番外1642 山脈上空での邂逅
「集落周辺から少し離れても、やっぱり明るくて奇麗な森が広がっていて良いですね」
眼下に見える広大な森林地帯を見てグレイスが微笑む。鬱蒼としている雰囲気ではなく、自然豊かで美しいという印象がある。鮮やかな花や木の実がちらほらと見えて視覚的にも楽しめるというか。
「その辺は……やっぱりエルフ達が住んでいて、精霊と仲が良いからだろうね」
「ふふ、そう感じて頂けるのは嬉しいです」
クレーネがにこにこと楽しそうに応じる。
「道も綺麗ですね。歩いたら気持ちが良さそうです」
「こうした森の中の道はエルフ達と樹、土の精霊達が造り上げたものじゃな」
アシュレイが言うと、アウリアが説明してくれた。
元々は地域に住む者達の生活道であり、整備された街道というわけではないという事だが、歩きやすそうではあるな。
正式な街道ではないのは……このあたり一帯では森を拓くかどうか、エルフ達に委ねられている部分があるからだ。エルフ達にしても精霊達との関係もあって自分達の管理下だからと好きにしているというわけではないしな。
山脈地帯に続いていてあまり人の往来が多いわけではないから、これで十分事足りるのだろう。重い荷もエルフ達ならば土精霊に頼む事ができるし、他の種族もここまで森の奥深くまで入ってくることは稀だ。
ともあれ、ヴェルドガルとエインフェウスを繋ぐのは、こうしたエルフと精霊達が造った道だ。 国を跨いで山の向こうに親戚がいるという事もあって、道はあった方が便利とは言えるが、本来森の住民であるエルフ達にとっては必須ではないらしい。
国境の管理もそこまで厳密なものではないから、エルフ同士の親戚付き合いの往来程度なら両国も細かいことは言わないし。
「私達の場合、森を移動するのは苦ではないですからね。ヴェルドガル王国に編入されている事もあって、来客を迎えるなら必要だろうと相談した結果でもあるそうですよ」
「エルフ達にとっては、比較的歴史の新しい道、というわけね」
クラウディアがクレーネの言葉に目を閉じてうんうんと相槌を打つ。
道は国境代わりに広がる山岳地帯に向かって続いており、それを視界に入れながらシリウス号はゆっくりと北東の方角へと進んでいる。
そもそもの目的がキャンプなので、アウリアとクレーネ、イグナード王に色々と解説を聞いたりしながらの気楽な旅路だな。
俺達が向かっているのは山岳地帯を抜けて更に少し進んだ場所だ。エルフ達も寒い場所で暮らすのはあまり好みではないので、標高が少し下がった場所で暮らしている事が多いとのことで、そのあたりもエルフを中心とした集落が点在しているとの事である。
「野営地に選んだ場所は森だけでなく近場に見所もあってな。そのあたりは到着してのお楽しみという事にしておこう」
イグナード王がにやりと笑う。イングウェイやオルディア、レギーナも、それにアウリアとクレーネもそれが何なのか知っているのかそれとも思い当たる節があるのか、うんうんと頷いたりしているが。
「それは――楽しみですね」
「子供達にとっても旅の思い出になればよいな」
イグナード王が頷く。うん。楽しみにさせてもらおう。
そうやって山岳地帯に進んでいくと――段々と標高も上がってきて、植物もまばらになってくる。
「ん。テオドール。あれ」
シーラがモニターの一つを指差すと、少し離れた空にハーピー達が飛んでいるのが見えた。ハーピー達もこっちに気付いたのか、ホバリングするような動きを見せると大きく翼を振ってこちらにアピールしてくる。翼の動きと関係なくその場に留まっているが……どうやら風を纏ってその場に滞空する術があるようだ。
「ドミニクやヴェラ族長達のところの人達だね」
「ふふ。ハーピー達の活動範囲は広いから」
俺の言葉にイルムヒルトが楽しそうに笑う。こちらからは操船席の水晶球を通して船体に術式を送り、シリウス号周辺にきらきらとした光を瞬かせて合図をするとハーピー達もそれを認識し、顔を見合わせあって喜んでいるのが見えた。
「時間はあるし、少し挨拶していこうか」
そう言うとみんなも笑顔で頷く。船の速度を落としてゆっくりと近付くとハーピー達もこちらに近付いてきた。
「アルファ、船はこのままの高度を維持しておいてくれるかな。アピラシアも、甲板に行く面々にそれぞれ働き蜂達を護衛につけて、万が一の時に落下しないように防いでくれると助かる」
シリウス号を一時的に停泊させ、アルファとアピラシアにそれぞれ仕事を頼むと、各々こくんと頷く。というわけでみんなと共に甲板に向かった。
ハーピー達は俺達が甲板に姿を見せると笑顔でこちらに飛来してくる。
「こんにちは!」
「遠くにシリウス号が見えたから。気付いてもらえて良かったです」
「はい、こんにちは」
甲板に降り立ったハーピー達に俺達も笑って挨拶をする。船に乗っている子供達やクレーネも挨拶をして……朗らかな空気というか。反応からすると特に緊急性はなさそうなので、挨拶がてらこちらの事情を軽く説明していく。
少し休暇や子供達の社会見学や訓練も兼ねて、野営の雰囲気を楽しんでこようと出かける事にしたのだと、そう説明するとハーピー達は頷いた。
「私達と同じですね。この子も新しく巣立ちができて、かなり飛べるようになってきたので、訓練も兼ねて少し遠くまで行ってみようという話になりまして。こっちの方面は狂暴な魔物も少なくて安全ですから」
リーダーらしきハーピーがそう言うと、一番年少のハーピーが控えめながらも嬉しそうにこくんと頷く。
「では、皆さんは引率や護衛というわけですね」
「天気が良いですからね。空を飛ぶのには良い日和かも知れません」
微笑んで言うグレイスやアシュレイの言葉に、年長のハーピー達も笑って肯定する。
「エルフの集落も近いし、確かにこの方面の安全度が高いっていうのは納得だね」
「なるほど……。エルフの皆さんには折を見てお礼を伝えねばなりませんね」
俺がそう言うと、ハーピーのリーダーが思案しながらそう応じる。
「それを言うなら、儂らもハーピー達が山々で暮らしているお陰で危険な魔物が住みつかないとも言えるのう。森はともかく山中までは手が及ばぬし」
「ふふ。お礼を言うなら私達からもですね。さっきのお話は私からみんなにも伝えておきます」
アウリアとクレーネがハーピー達の反応にそれぞれ答える。クレーネが仲立ちになってくれるから、こうした話もエルフ達の間にも広まるだろう。ハーピー達が頃合いを見て訪問しても、友好的に迎えてもらえるのではないだろうか。
ともあれ、こうして行き会った事でエルフ達とハーピー達の交流が増えて仲が深まるのに繋がるというのなら大変結構な事だ。
ハーピー達はもう少しこの辺を飛んだら集落に帰るとのことであるが。
「折角行き会ったのですし……良ければですが帰り道がより安全なものになるように、軽いおまじないをしておきましょうか?」
そう俺から申し出る。おまじないというのは読んで字のごとく呪いだからな。呪法のポジティブな使い方というか。
呪法の期限はハーピー達が帰るまでの間。発動条件は彼女達が何か危険に見舞われた場合。具体的な内容は呪法生物達が現れて護衛につく、といった具合だ。単純な戦力増強となる呪法なので呪詛返しのリスクもほとんどないし、あったとしても俺の方に戻ってくるので問題はない。発動した場合に俺が察知できるというのもあるな。
「それは――私達としても安心ですね。お願いしても良いでしょうか?」
ハーピー達の返答に頷いて、護衛の呪法を施す。それから俺達は笑顔で手を振って、お互いの目的地に向かって再度出発するのであった。