番外1653 訓練所開設に向けて
『今回に関しては休暇と子供達の訓練を兼ねたものだからね。貴族や領主としての仕事というわけでもないし、そのままゆっくりと旅の疲れを癒して欲しい。子供達が多いから、念のためにメルセディア達に、護衛として造船所に向かうように指示を出しておく』
「ありがとうございます、殿下」
戻ってきたことを水晶板でタームウィルズ側にも伝える。ジョサイア王子とはそんなやり取りを交わしている。
「僕はオフィーリアやコルネリウスと一緒に王城に顔を出すよ。タームウィルズは暫く留守にしていたし、父上や兄上に挨拶したいから」
『うん。それは父上も喜ぶだろう。私も甥の顔を見られるのは嬉しいからね。待っているよ』
アルバートもそう伝え、ジョサイア王子は笑って応じていた。
やがてタームウィルズが近づき、シリウス号が造船所に戻ってくる。下部モニターにはメルセディア達の姿も見えるな。
アルファが小さく一声吠えると、ゆっくりと船が下降していき、静かに停泊する。
「到着しました。怪我や忘れ物のないように下船してください」
伝声管で船内各所にそう伝えると、モニターの向こうでサンドラ院長や子供達も頷き、船室内や荷物のチェックを行っていた。ティアーズやアピラシアの働き蜂達が案内や誘導、点呼等の確認もしてくれるので下船に関して特に問題はあるまい。
ティアーズ達と働き蜂達は準備ができているかをチェックし、班ごとに誘導を行ってくれる。そのおかげで、人数も多かったが下船はスムーズに進んでいった。
「これはメルセディア卿、護衛ありがとうございます」
「もったいないお言葉です。子供達を守る仕事を任されるというのは、武官としては嬉しい事ですね」
メルセディアとも顔を合わせて挨拶をすると、柔らかく笑って応じる。そうして子供達もタラップを降りて造船所に整列。人数に間違いがない事を確認し、船室、船内に忘れ物や異常がないかの確認もきっちり進められていった。
その他余剰の食糧や天幕等は転送魔法陣を使ってフォレスタニアに送れば問題ない。
「問題はなさそうですね。では、帰るとしましょうか」
造船所と孤児院は同じ西区にあるので移動距離も短い。みんなで見送りながら帰るというのが良いだろう。迎えの馬車やフロートポッドに乗って移動していく。
孤児院に到着すると、サンドラ院長が職員達と共に深々とお辞儀をする。
「本当に良い旅でした。子供達も様々なものを見て、学ぶ事ができて、とても有意義な時間を過ごす事が出来たのではないかと思います」
「ありがとうございました!」
と、子供達もにこにこしながら声を揃えて一礼してくる。
「得るものがあったのなら何よりです」
俺も笑みを見せて答える。訓練が将来の目的とは違うものだとしても、災害や避難の際には役立つ知識ではあるし。それにみんなと出かけたり、エルフや獣人達の集落での暮らしを見るというのもきっと良い刺激になるだろう。
「それと……今回の野営は訓練内容がそれなりに多かったので、復習したいという子がいればフォレスタニアで訓練を行いましょう」
「ああ。それは有難いですね」
俺の言葉に職員達も頷く。テスディロスやウィンベルグからの指導も、その際に可能だろう。そうした話もすると、子供達は顔を見合わせて喜びの色を露わにしている。
迷宮村や氏族の子達も、孤児院の子供達と交流できる時間が増えるのは嬉しそうだ。
「ん。私達からもまた折を見て遊びに来る」
「ふふ、また一緒に歌を歌ったりしましょう」
そんな風に子供達に伝えるシーラとイルムヒルトだ。その言葉でまた盛り上がる子供達である。
名残惜しいのか動物組に抱きついたりする子もいて、そっと背中を撫でるように触れていたりするコルリスやアンバー、ティールといった面々である。
そうして孤児院の敷地内から千切れんばかりに手を振って見送られる。そうして俺達は帰途についた。
「儂もこのままギルドに顔を出すとしよう。孤児院の者達も言っておったが、儂も此度の旅は実に楽しかった。家族や故郷の者達、昔馴染みの者達にも会えて満足といったところじゃな。礼を言うぞ」
というのはアウリアである。
「そう言っていただけると嬉しいですね」
中央区の迷宮入り口前広場まで一緒に進んでいき、やがて到着する。
「こちらは――このままアルバート王子達と共に王城へ向かうとしよう。後程フォレスタニアにも顔を出したいところではあるが」
「そうですね。また後程お会いしましょう」
イグナード王に答えると、オルディアやレギーナ、イングウェイも笑顔で頷いていた。
「儂はまた今度かの。数日留守にした程度では書類もたまってはおらぬが、伝達事項もあるそうでな」
そう言うのはアウリアだ。ヘザーもフォレスタニア側からタームウィルズのギルドに顔を出しており、俺達に挨拶をしながらアウリアが来るのを他の職員達と待っているようだ。
「分かりました。また折を見てお話しましょう」
「うむっ」
「また明日ね、テオ君」
「それでは失礼致しますわ」
アウリアが大きく手を振り、アルバートとオフィーリアもそれぞれに手を挙げたり一礼したりして、護衛の騎士団の面々と中央広場から王城へ向かっていった。
俺達は俺達で月神殿にも顔を出してペネロープ達に挨拶をしながらフォレスタニアへと移動していった。
城に帰ると、セシリアやゲオルグ、フォレストバードを始めとした面々が迎えてくれる。
報告を受けたが留守中の異常は特になし、とのことで。キャンプで少し留守にしたぐらいのものだからな。アウリアも言っていたが書類仕事に関しても特に問題はなさそうだ。そうして俺達は無事にフォレスタニアへと帰ってきたのであった。
明くる日。アルバート達が訪問してくる前に執務をこなし、城の一部で天幕設営や火おこしができるように準備を整えておいた。
中庭の一部を使う形だが――火災にならないように水路の近くが望ましい。焚火台と天幕を張るスペース、安全のための魔道具の設置と監視役となる担当ティアーズの配属や水晶板で状況を見られるようにしておけば大丈夫だろう。
テスディロス達から子供達への指導は訓練所で行うのが良い。火を扱う場所の近くで武術の訓練というのも危ないしな。
そんな調子で準備を整えていると、午後になってアルバートやオフィーリア、それからビオラ達がやってくる。
「やあ、テオ君」
「うん。いらっしゃい」
アルバート達を中庭の東屋に迎え、茶を飲みながら話をして、天幕設営の復習などができるように準備を整えていたと伝える。
「必要な魔道具があれば作るよ」
と、そんな風に申し出てくれるアルバートである。
「それじゃ……契約魔法か呪法で条件付けをして、訓練所で危険な事が起こったら消火するだとか、そういう魔道具が良いかな」
グレイス達が身に着けている装飾品――自動防御の魔道具と似たようなところがあるな。
「常設している訓練所となると、監督する側の負担も減るから良さそうだね」
そう言って笑って応じるアルバートである。
そうだな。普段からの訓練となると、慣れるに従ってきちんと気を付けていないと感覚も麻痺してしまうものだし、その点これならば自動発動なので慣れから来るミスをフォローしてくれる。頼り切ってしまうのは問題だから、やはり普段から安全を心がけておく必要はあるだろうけれど。
というわけでそれらも作り、安全面での対策魔道具の準備が出来次第、子供達の訓練所として開放するという事で話がまとまったのであった。




