番外1649 耳を傾ければ
動物組も子供達に食事を食べさせてもらいながら、焚火の周りで暖まって寛いでいる様子だった。
魚を口に運んで声を上げるティールや鉱石をかじっているコルリスとアンバー。年長組は楽しそうに笑みを見せて食事をその口に運んだり、ラヴィーネにブラッシングをしたり。
年少の子らは心地良さそうに抱きついたりもしているな。
リンドブルムはリンドブルムで……背中に乗らないというのはみんなも守ってくれているから大人しいものだ。やはり飛竜は男の子から人気があるな。鱗を飛竜用のブラシで軽く磨いてもらって喉を鳴らしながら肉を口にしている。自分では届かない場所も氏族の子供達が空を飛んでブラシ掛けをしてくれるのでリンドブルムとしても心地が良いようだ。
王城の厩務員は足場を組んでそこから飛竜達の鱗磨きをしているらしいが。
そんな調子で焚火の周囲で子供達と寛いでいる動物組である。精霊達や花妖精達も周囲を囲んで賑やかなものだ。
そうしてゴーレム楽団がゆったりとした曲を奏でて、みんなも思い思いに過ごす。俺達のように家族や親しい面々と共にのんびりしている者もいれば、仲の良い友人達同士で集まり、カードやチェスといった娯楽に興じたりする者もいるな。
ティアーズや働き蜂達も子供達の様子を見てくれているし……引率側としても少し肩の力を抜いていられる。
敷布を敷いて腰を落ち着け家族団欒の時間を過ごさせてもらう。アルバートとオフィーリアもコルネリウスと共に近くに腰を落ち着けているが……。感覚的には身内に近いのでリラックスしていられる。
「コルネリウスちゃんも可愛くて良い子だね……!」
「ふふ。少し身長が伸びてきたように思います」
ユイにあやしてもらってキャッキャと喜んでいるコルネリウスの様子を見て、アシュレイが楽しそうに肩を震わせた。
「うん。循環錬気の時に腕に抱かせてもらったこともあるけれど、順調に体重も増えてきてるよ。ロゼッタさんやルシール先生も健康だってさ」
「テオもそうでしたが、すくすくと大きくなっていく姿を見るのは嬉しいものですね」
俺が言うと、グレイスが目を細めて言った。グレイスは俺が赤ん坊の頃のことも知っているしな。そんなグレイスの言葉に母さんも微笑んで小さく頷いたりしていて。むう。
「それを言うならオリヴィアちゃん達もみんな健やかに育っているね。少しタームウィルズから離れていたから、日を置いて会うと成長が目に見えるよ」
「子供達の将来が楽しみですわね。デイヴィッド殿下やルクレイン嬢と近い年代の方々もおりますし、ウィスネイア伯爵令嬢のオリンピア様も、良いお姉さんになってくれそうな気がしますわ」
アルバートとオフィーリアがそんなやり取りをして笑みを向け合う。
将来か。想像すると楽しくなってくるな。エーデルワイスを腕に抱いて微笑みかけると、不思議そうにこちらを見た後で声を上げて手を伸ばしてくる。
「あら。ヴィオレーネは少し眠たそうにしているわね」
「ん。さっきお腹いっぱいになったから」
ステファニアが言うとロメリアを腕に抱いたシーラが答える。炎の揺らぎに穏やかに照らされる子供達と、それをあやすみんなの表情は優しげなもので……いつまでも見ていられるな。
やがて――オリヴィア達も暖かくなってきたからか、うとうとと眠そうにし始めていた。天幕に戻ってベビーベッド代わりのフロートポッドに横たえさせれば、クラウディアが小さな毛布をかけながら優しげな眼差しで子守唄を口ずさむ。
天幕内部の一部に布による仕切りを作って暗くした上で風魔法による防音エリアを作っておく。完全な無音より少しぐらい聞こえていた方が安心できるだろう。
外の音楽や楽しそうな声はかなり遠くはなったが、軽く循環錬気を行いながらも髪を撫でたりしていると、子供達はすぐに眠りに落ちていった。みんなも頬や額に軽く口づけしたり、優しく髪を撫でてから起こさないようにそっとその場を離れる。
「おやすみ、みんな」
「ふふ、おやすみなさい」
「眠っている間の子守りの事は心配しないでね」
セラフィナがにこにことしながら言う。
「うん。ありがとう」
礼を言うとセラフィナは嬉しそうに頷き、フロートポッドの中を覗いて寝顔を見やって表情を緩める。
キャンプファイアーも頃合いを見て消火しよう。天幕もあるので防寒に関しては問題ない。
今は……みんなで順番に交代してシリウス号船内の風呂に入ってから眠る前の準備といったところだ。
各々の天幕に戻って、班のメンバー同士でカードやチェスに興じたりもしているようだな。
「それじゃあ、私達も順番にお風呂に入ってくるわね」
「ん。行ってくる」
イルムヒルトが言って、シーラと共に連れ立ってシリウス号の船室についている内風呂へと向かう。
「うん。子供達や天幕の事はしっかり見ておくよ」
俺の言葉にアピラシアも任せてというように頷いていた。それぞれの天幕に子供達の担当についている働き蜂もいるからな。消灯時間になったら火の始末も兼ねてランタンの灯かりを落とすと通達もしているから一石二鳥だ。
消灯時間までは他の天幕に遊びに行くのも自由、という事になっている。消灯後については……引率側もアピラシアも危険性等の問題がない限り多少の天幕の行き来は大目に見る、との事である。うん。安全は大事だが管理が行き届きすぎて息が詰まるようなのも良くはないからな。
天幕ごとに担当の引率役、子供達それぞれに担当の働き蜂もついている。動向は把握していて、ある程度のところでストッパーになってくれれば問題はあるまい。
そうして順番に風呂に入ったり歯を磨いたり、みんなで眠る前の準備をしていく。順番を待つ間にカードやチェス、談笑したりしながらも、キャンプの夜はゆっくりと更けていく。
そうして……やがてみんなの入浴も済み、消灯時間もやってきた。焚火も消して……天幕それぞれの照明も落とされる。それを見届けてからみんなと一緒に天幕内に敷いた寝具に身体を横たえた。
「周囲も楽しそうですし……少し浮かれてしまいそうで良いものですね」
「目が冴えてしまって中々寝付けない――という子もいそうです」
「こういう眠りにつく前の雰囲気も醍醐味だね」
グレイスやアシュレイが微笑み、俺もそう答えた。手を繋いで循環錬気を行い、心地よい感覚に身を委ねながらも表情が緩むのを感じる。
外から聞こえてくるのはあまりうるさくならないよう、小さく抑えめにしながらもじゃれあって楽しそうに笑う子供達の声だ。いかにもキャンプの夜といった感じで微笑ましい。隣にはみんながいて。
「私達の子供達も大きくなったら……こんな声が聞こえてくる夜も増えるのかしらね」
ステファニアが言って目を細める。みんなもそうした少し先の事を想像したのか、優しげな表情を浮かべていた。
「そうなる……かも知れないね。子供達がもう少し大きくなったら、また野営に来よう。その時にはこの丘も完成して花畑になっているかも知れないけれど」
「そういう変化も楽しみね」
ローズマリーが目を閉じて笑う。
こうやって……みんなや子供達と一緒に野営に来て良かったと思う。穏やかな時間に身を任せるようにして目を閉じる。
周囲の天幕から聞こえてくる声。子供達も段々眠気に負けていくのか、一つ、また一つと声が聞こえなくなって段々と静かになっていく。
聞こえてくるのは鈴虫の奏でる音色や、近くの森に住まう鹿や梟といった動物達の鳴き声だ。そうした自然の音に耳を傾けながら循環錬気の心地よさに身を委ねていると、俺自身も眠くなってきて。そうした温かな心持ちの中で俺も眠りに落ちていくのであった。