番外1643 森と花と
ハーピー達は楽しそうに何度か振り返り、翼を大きく振って去っていった。
俺達も甲板から手を振った後、艦橋のモニターからも見送りながら、ゆっくりと目的地に向かって進んでいく。
一応連絡を取っておいたほうがいいという事で、水晶板とフォレスタニアの通信室を経由してハーピーの族長――ヴェラにも話をした事は伝えておいた。
『おお。それは有難い。あの者達も安心だろう。我らとしても西方面の山々は巣立ちした者の訓練によく使っているのだ。エルフ達にも頃合いを見て挨拶に向かわせてもらうとしよう』
ヴェラは水晶板の向こうで笑顔を見せる。
「僕達も野営から帰ってきたらまた連絡します。情報が伝わってから現地に向かった方が良いかと思いますし」
「エルフ達への精霊達を介して簡単な情報伝達もできるからの。普通に情報が行き渡るよりは早めに対応できると思うぞ」
『訪問を楽しみにしている』
俺やアウリアがそう言うと、ヴェラも相好を崩して答える。口ぶりからすると直接ヴェラが向かうつもりのようだ。精霊達が来客や安全、危険かを知らせてくれるとの事で。訪問も円滑に進むだろう。
必要な連絡をした後で近況も聞いてみたがハーピー達の集落は平和なようだ。
『最近は山の上の方も暖かくなって、過ごしやすくなってきました。遠出の訓練も時期にあわせてのものですね』
「なるほど。もう少し寒い季節だと集落周辺での訓練といった感じでしょうか」
『その通りです』
戦士長のラモーナも元気そうで何よりだ。
『ああ、リリー。良いところに。テオドール殿達と通信が繋がっているぞ』
通りかかったところをラモーナに呼ばれたリリーが、水晶板のところまで小走りでやってくる。
『こんにちは……!』
満面の笑顔で挨拶してくるリリーである。マルレーンがにこにこと手を振ると、リリーも翼を振り返してくれる。雛鳥時代のもこもことした羽毛も健在だ。マルレーンとリリーのやり取りに、みんなも表情を綻ばせつつ挨拶を返す。
そうして少し世間話もしたり、子供達の顔を見せたりしつつ一旦通信を切り上げる。
山麓の景色や高山植物等を眺めたりしながらも進んでいくと、やがてそれらの地帯も抜けて、エインフェウス側に至った。
「うむ。ようこそエインフェウスへ」
イグナード王がにやりと笑って歓迎の言葉を口にすると子供達も嬉しそうに水晶板から見える光景を眺める。
「このまま、エルフ達の作った道を辿って行ってくれれば問題ない。見せたいものは空からでも目に入るのでな。目的地もその周辺という事になる」
「では――少し高度を落としていきましょうか。あまり遠くから見えてしまうよりは、近くにいってから視界に入れたいですからね」
「うむ。エインフェウス側では一帯に通達をしているからな。シリウス号の姿を見せても集落で混乱が起きるという事もあるまい」
イグナード王とそんなやり取りを交わす。目的地近辺に集落や野営に適した場所もあるとの事なので、このままイグナード王の誘導に従って飛行していこう。
通達してくれているというのも有難いな。低空飛行でも驚かせてしまうという事はないだろう。
森の中の小道を進んでいけば……やがて点在する集落も見えてくる。
エインフェウス側なので、植生も違えば生活様式も違うな。エルフの多い地域というのは変わらないが、やはり獣人族も一緒に暮らしている事が多いようで。
樹上に作られた家々も見受けられて、やはり山岳地帯の北側は森林地帯でもエインフェウスらしい光景だ。
ともあれ、住民達もシリウス号の姿を確認すると大きく手を振ったりしていた。俺も先程ハーピー達に挨拶をしたように、キラキラとした光を瞬かせて挨拶を返すと、集落の住民達も喜んでくれる。
そのまま森の道を進んでいけば、少し違う景色が見えてきた。
森の一部が途切れていて、開けた場所になっている。森林地帯が多いエインフェウスでは珍しいが――。
「ああ、あれがそうなのですね」
「なるほど。綺麗なものね」
エレナが声を上げてローズマリーが羽扇の向こうで納得したようにこくんと頷く。船内の子供達も感動したように声を上げていた。
「野営する場所に選んだ理由が分かりました」
「うむ」
尋ねるとイグナード王が笑って応じる。
そこに広がっていたのは……一面の花畑だ。陽当たりの良いなだらかな地形に、かなり広大な花畑が広がっている。
タームウィルズ周辺の斜面にあるような、自然の花畑ではないな。花の種類ごとに区画が分けられていて、管理もしやすいように花畑の中に小道も作られている。
開けた場所だから維持、管理のための設備も建てられているようだが……近場に集落もあるな。事前情報ではやはりエルフ達が多く住んでいる場所という事ではあるが。
「花畑も気になるけれど、まずはあの集落の人達に挨拶かな」
俺がそう言うと、みんなもこくんと頷く。
というわけで集落を目指してシリウス号をゆっくりとした速度で移動させていく。俺達が近付くと住民達も花畑のある森の外縁部に姿を見せて、大きく手を振って迎えてくれた。
イグナード王からの通達がいっていたということもあって、大きな混乱もなく歓迎してくれているようだ。
近くまで行ってシリウス号を停泊させ、みんなで甲板へと向かう。船の外に出ると、花の香りが鼻孔をくすぐっていった。暖かな日差しと爽やかな風も相まって良い雰囲気だ。
環境魔力も良好。活発な精霊達に加えて、花畑のあちこちに花妖精の姿も見える。
「ん。良い雰囲気」
「本当……良いところですね」
みんなや氏族達も甲板から周囲を見渡して声を上げたり笑顔になったりしている。
アピラシアも花の匂いは好きなのか、空を舞うように動いて、どうやらかなりテンションを上げているようだ。魔法生物なので殊更蜜集めをするわけではないが、蜂としての性質に引っ張られる部分もあるのだろう。
そうしてタラップを降りて、歓迎に出てきてくれた面々と顔を合わせる。
「ようこそおいで下さいました。我ら一同、来訪を歓迎致します」
住民を代表して挨拶をしてくるのは集落の長であるエルフだ。一礼してくるエルフ達に、俺達も軽く自己紹介してから一礼する。
「こちらこそ、突然のお話でしたが、こうして温かく歓迎して頂けて嬉しく思っています」
「休暇と野営の訓練を兼ねて、と聞いています。とはいえ、私は集落を代表する立場ではありますが、花畑の主ではありませんからな」
エルフの長が言って振り返ると、木立の間から姿を現した者がいる。まず目を引いたのは髪飾りのように頭にくっついた薄紫の大輪の花だ。くっついているのではなく、頭部から生えているというのが正しい。
それから、薄い緑色の肌。身に纏っているのは濃い緑色のドレスだが布地ではなく葉っぱのようだ。自前の葉を衣服のように変形させて身体に巻いたり広げたりして構成しているのだろう。ベルトのように蔦を使っているようで。
ドレスの裾から足――ではなく根が出ている。普通に歩行もできるようだ。
ドライアド……ではないな。中々に大きな魔力を有しているが精霊の波長ではない。アルラウネだ。
「ええっと、初めまして。ヴェリーツィアと申しますの」
アルラウネ――ヴェリーツィアはそう自己紹介してきた。
「久しいのう、ヴェリーツィア」
「うんうん。アウリアちゃんもお久しぶり」
アウリアは旧知の相手なのか、ヴェリーツィアに軽く手を挙げて挨拶すると、ヴェリーツィアも応じるように手を挙げてそんなやり取りを交わす。コルリスやティールもそれをに続くと、ヴェリーツィアは笑顔で応じていた。
うん、花畑の主であるアルラウネか。社交的で明るい性格のようだ。