232 出立に向けて
「いやあ、温泉、好評みたいだね」
「本当、良かったよ。奇抜過ぎて受け入れられないこともあるかなって思ってたからさ」
「それは杞憂だったね。僕も肩の荷が下りたような気分だ」
サウナに迷宮商会のドワーフ達が篭って根性を比べあっているのを見た時はどうしようかと思ったが。まあ、あれはあれで気に入っているのだろう。
サウナには砂時計を置いてある。我慢大会も良いが砂時計で計って、外に出る時間は厳守ということで言い含めてきたから……まあ大丈夫だろう。
「テオドール」
アルフレッドと共に休憩所で涼んでいると風呂から上がったらしいシーラが、猫耳の間にセラフィナを乗せたままで話しかけてきた。イルムヒルトとドロシー、それにユスティアとドミニクも一緒だ。
「ん、どうかした?」
「ドロシー達を連れて、泳ぎに行ってきてもいい?」
「ああ。そうだね。みんなで行ってくるといいよ。孤児院の子供達も遊んでいるし」
「お気遣い感謝します」
ドロシーは丁寧に頭を下げる。
「いや。気にしないで良いよ。楽しんでもらえると嬉しい」
ドロシーはこの場に知り合いが俺達以外にいないわけだし。それにメルヴィン王との待ち合わせがあると言っても、全員が休憩所にいなければならないわけではない。
「それじゃあ、ちょっと行ってくる」
「了解。みんなには?」
「お風呂で話をしてきたわ」
ん。連絡済みと。
「じゃあ、また後で」
「ん」
「ええ」
「いってくるね」
と、シーラの頭の上からみんなと一緒に手を振るセラフィナである。こちらも手を振り返して彼女達を見送った。
「これは旦那様、アルフレッド様も」
「こんにちは、お2人とも」
入れ違いになるように休憩室の入口に顔を見せたセシリアがお辞儀をする。ミハエラも一緒だ。
「お風呂はどうだったかな」
「大変良いお湯でした」
「意匠や装飾もとても見事なものです」
と、ミハエラが穏やかな笑みを浮かべる。
「いや、装飾関係は学舎から借りてきた本を見て、様式を参考にしたりであまり自信がないんですけどね」
本と睨めっこして土魔法をこねくり回して女性陣と相談したりと、そんな感じで進めているのだ。みんなの審美眼が底上げしてくれるとはいえ、細部はどうしても俺が主導することになるし。
「細工が細かくて大変素晴らしいものでしたよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
「ただいま戻りました」
「おかえり」
「アルも一緒でしたのね」
そこにグレイス達もやってきた。オフィーリアも同行している。温泉から上がって間もないからか、みんなの肌には赤みが差していた。
「ん、風が気持ちいいわ」
クラウディアがテラスからの風に髪を揺らして、心地よさそうに目を閉じる。
「テラス席は涼しそうで良いわね」
ローズマリーが羽扇で軽く風を送りながら言う。何気に扇として本来の用途で使っているところを初めて見た気がする。
「そっちに移動しようか」
「飲み物を持ってきますね。冷たいほうがいいでしょうか」
セシリアがカウンターに向かい、炭酸飲料を運んでくる。テラスのテーブル席に着き、のんびりと過ごすことにした。
「ふむ。待たせてしまったかな」
みんなでテラスに出て寛いでいると、メルヴィン王達もやってきた。
「いいえ。皆で話をしながら過ごしていましたので」
「ふむ」
「いや、素晴らしい湯だ。来て良かったよ」
「疲れが湯に溶けていくようだったわね」
ジョサイア王子とステファニア姫が笑みを浮かべる。
ん。2人とも領主としての仕事もあるからな。割と多忙なのだろう。
クラウディアとジョサイア王子、ステファニア姫は初対面である。まずクラウディアを2人に紹介することにした。
「ジョサイア殿下、ステファニア殿下。こちらはクラウディアです」
と、紹介すると2人の目が見開かれる。メルヴィン王としても2人には話を通しておかなければならない部分ではあるのだ。
「父上より伝え聞いております。ご尊顔を拝しまして恐悦に存じます」
「お目にかかりまして光栄です。シュアス様」
2人はクラウディアに対し、臣下の礼を取った。
「そこまで畏まる必要はないわ。よろしくね」
クラウディアとの顔合わせが済んだところでジルボルト侯爵家の面々とテフラも休憩室にやってくる。
「必要な顔ぶれが揃ったな。では、打ち合わせといこうか」
メルヴィン王の言葉に頷き、テーブルを囲む。俺とクラウディア。メルヴィン王、ジョサイア王子にステファニア姫。そこにジルボルト侯爵にテフラという面々だ。
風魔法で音を消して、テラスの会話が他所に漏れないように対策する。
「さて、時間を取ってもらったのは他でもない。シルヴァトリアへの使者の件だ。段取りとしては、まずフォブレスター侯爵領へ。それからジルボルト侯爵領を経由して王都へということになろうか」
「それについては……テオドール様が私の護衛をしてくださるということですが」
ステファニア姫が尋ねてくる。
「うむ。テオドールから協力するとのことだ」
「ステファニア殿下さえ良ければの話ですが」
ロイの一件についてを考えると、理屈で分かっていてもという部分がある。ロイがその内心で何を考えていたにしても、表向きは仲の良い兄弟として振る舞っていたのだし。
だから俺の同行を望まないのであればその時は仕方が無い。ステファニア姫の護衛が別の人間になるか、或いは使者として、ステファニア姫以外の人間を立てるということになるか。
「……ありがとう。優しいのね」
ステファニア姫は目を閉じて、微笑みを浮かべる。
「けれど、あなたが気に病む必要はないと、もう一度はっきりと言っておかせてね」
そんなふうに言うステファニア姫は、僅かに寂しそうにも見えた。
「あれについては……私やステファニアにだってきっと責はある。本来務めを果たすべき私達が不甲斐なかったということだ」
ジョサイア王子の言葉にメルヴィン王も頷く。ジルボルト侯爵の手前あまり突っ込んだ話はできないが……そんな2人の言葉に無言で一礼を返した。
「私としては、あなた以上の人材は望めないと思っているわ。だから、どうかよろしくお願いします」
そう言って、ステファニア姫は手を差し出してくる。
「分かりました」
握手して頷くと、ステファニア姫は笑う。
「ふむ。使者と護衛は決定といったところか」
「では、僕達も出立の日に合わせて旅支度を進めておきます」
まず、竜籠を使ってフォブレスター侯爵のところへ。そこから海路でジルボルト侯爵領へといったところだ。
ジルボルト侯爵がタームウィルズに来る際に乗ってきた船は、そのままシルヴァトリアへと帰す。しかしジルボルト侯爵も魔女も、その船には乗っていないという寸法である。
王太子が魔女を迎えに来ていた場合にはかく乱工作として機能するのではないだろうか。
「微力ながら……。王都での活動が円滑なものとなるよう、私にも協力をさせていただきたく存じます」
と、ジルボルト侯爵。仮に王太子ザディアスが魔人と繋がっていたら、最悪シルヴァトリア存亡の危機すら有り得る。侯爵の人となりから見ても、身の安全から来る利害の一致という観点からみても信用して良いだろう。
「侯爵は王都に拠点をお持ちなのですか?」
「はい。別宅があります。必要でしたらどうぞお使いください」
「それは……助かります」
上級貴族ともなれば王都で活動するための別宅ぐらい、持っていて当然ではあるが……。
侯爵の配下にはエルマーやドノヴァンを始めとした諜報部隊がいたりするからな。拠点と人手を得られるわけだから心強い話だ。エルマー達は結構な精鋭だろうと思うし。
「陛下。僕もフォブレスター侯爵領までの同行をお願いしたいのですが」
と、アルフレッドが言う。
「ほう。何故にか」
「大使殿の援護と申しましょうか。早めに作ってお渡ししたいものがあるのですが、出立の日にはやや間に合いそうにありません」
「よかろう。許可する」
ふむ。段取りとしてはこんなところだろうか。
テラスからプールサイドに目をやってみれば、相変わらず流れに逆らって泳ぐオズワルドやチェスターら騎士団メンバーがいて……その傍らに流れに乗るというより、水に浮かんでただ流されていくシーラがいるという、対比が何とも言えない光景が目に飛び込んできた。頭にセラフィナを乗せたままなのがまた何ともシュールだ。
迷宮村と孤児院の子供達が仲良くなっていたりして……プールサイドは実に和やかで平和な様子であった。
……アウリアとミリアムが意気投合した様子でウォータースライダーを滑っていくのは……まあ、あまり気にしないことにしよう。ミリアムは顔が広いし、元々知り合いでもおかしくないしな。




