番外1651 花畑からの帰途
「二人が楽しいと感じているなら、子供達への指導も応援するよ」
子供達に指導しているテスディロスとウィンベルグにそう伝えると、二人は笑って頷く。後進の育成は大事だし、有意義な事だとしてもそこを強くは奨励しない。
俺からあまり何か言うと、真面目な二人の事だから約束に絡めて取り組んでしまう事もあるだろう。後進の育成を手伝ってくれるのは助かるが……そういう形ではなく、二人にとっての楽しみになってくれるならそれが一番いいと思うのだ。
木の枝を使ってではあるが、槍や剣の握り方、振り方等を教えるテスディロスとウィンベルグである。傭兵経験のある二人だから、かなり実戦に基づいた指導内容でもあるな。子供達にとっても参考になるだろう。
やがて他の面々も起き出してくる。スピカとツェベルタが朝食の用意を進めてくれたのは昨晩通りだ。ただ、スープは敢えて温めていないので、火おこしをして竈に鍋をかけるところは班ごとに行う。飲料水の用意もあるが近くの小川まで水を汲みに行くのも自分達の仕事だ。このへんは昨日のおさらいだな。
そうやって煮炊きの準備もしていると、集落からエルフと獣人達が昨日の鍋を返却にやってきた。
「昨晩はありがとうございました」
「料理も大変美味でした。みんな喜んでおりましたよ」
エルフと獣人達が笑顔で言う。料理に使った鍋も綺麗に洗ってあり、更にお返しという事で養蜂によって採れた蜂蜜や蜂蜜酒を持ってきてくれた。
「珍しいものをいただいてしまいましたからな。皆からのお返しです」
「ああ。これは……こちらこそありがとうございます」
ヴェルドガル側でもエルフ達にドライフルーツ等のお土産を貰ったからな。昨晩のケーキ同様、料理にも利用できそうだし有難く受け取っておこう。蜂蜜なら照り焼きにも使えるな。
花の種類によって少しずつ風味も変わってくるし、料理との相性を見ながら試していきたいところではある。
イグナード王によればエインフェウスではここの蜂蜜も名産品として有名だとのことなので、気に入ったら今度は輸入すれば良いだろう。
お礼や今日の出発予定時刻も伝えて一旦エルフ達と別れる。そうしていると朝食の準備も整ったようだ。火おこしに関しても昨日のおさらいという事もあり、スムーズに進んだ。朝露で薪や枯草のような着火材が湿らないよう、昨晩の内に集積所に移しておくよう通達したからな。
余分な天幕を張って、呼気などで湿気を持たせないように地面から離し、保管用の台座に刻印術式を用いておいたというわけだ。除湿になる程度の軽めの効果の刻印術式という事でコスパも導入の難易度も低いのは良い事だ。
「それじゃあ、準備もできたようだし食事にしようか」
そう言うと子供達から元気のよい返事が返ってくる。うむ。
今日の朝食はパンとオムレツ、ウインナーにサラダ、キノコとベーコンの入ったスープにヨーグルトといったメニューだな。朝らしくさっぱりとしたメニューだ。
スピカとツェベルタの用意してくれる料理はいい塩梅だな。俺達が感想を口にし、子供達もお礼を言うと二人は嬉しそうに頷いていた。
そうしてゴーレム楽団が楽しげな曲を演奏したりして。みんなで賑やかに朝食を取らせてもらった。
その後は――朝の散歩という事で少し花畑を回ったり森にある集落側に改めて挨拶に向かう。丘を快く貸してもらえたことに礼を言うと、子供達も声を揃えて「ありがとうございました」とお辞儀をする。エルフと獣人達もそんな子供達の様子に破顔し、明るい笑顔で応じてくれた。
「境界公に訪問していただけて光栄に存じておりますよ」
「まして、イグナード陛下やイングウェイ殿、アウリア殿も一緒ですからな」
と、そんな風に言ってもらえた。イグナード王やイングウェイ、アウリアも、信頼されている感があるな。
イングウェイについては武者修行中に近場で起こった事件を解決した事があるらしい。魔物退治をしてくれたのだとか。
「百足の魔物でしたな、あれは」
「毒持ちで厄介な魔物でしたが、イングウェイ殿がご助力してくださったお陰で怪我人もなく解決できました」
「何分、この辺は狂暴な魔物が少ないので荒事には慣れていませんからね。全くいないわけではないのですが……」
イングウェイの言葉に頷いて答える住民達である。なるほど。イングウェイが次期獣王の候補者として評判が良いのは、そうした各地での武者修行中の行いもあるからだろうな。
当人は感謝の言葉に対して「恐縮です」と笑っていたりするが。獣王継承戦は――景久の知っている歴史やBFOではイングウェイがイグナード王の後を継いで次代の獣王となったようだが、評判は良かった。個人的にはイングウェイを応援しているが……エインフェウス王国にとっても大事な事だからな。
何か余程の事がない限り、基本的には獣王継承戦については静かに見守る方向でいたいと思っている。例えば――邪精霊や悪魔の干渉だとか不正等が認められた場合には協力を惜しまないけれど。
そうして談笑をしながらも集落の様子や暮らしぶりを見せてもらい……朝の散歩から戻ってきたら、天幕等の片付け作業に移る。
天幕、簡易の竈や焚火台、仮設トイレ等々を片付けて、できるだけ元通りにしていく。
「綺麗に使ってもらえて嬉しいですの」
ヴェリーツィオがにこにことしながら焚火台の痕跡を見ながら言う。
「僕としても良い花畑になって欲しいですからね。完成を楽しみにしつつ、また遊びに来たいと思います」
「いつでも歓迎ですの」
そう言って笑うヴェリーツィオと握手を交わしたのであった。
片付けは昼前ぐらいには終わる。片付けといっても天幕等、道具の手入れ、保管の仕方といった保守方法も含めての訓練ではあるが、子供達も班ごとに分かれて楽しそうに作業を行っていたようだ。
そうして畳んだ天幕や水瓶といった荷物もシリウス号の船倉に積み込み、予定通りに撤収ということになる。
ヴェリーツィオ、集落のエルフや獣人達。花妖精に付近の精霊達といった面々がみんなで見送りに来てくれた。
「良いところですね。またいずれ、訪れたいと思います」
「はい。是非またいらして下さい」
集落の長と笑って挨拶をする。イグナード王も必要な連絡事項を伝えたり、情報の共有をしたりしていた。といっても異常がないかの確認に対して、狂暴な魔物の被害や報告もなく、今年の雨量や花畑、養蜂の出来や今後の予測といった内容なので、現時点では大きな問題がないのは伝わってくるな。
「うむ。結構な事だ。何か手に余る事があれば中央に報告を入れるように」
「ありがとうございます、陛下」
その傍らでアウリアとクレーネもエルフの知り合い達に挨拶をしたり、子供達が声を揃えてお礼を言ったり……名残を惜しみながらも和やかな空気だ。みんなもそうした光景に表情を緩めていた。
それからみんなでシリウス号に乗り込み……ヴェルドガル王国側に向かって出発する事となった。
大きく手を振ってくる面々に、俺達も甲板から手を振る。リンドブルムが尻尾を振ったり、ティールが声を上げたり……フォロス達も跳びはねる様にして楽しかったと伝えているようだ。見送りの面々も、そんな反応に微笑ましそうな様子であった。
浮上したシリウス号がゆっくりと動き出す。次第に遠ざかっていく花畑と見送る人達を眺めながらも、俺達はヴェルドガル王国に向けての帰途についたのであった。
まずは――アウリアの故郷によってクレーネを送り届けていかないとな。アルバートとオフィーリア、コルネリウスもそのままタームウィルズに帰る事になるので、工房の仕事も色々と進めていく事ができるだろう。ロゼッタとルシールへのお礼となる魔道具の開発もだな。