番外1640 森の里での一夜
宴会に饗した料理は好評だった。鹿肉はハーブとタレの香りづけがマッチしていて良い出来栄えだ。スピカとツェベルタは筋取りやワインと玉ねぎに漬け込むといった下処理もしっかりしている。その後の調理過程も完璧だったからな。
口に運んだ際にソテーも非常に柔らかく仕上がっていて、旨味や香ばしさが絶妙だ。
「これは――美味しいね」
「確かに。家でもスピカさん達と同じやり方を取り入れてみましょう」
アルバートとオフィーリアは顔を見合わせ、にこにこしながら頷き合う。下処理での酵素の話等はスピカやツェベルタも料理における知識として披露していたからな。食材を無駄にせず、美味しく食べられるようにというのは大変結構な事である。
オニオンスープやサラダも少し酸味が利いて爽やかな味わいで、パエリアやソテーとの相性が良く食が進む。パエリアやオニオンスープについては多めに作っているのでおかわりを申し出ている者もいるな。
デザートのゼリーは果物ベースの親しみやすい味と物珍しさも相まって、大人子供問わず好評だった。
そうしてみんなの空腹も満たされてきたら、焚火を少し遠巻きに囲んで暖を取りつつ、お茶を飲んでの談笑だ。
エルフ達が外の出来事や冒険の話を知りたがっていたので、いくつか冒険の話をする事になった。イルムヒルトやゴーレム楽団達が俺達の話に合わせてBGMの演奏役を務めてくれる。
「そうして――エインフェウス王国で起こった事件はベルクフリッツの敗北によって幕を引いたというわけだ」
「エインフェウス王国内の国内情勢を安定させる必要もあったし、その際のごたごたや残党から守る意味合いでも、オルディアはレギーナさんが護衛についてヴェルドガル王国側で暮らす事になったわけだね」
「行き来も転移門によってしやすくなりましたからね」
俺とイグナード王が言うとオルディアも微笑む。
イグナード王の来訪とオルディアへの襲撃から始まる一連の事件についての話だ。
氏族の問題が一先ずの解決をしているし共存のために離れた村々にも積極的に周知している。
エルフの集落にその話も伝わっているという事で、エインフェウス王国にまつわる事件も話して問題ないとイグナード王やオルディアが言ってくれたのだ。
「解呪が行われ、魔人達との戦いも平和裏に終結したというお話については伺っております。こうして子供達の様子を見ていると……本当に普通の優しく明るい子達なのですな」
「そうですね。良い機会ですし、その話もしていきましょうか」
集落の長の言葉に頷いて、解呪にまつわる話もしていく。
「魔人としての特性を解呪と共に失い、こうして今ここにいます。私を引き取って下さったお義父……イグナード陛下、道筋を整えて下さったメルヴィン陛下やテオドール様。一緒にいてくれるレギーナ……。沢山の方々に助けられて……果報者です」
オルディアが静かに語る内容について、みんなも聞き入っていた。オルディアは元々が自身の能力で特性を封じて人との共存を目指していたから、こういう場で話をできるのは恩が返せるようで嬉しいですよと微笑む。
イグナード王は見た目が虎の獣人なので初対面の面々は威圧感もあるようだが、オルディアの話で怖い人ではないと伝わり、エルフの子供達にも抱きつかれたりしていた。イングウェイもだな。元々人が良いので二人とも相好を崩して楽しそうだ。
イグナード王やイングウェイは笑って頭を撫でたり、肩に乗せたりして応じているな。
まあ、現役の獣王と次期獣王の有力候補だからな。エインフェウスの国境近隣に住む面々としては人となりを知る事ができたり、交流する時間を作れたりというのはかなり安心できるだろうし、有意義な時間になったのではないだろうか。
みんなとの交流と言えば、同行している動物組とエルフの子供達も交流しているな。割と物怖じせずにコルリスやアンバーに鉱石を食べさせつつその肩や背中を撫でたり、魚を飲み込んで嬉しそうな声を上げるティールに目をキラキラとさせている。
「エルフは比較的落ち着いた傾向の種族ではあるが、妖精に近しい部分がある種族故に、幼少期は少し天真爛漫での。みんな喜んでおるようで良い事じゃが」
アウリアはそんな風に言っていた。魔力の強いアウリアはその妖精に近しい性質が強く出ているとのことではあるが。
大人達は大人達で、グレイス達の腕の中に抱かれている小さな子供達の顔を見に来ているな。
「子供達に対しては集落みんなで大切にしているというのが伝わってきます」
「うふふ。みんな昔からの馴染みですからね。みんながみんな、小さい頃から知っていますので」
クレーネが微笑む。種族的な性質としてか、長命でお互い付き合いが長くなる事から来る文化的なものなのか。いずれにせよ子供はかなり大切にする傾向があるようで。
「ふふ。お顔とお名前も覚えました」
「これからが楽しみですな」
オリヴィア達に指を握られながら表情を緩めているエルフの大人達である。そうだな……。俺達や子供達にとっても長い付き合いになってくれると嬉しいところだ。
グレイス達もそんなエルフ達の反応ににこにことしながら、一緒に子供達をあやしたりして、和やかな光景である。
やがて宴会も一段落する。子供達同士、集会所にてカードやチェスで盛り上がったりして、宴会後の余興や交流もばっちりといったところだ。集会所に集まっている限りではどこかに抜け出して迷子になるような事もないし、俺達としても安心である。
順番に入浴したりしながら夜も更けてきたらシリウス号に引き上げて一泊という事になるかな。アウリアは実家に泊まりに行くという事で決定しているが、今はみんなと一緒に集会所に腰を落ち着けて、のんびりと親子でお茶を飲んでいる。
「これは気に入ったので友人から譲ってもらった品じゃな。しばらく連絡が取れておらなんだが、最近になって再会できた。息災というのが分かったのは実に喜ばしい」
と、アウリアは母さんからもらったドクロのモーニングスターを友人から貰った物だと家族に見せていたりするが……。
「ううむ。中々変わった意匠の武器なのだな……」
「ふっふ。それも含めて味があるのじゃな」
コンセプトも変わった武器だからな。モーニングスターにして魔法の発動体なので十全に使いこなすには結構な修練が必要だと思うが。
アウリアの言葉に、当人である母さんは仮面の下で微笑んでいるな。冥府の事は秘密にしなければならない事が多いので自分がそうだと名乗り出る事はできないが、アウリアの言葉は嬉しいものだったのだろう。
最近の出来事という事で冒険者ギルドに絡んだ仕事の話を両親や妹にも聞かせて、家族の団欒といった様子だ。
「タームウィルズの暮らしも楽しんでいるようで結構な事です」
「セーロスさんが街に出かけた時に、冒険者から姉さんの話を伝え聞いたなんて話もあるものね」
「ほほう」
母親や妹の言葉にアウリアは相好を崩す。冒険者達からの扱いは普段は名物ギルド長という感じだが、何だかんだ現場の事を分かってくれると信頼されているアウリアであるからな。評判もいいので故郷の家族としても、国境付近に住むエルフとしても安心できるものだろう。
そうしていると、アウリアにもシリウス号の入浴の順番も回ってくる。
シリウス号に備え付けられている風呂は大浴場ではないので、集会所で時間を潰しつつ順番に入浴という形をとっているのだ。
折角だし一緒に船の見学もしてきてはどうかと伝えると、クレーネ達は嬉しそうに笑う。
「良いのですか?」
「そうですね。時間もありますし、折角なのでという事で見学の時間も作れそうですからね。立ち入られて問題のある区画は――アピラシアの働き蜂達が止めてくれますので、その指示に従っていただければ問題ありませんよ」
というわけでアウリアは家族と共にシリウス号の見学に向かう。そうして、エルフの集落での夜はのんびりと更けていくのであった。