番外1644 花の魔物と養蜂と
「イグナード陛下もご無沙汰しておりますの」
ヴェリーツィアはイグナード王とも面識があるのだろう。丁寧に挨拶をしていた。
「うむ。話は聞いておると思うが、近隣で野営をさせてもらおうと思っていてな」
「分かりましたですの。火の始末はアウリアちゃんがいるから安心ですの」
イグナード王が言うとヴェリーツィアがにこにことしながら応じる。
「うむ。そこは安心してもらっていい。今少し話を通したが、この土地の火や風の精霊達も心得てくれておる」
アウリアが自分の胸のあたりを軽く叩きながら答えると、小さな精霊達がうんうんと頷いているのが見えた。俺達もティエーラの加護を受けているからな。ここにやってきたことで活性化して、アウリアからも頼まれて張り切っているようだ。
「子供達も沢山いるので心強い事ですね」
そんな精霊達の様子を笑って伝えつつ、精霊達に幻影を被せて様子を伝えると、ヴェリーツィアやエルフ達、獣人達も微笑んで頷き、花妖精や当の精霊達も喜びを露わにしていた。賑やかで結構な事だ。
氏族や迷宮村、孤児院の子供達も「よろしくおねがいします」「よろしくね」とヴェリーツィアやエルフ達だけでなく、花妖精、精霊達にお辞儀と挨拶をしていた。精霊達も真似してお辞儀を返しているな。うむ。
「ふっふ。礼儀正しくて結構な事ですな」
「いやはや全くです」
オズグリーヴが笑うと現地のエルフ達も表情を緩めつつ同意する。
セラフィナやアピラシアも精霊や花妖精達と早速仲良くなっているようだ。アピラシアは蜜蜂の要素を備えているからな。花妖精とも相性がいいというか、見た目からして花妖精達からの好感度が高いようで。
花畑という事で土の精霊力も強いからか、ナヴェルやトルビットも調子が良さそうにしている。フォロスやブレスジェム達も花妖精が抱きついて嬉しそうに弾んでいたりして……楽しそうな様子である。和やかな光景にみんなも表情を緩めているな。
というわけで自己紹介や挨拶、ちょっとした交流も経て、ヴェリーツィア達に花畑を案内してもらう事となった。
花畑の間に広がる小道をみんなで歩きながら説明を聞かせてもらう。
ヴェリーツィアに関しては結構な古参らしい。アルラウネは植物系の魔物で、エルフ達と比肩できるぐらいに長命な種族が多い。この一帯が花畑になった事とも関わりがあるという事であった。
「元々ヴェリーは昔からここに住んでいたですの。周辺を自分に住みやすくしていたら花畑が広がっていて……獣王国の人達と仲良くできるのならと、みんなと一緒に整備する事になったんですの」
「うむ。花妖精達も住み着いていたから花畑としての性質は残しつつ、他種族の利益になるよう少しずつ改造していったというわけだな。結構歴史の長い場所なのだ」
ヴェリーツィアの説明はやや独特だが、イグナード王が笑って補足説明をしてくれる。つまりは――ヴェリーツィアが先住民として花畑として確保していたわけだ。ただ、獣王国は多種族を受け入れて尊重している国なので、アルラウネも例外ではない。
お互いにとって良い落としどころとして、花畑としての形態を維持しつつ実用性を加えた、というわけだ。
「根や葉に薬効のある植物。食用になる花。それに……養蜂も行っているというわけね。良いわね。わたくしは気に入ったわ」
ローズマリーが花畑を見渡しながら大きく頷いていた。
「そうだね。養蜂も子供達にとって良い社会見学になりそうだ」
蜂繋がりという事でアピラシアも嬉しそうだし。
ともあれ花畑は薬に食用品の生産施設でもあるという事で、多種族間の友好、雇用創出、物資の確保とエインフェウスにとっても国の理念体現と実益を兼ねる場所という事のようだ。
「私も……この場所とは相性がいいみたいだわ」
「領地が花畑だからでしょうか」
母さんの言葉にグレイスが微笑む。母さんの墓所――現世における冥精としての領地も、ここより規模は小さいが花畑だからな。同じ性質を持つから現世でも相性の良い場所というわけだ。
明るい花畑をのんびりと見回しながら歩いていき、養蜂を行っている場所等も見せてもらう。蜂達に刺激を与えないようにという注意がなされると、子供達も静かになって、やや遠巻きに蜂達の巣箱を眺める。
「蜂達が気に入りそうな――暑さや寒さを凌げるような場所に巣箱を置いておくと、住み着いてくれるというわけです」
「季節や蜂達の習性に合わせて巣の中を確認したり巣箱を移したり……女王蜂の世代交代を促したり……それに病害虫から守ったり巣箱の修繕等もしていますね」
「そうやって蜂達に花から花粉を集めてもらって、巣に蓄えた蜂蜜を集める、というわけです」
作業していたエルフや熊獣人の女の子が色々と養蜂の説明をしてくれる。
蜂の習性に任せている部分も多いが維持管理のために結構やる事は多いのだそうな。
採蜜は時期や巣の状態を見ながら早朝に行うとのことで、今この場で実演はできないようではあるが、空の巣箱を持ってきてどんな風に行うのかというのを具体的に教えてくれた。巣箱から巣の一部を引き抜いて、そこにいる蜂達を上手く巣箱の中に落とす事で戻したり……技術や知識も必要となってくる。
ただ、蜂達を管理するための術式もあるとのことで。そこは地球の養蜂とは違うところだな。
増えた群れを新しい巣箱に移住させたり、作業の際に大人しくしてもらったり。蜂達の行動をコントロールする事ができる、とのことで。
「冒険者が覚えたら魔物退治の役に立つかしら?」
「その辺は魔法への抵抗力が違うので昆虫系の魔物には効かない弱い術式という事じゃな。普通の虫には効果があるが性質が大きく変わるわけでもなく……冒険者達の仕事に活かすには何かしらの工夫が必要じゃろうな」
首を傾げるイルムヒルトに、アウリアが応える。例えば、虫の群れを使っての攪乱だとか……役に立つ場面もあるかも知れないな。必要な時に虫がいるとは限らないので汎用性に欠けるとは思うが、活用方法を模索するのは良い事だ。
「規模を大きく出来れば害虫対策にはなるわね。実際活用された事例もあったはずだわ」
「うむ。害虫対策には良いのう。対象の性質を利用する必要もあるので知識も必要となるがの」
ステファニアが言うとアウリアがそんな風に教えてくれた。
「被害が大きくなりそうな害虫は魔道具化して対策しておくのが良いかもね」
と、アルバートが笑って言う。
「帰ったら関連する術式も調べておきたいと思います」
アシュレイも領地は穀倉地帯だから害虫対策は大事だ。そんなやり取りに真剣な表情で頷きつつ言った。
そうだな。ノーブルリーフ達が排除してくれるのでいるだけでそれなりに害虫対策になっているが、規模が大きくなるともっと別の対策も必要になってくるだろうし。
「ふふ。蜂さん達の調子も良いようですの」
ヴェリーツィアは蜜蜂とも相性がいいのか、それとも頭の花のためか、近くを飛ぶ蜂達を指にとまらせて嬉しそうに微笑んでいた。
養蜂の事も教えてもらったり、魔道具開発に関しての案も出てきたり。色々と参考になるな。
植えられている花々についても傷薬や解熱薬、鎮痛薬やポーションの原料になるものや食料になるもの、蜂達の蜜集めを目的としたものと色々だ。
「花の種類と色合い、季節も色々と考えられているのが伺えるわ」
「しっかりと区画が分けられているのも見事なものよね」
ローズマリーとクラウディアが感心したように言う。花畑の遠くを見るとグラデーションを成していて見事なものだ。美観と実用性を両立させていて、確かに大したものだな。みんなもそうした話に感心しながらも花畑の美しさに見入っている様子であった。