
「お嬢様方の事はお任せください」
セシリアが胸に手を当てるようにして一礼する。
「私も一緒に見ているね!」
と、そんな風に言ってくれるのはセラフィナだ。グレイス達は新区画に向かうが、セラフィナは今回留守番である。子供達を見ていてくれるのでそこは安心だな。
「子供達へのお礼ですからね。気合を入れつつも慎重に行きましょう」
「ん。身体能力も勘も維持してるけど、油断しないのは大事」
グレイスの言葉にシーラがこくんと頷く。循環錬気と訓練で維持できているというのはあるな。
「みんな準備はできてるかな?」
「いつでも行けます」
「ふふ、行ってくるわね」
アシュレイが笑顔で応じて、ステファニアも小さな子供達に出かける前に声をかけていた。声を上げて手を伸ばしてくる子供達に、みんなもにこにこしながら挨拶している。
「俺達も準備はできている」
「こっちもだよ……!」
テスディロスとユイが答える。
グレイス達、普段のパーティーメンバーに加え、テスディロス達。それからユイとヴィンクル、べリウス、ルベレンシアにカストルムといった面々で構成された探索班だ。
調査役となる前線の第一班、安全や退路確保の役割を担う中衛の第二班、後詰めとして待機し、交代要員や連絡役として動く後衛の第三班という形での役割分担になるか。
「それじゃあ、行きましょうか」
クラウディアの言葉にみんなが頷き、セシリアやオリヴィア達に見送られながら、マジックサークルの中に入ってまず星球庭園へと飛ぶ。
光に包まれて目を開けば、もう場所が変わっていた。満月の迷宮――大回廊に続く大きな門の前だから、庭園の入り口だな。
「深層だから区画の危険度は相当に高い場所だけど……迷宮が本来の機能を取り戻している今となっては俺達に限っては安全な場所ではあるね」
そう先んじて伝えておく。まだ警戒の必要はない。
星球庭園は元々クラウディアのために造られた場所だからな。迷宮管理者としての立場はティエーラに引き継がれたがクラウディアの管理代行者としての立場は続いている。星球庭園やエンデウィルズといった中枢手前の区画に関しては未だにクラウディアの担当区画でもあり、俺にとってのフォレスタニア同様、迷宮内領地という位置づけなのだ。
月光神殿も星球庭園とエンデウィルズに挟まれるように存在しているが……あの場所に関しても七賢者達の干渉により、女神シュアスとの契約によって造られた場所だからな。少し位置付けが特殊ではあるが……やはりクラウディアの迷宮内領地と言えるだろう。
「では案内しますね」
面子と人数がきちんと揃っている事を確認したところで、ティエーラが先導してくれる。星球庭園は前に来た時と変わらず。道は真っ白な砂と擦り硝子のような質感の飛び石で作られており、遠景も星々の瞬きが映し出されていて、幻想的な美しさがある。
「星球庭園は綺麗な場所ですね」
エレナが微笑むと、マルレーンもにこにこしながら頷いた。そんなやり取りにクラウディアが言う。
「元々は私が管理者だった時に、気晴らしになるようにと設定されていた区画だからね。珍しい生き物を再現したり……そういう機能が持たせられているの」
最初に来た時はアノマロカリスだのメガテリウムを見たが。
植え込みの向こうを見やればそこには池があって……何やらイッカクが水面に顔を出してこちらを見ていた。
「また……奇妙な生き物ね」
「イッカクだね。本来は海洋生物のはず」
ローズマリーの言葉に答える。アノマロカリスも空を泳いでいたしな。星球庭園の珍獣再現はあくまで観賞用なので本来の生態とは違う形になるのだろうが。
巨大な二足歩行の鳥類が闊歩していたりもするな。あの鳥は……エピオルニス、で合っていたっけ。
「随分大きな鳥だね……!」
と、ヴィンクルと頷き合っているユイであるが。
見かける珍獣以外で前回と違うのは……カボチャの庭師達が俺達を見かけると一礼して迎えてくれる事だろうな。
庭師もそうだが深層や中枢の魔物は迷宮管理者側を守る役割でもあるので、迷宮が正常化された今となっては管理者や管理代行とその許可を受けた同行者を歓迎してくれるというわけである。
そうやって星球庭園の風景を楽しみつつティエーラの案内を受けて進んでいくと、やがて庭園の一角に、大回廊に繋がっているのと似た印象の巨大な門が見えてくる。
「あれが新区画に続いている門です」
「門の細かい意匠を見ると、大回廊やエンデウィルズに続いているものとは違うわね」
ティエーラの言葉に、クラウディアがそう解説してくれる。なるほどな……。では、新区画の調査を始めていくとしようか。