番外1650 約束と目標と
翌朝の目覚めはすっきりしたものだった。目を覚ますとみんなの顔が近くにあって。朝からみんなの寝顔を堪能させてもらえたというか。
程よく暖かい天幕の中の温度や湿度、空気も居心地の良いものだ。このまま寝具の中でみんなと一緒にのんびりしていたいのはやまやまではあるが……。起き出さないとな。オリヴィア達の様子も見なければならないし、天幕の外でも子供達の様子や状況を確認しなければならない。
まあ……引率役の面々や動物組、ティアーズ達やアピラシア、スピカやツェベルタがサポートしてくれているから、夜間の見回りのために起きて巡回をしたり朝食の仕込みをしたり等々……やらなければならない事は減っているし、色々と楽をさせてもらっているのだが。
寝床からゆっくりと身体を起こすとみんなもその気配を感じたのか、一人また一人と目を覚ましていく。
「おはようございます」
「んん……。おはようございます」
「ああ。おはよう」
まだ少し眠そうな様子のエレナやマルレーンである。エレナによれば「昨晩はいつもと違う雰囲気だったためでしょうか」と、中々寝付けなかったとのことであるが。
「野営は初めてではないのですが……やはり目的や隣にいる人が違うからですかね。少し浮かれてしまった気がします」
軽くあくびをして口元を隠すと少し頬を赤くしながらもはにかむように笑って、エレナの隣で床に就いたマルレーンもにこにこしながら同意するようにこくんと頷く。そんな二人の反応にみんなも表情を綻ばせていた。
さてさて。では、まずオリヴィア達の様子を見ながらも、ティアーズ達とアピラシアからの報告も聞かせてもらうとしよう。
オリヴィア達は母さんとセラフィナが様子を見ていてくれた。アピラシアも一緒だ。
「おはよう、テオ」
「おはよう……!」
「うん。おはよう、三人とも。夜の間はありがとう」
朝の挨拶を交わしつつ子供達の様子を見ていく。とはいえ、おむつ換えは済ませてあるとのことだ。まだ眠っていたりもう目を覚ましていたりとそれぞれではあったが、俺が顔を見せて循環錬気で様子を見ていくと全員が起き出す。顔を合わせるとにっこり微笑みかけて手足をばたつかせていたり、俺の指を握ってきたりと元気な反応である。うむ。
「うん。循環錬気でも異常はないね」
みんなも早速子供達のところにやってくる。腕に抱かれていたロメリアも声を上げて母親達に手を伸ばし、ますます嬉しそうな声と反応だ。
「ふふ。元気が良くて何よりだわ」
「ん。今日もふかふかすべすべで実に良い」
嬉しそうに表情を綻ばせるステファニア。シーラもヴィオレーネを腕に抱いて手や頬の感触を確かめている様子である。
そうしてみんなが子供達のお世話をしている間に、外の状況を確認する。
「アピラシア、ティアーズ。昨晩の様子はどうだった?」
そう尋ねると各々こくんと頷き、翻訳術式を介した意思疎通と魔力文字で報告をしてくれる。
子供達は割と自主的に消灯時間に各々の天幕に戻った、とのことだ。目が冴えている子供もいたが、基本的にはキャンプの夜を楽しみつつも、引率してくれている面々の事を考えた上で行動してくれていたとのことで。
氏族、迷宮村、孤児院の子供達も慕ってくれているようだし、そうして考えてくれているのは良い事だな。聞き分けが良いというのは教育が行き届いているという理由の他にも、共同体での生活が大変だったとか物資が制限されているからとか様々な理由があるから、一概に良い事とは手放しでは言えないけれど……それならば尚の事キャンプを楽しんでくれていたのは喜ばしい。
水晶板モニターでティアーズに外の様子を見せてもらい、状況確認を行う。スピカとツェベルタから朝食の準備が出来ていると報告も受けたりして。
何人かもう起き出している者もいるが、異常無しとの報告通りではあるな。バロールに飛んで行ってもらい、空からライフディテクションを併用したりして確認していくが、特に問題はなさそうだ。
日光を浴びてヴェリーツィオが心地良さそうに背伸びをしていて……平和な朝の光景だ。花畑が朝の柔らかい陽光を浴びて、綺麗なものであった。
オリヴィア達の身の回りのことを一通り終わらせてから、きっちり身支度を整え天幕周辺の朝の散歩だ。
「空から見たら花畑も綺麗だったからね。丘の上から見ても、きっと綺麗だと思う」
「ふふ。では、みんなで一緒に」
「ん。一応の見回りも兼ねられて丁度良い」
そんな風にみんなを誘ってみるとグレイスやシーラから明るい返事があった。オリヴィア達や母さん、セラフィナも連れて、天幕周辺を見回りがてらの軽い散歩だ。
俺達が姿を見せると花妖精や精霊達も元気に挨拶をしてくる。
「おはよう!」
空中でハイタッチをしているセラフィナと花妖精達だ。コルリスやアンバー達も手を挙げて挨拶しているな。
天幕周辺を見回りし、それから丘を少しだけ降りて花畑の中に作られた小道に進む。
「ふふ、お花が綺麗ね。ロメリア」
イルムヒルトがロメリアに花を見せながらあやせば、ロメリアもキャッキャと声を上げながら嬉しそうにしていた。
花妖精達も歓迎してくれているな。子供達のところにやってきて、そっと握手をしたりにこにことした表情でカーテシーのお辞儀をしたりしていた。
そんな調子で花畑を回ってから、天幕側に戻る。
テスディロスやウィンベルグも起き出してきており、朝の挨拶をした後、氏族や孤児院の子供達に少し槍の振り方を教えても良いかと尋ねられた。
「昨日、森の薪拾いに行った時に、将来武官になりたいと希望する者達に相談を受けてな」
「木の枝を使ってではありますが、槍の手ほどきしてみるのはどうかと話をしていまして」
テスディロスとウィンベルグが経緯を伝えてくる。
「勿論許可するよ。二人は傭兵の経験もあるし、実地に沿った話や講義、訓練もできると思うからね」
子供達の育成に繋がる内容だ。武官になるのがタームウィルズやフォレスタニアなら尚の事歓迎である。
「おお、ありがとうございます」
「安全には十分配慮する」
二人がそう言って。それからテスディロスは少し真剣な表情で思案しながら言った。
「何というか。子供達に指導をしたり、面倒を見たりというのは、割合楽しいかも知れない」
「それは――良い事だと思う」
薪拾いや火おこしの時もテスディロスは引率役として子供達の事をしっかり見ていたからな。今回の旅で子供達から相談を受けたことも……そういった対応や真面目な性格を子供達が見ていたからではないだろうか。こうやって事前に許可を求めてくるあたり、真面目で律儀な部分が見えるというものだ。
子供達の将来については応援してやりたいところではあるし、俺としては否やはない。それに……テスディロス達についてもそれは言えるからな。
ヴァルロスやベリスティオとの約束は現在進行形であり、まだ「果たした」という形では表現できないが、各地に散っていた氏族が結集して和解と解呪までは実現した。大きな節目を越えて一段落した事は確かだ。
だから――テスディロスやウィンベルグが新しい目標や生きがいをこれまでの暮らしや今回の旅の中で見出してくれたことは、本当に良い事なのだと思う。
言うなればヴァルロスとの約束が俺達を繋いでいたものであったから。節目を越えたところでその先の事を見据えていけるようになったのであれば、子供達の将来共々応援したいと、そう思う。 ヴァルロスやベリスティオとの約束は、テスディロス達の事も含めてのものだからな。
こういう話になっただけでも今回の野営を行って良かったと、そう思うのだ。