番外1654 管理者として
自動安全装置の術式も書きつけておく。訓練所で予想される危険としては火の取り扱いで想定される事態、それから水路への落下や天幕設営時の落下物、自身の転倒といった事態だろうか。
高所からの落下等はないとは思うが、子供はアグレッシブなものだし、発想も良く言えば柔軟というか、悪い方向に働くと突飛なものになってしまう時がある。
必要と思えば天幕に上ったり、唐突な高所作業を始めないとも限らない。自身の落下、または落下物への対策、重量のある物の下敷きになる……等への対策はレビテーションを用いれば大体応用が利く。
そうなると耐火、消火、水中呼吸、レビテーション、念のためのマジックシールド……あたりかな。そのあたりの術式を、範囲内の対象に自動的に発動させるといった内容に加え、治癒系の術式も組み込んでおけば……訓練所で想定し得る大抵の事態には対応できる。
「自動安全装置の仕様はこういった感じだね。治癒術はもう少し細かい判断が必要になるから、担当するティアーズに改造して組み込むのが良いかも知れない」
マルレーンからランタンを借りて、幻影を交えて説明するとアルバートは感心したように頷く。
「なるほどね。訓練所の中央に設置して、周辺で起こった事に自動対応する、と」
「それなりに多機能に見えるけれど、契約魔法関係を除けば発動させる術式の個々はそんなに高度なものではないし、作製の手間と難易度も簡単なものになりそうだ。発動させる術式の魔石は小分けにしても良いわけだし」
個々の発動術式は単体で魔石に刻めばいい。契約魔法の内容をみんなで話し合って想定される危険について詰めた後で、早速木魔法と水魔法を使って紙とインクを合成し、術式の内容を記述しておいた。
「ふふ。これなら安心ですね」
「携行性を上げられれば色んな場面で活用できるかしらね」
グレイスが言うと、ローズマリーが真剣な表情で提案する。
「それは確かに安心かも知れないね」
「運用していれば改良点や応用法も見えてくるかな。頻繁に発動させてしまうような性質の魔道具ではないけれど」
ローズマリーやアルバートの言葉に答える。
訓練所用の設備ではあるが……子供達を連れて出かける時や、オリヴィア達がもっと大きくなって活動的になってからの活用、俺達の身の回り以外での活用も視野に入ってくるな。一般に流通させるなら呪法型より契約魔法型の方が望ましいか。
あまり頻繁に発動されても困る代物ではあるが、まずは運用実績を積むという事で。
「改造ティアーズに搭載する治癒術式関係の魔石については……アシュレイ様の属性を付与した魔石を作ればよさそうね」
「はい。では、進めていきましょう」
ヴァレンティナの言葉に、アシュレイが微笑んで応じる。
というわけで訓練設備に関してはこんなところか。
ロゼッタとルシールへのお礼については基本的には治癒や医術を支援する魔道具ということで、既に何度か話し合いの時間を設けている。治療に関わる事だからしっかりと内容を詰めたいしな。
現状では魔力の流れ、特殊な五感リンクによる異常感知、レントゲンや採血による検査の役割を代行し、異常を迅速に見出すための補佐的な役割を担う、というものを考えている。
「クリアブラッドは毒や病気の対処療法にも成り得るから、実際かなり有効ではあるし便利なのだが……これは対症療法でもあるからね」
採血で状態を診断する技術、知識はルーンガルドでは未発達の分野でもある。その辺が発達してきた時、クリアブラッドを最初に使ってしまうと状態から来る診断がしにくくなるというのが予想される。そもそもクリアブラッドがあるから血液検査が発展しにくい下地ではあるか。
現時点でさえ、クリアブラッドで誤魔化していても、体質や生活習慣を変えないと問題の解決にならないというケースだって散見されているようだ。術の性質上、薬などの効果も打ち消してしまうから併用できない治療というのもあるので、有効性は認めた上で決して万能ではない、というのを頭に入れておく必要がある。
まあ、そんなわけで状態を正確かつ迅速に診断できる魔道具というのは適切な治療や迅速な救助を行うためにも必要ではないかと思うのだ。
お礼の品ではあるが、やはり運用実績というのは大事だしな。ロゼッタやルシールのような一線級の治癒術師や医師に活用してもらえるなら、こんなに有難い事はないだろう。
というような内容を改めて伝えると、みんなも真剣な表情で頷いていた。
「特殊な五感リンクというのは、アンブラムの能力を応用するという話だったわね」
ローズマリーが言う。使い魔――ドッペルゲンガーのアンブラムは普段は使用人としてフォレスタニア城で働いているが、今回はアンブラムの能力の活用が視野に入っているので話し合いの場に顔を出している。今は……ローズマリーの姿を借りてメイド服に身を包んで、のんびりと東屋に腰を落ち着けていたりするな。
「うん。相手の状態を見るためにアンブラムの能力や術を応用して、疑似的に再現する事を考えている。これはアンブラムの属性を付与した魔石で大丈夫そうだ」
アンブラムの相手の姿を再現する能力と五感リンクを組み合わせ、水晶板や幻術によって結果を出力する事で魔力の流れが異常になっている箇所を視覚的に見たり、内臓や血液の状態を判別したりといった仕組みを考えている、というわけだ。
この辺の術式は構想した上で実現可能か迷宮核のシミュレーションで確かめたが、十分可能という事だったしな。
こちらはそれなりに高度な術式になりそうなので、魔石も相応の物を使わなければなるまい。
と――そこにティエーラが顕現してくる。
「お話の途中のようですが――大丈夫でしょうか? 緊急というわけではないのですが、伝えておかなければならない事があります」
ティエーラはいつも通り、目を閉じたまま穏やかな調子ではあるが……こういう話の切り出し方は珍しい事ではあるな。
「勿論。何かあった?」
そう尋ねると、ティエーラは頷いて言葉を続ける。
「迷宮に変化が起こりました。どうやら、私の影響を受けた区画が形成されるようですね」
ああ。迷宮管理者としての話だからしっかりと伝えようと考えてくれているわけだ。ティエーラは落ち着いた様子で、更に言葉を続ける。
「迷宮核が私の意を汲んでくれているからか、星球庭園から道が続いているので、探索している冒険者に影響はないかと思いますが」
なるほどな……。
「んー。それは……現地調査に行かないとね。区画の難易度と産出物次第では一般に解放も有り得るし、高難易度なら深層区画の防衛用として活用する事も考えられる」
そう言うとみんなも頷く。
「というか、丁度良いのかも知れない。ロゼッタさんやルシールさんへのお礼を作る事を考えると魔石に関してもこの辺で高品質なものも確保しておきたいところではあるから」
「一般に目につかない場所だし、私も訓練も兼ねて迷宮に行けるかな」
にっこりと笑ってユイが言う。そうだな。ユイも思う存分動ける。頷くとかなり張り切っている様子だ。
そんなわけで、迷宮の新区画に出かけて、調査を行うと共に素材……特に魔石の確保というのが良いだろう。仮に高品質の魔石が手に入らない場合はまた別の区画に向かって必要な分だけ確保すればいいだけの話だしな。
「それじゃあ、僕達は先に訓練設備用の安全装置の作成を進めておくよ」
「分かった。必要になりそうな術式は全部用意しておく」
アルバートの言葉に頷いて、話も纏まる。そんなわけで術式と新区画の調査、それぞれの準備をしてから出かける事になったのであった。




