番外1636 ギルド長の故郷へ
というわけでアウリアの状況を確認させてもらう。
アウリアはティアーズと共に個人用フロートポッドに乗り込んで甲板から飛び立ち、故郷に向けて出発する。
にこにこと楽しそうな様子のアウリアが水晶板に映される。機嫌の良さそうな鼻歌まで聴こえてきたりするが。ポッドに乗って帰るというのはまあ……サプライズ案というかなんというか。楽しそうにフロートポッドに収まっているアウリアである。
「ギルド長はかなり里帰りを楽しみにしているみたいだね」
「ふふ。ギルド長らしいと言いますか。家族や友人に会えるのが楽しみなのでしょうね」
アルバートがそれを見て言うと、オフィーリアも笑って答える。オフィーリアもフォブレスター侯爵領に里帰りしていたしな。
アウリアとシリウス号の相対的な位置関係は魔道具で分かっている。頃合いを見て隠蔽フィールドを解いてその座標まで移動していけば良い。
アウリアはそのまま森の道の地表付近を浮かんで、ゆっくりとした速度で進んでいく。中継映像を送ってきているティアーズを腕に抱えて撫でながらの帰郷だな。
森は自然豊かで、あまり鬱蒼としているという印象はない。
木漏れ日が十分に差し込んでいて見通しが良いからだろう。遠くが緑に霞んでいて……淡い色の花が咲いていたり、鮮やかな色合いの小さな木の実がなっていたり……。
如何にもエルフが住んでいるというのが納得できるような、幻想的ながらも明るい雰囲気の森だ。
ちょっとした暗がりに小さな光がゆっくりと浮遊しながら瞬いたりしているが、蛍のような生き物がいるのか、それとも妖精の類か。明るい色で少しコミカルなキノコも生えているな。
「素敵な雰囲気の森ね」
ステファニアが言うと、みんなも頷く。
「地上の事はまだ広く知っているわけではありませんが……確かに綺麗な森だと思います」
ナヴェルが言うと、カルセドネとシトリアもブレスジェム達を腕に抱いたりしたままうんうんと頷いたりしている。
『何だ……? 精霊達は――警戒していないが……』
アウリアがそのまま進んでいくと……不意に樹上からそんな声が響いた。
『久しいのう。オンブロース』
にやっと笑ったアウリアが、フロートポッドから顔を出して声を発したエルフに答える。
『アウリアか……!』
弓矢を背負ったエルフが一人二人と樹上から降りてくる。村の見張り役だろうか。オンブロースの方は精悍な印象の男で、もう一人のエルフよりも立ち居に隙が少なく、鍛えられている印象があるな。着地する時も全くの無音で、身軽さも身のこなしもエルフならではだろうか。
『何か妙なものが近づいてくるかと思えば。あまり驚かせないでくれ』
そう言いながらも、アウリアの姿を認めると笑顔になっていた。
『ふっふ。そういう反応を楽しみにしておったからな。この乗り物は境界公が作ったものでの。里帰りに際してちょっと借りてきたのじゃ』
にかっと笑ってアウリアが答える。
見張り達を驚かせてしまうと弓矢で射られるという可能性もあるが……精霊達も口止めに協力してくれているからな。今回の場合エルフ達に限っては逆に安全というか。
フロートポッドは普通に弓矢で射られたぐらいでは弾くぐらいの防御機能はあるし、アウリアも風の精霊に守られているというのはあるが。
ともあれ、相手がアウリアと分かるとオンブロース達も笑顔で迎える。
『実は、後方に境界公の空飛ぶ船も来ておってな。この近辺やエインフェウス王国のエルフの集落近辺を案内する約束をしたから里帰りも兼ねておるのじゃ。船でいきなり登場すると驚かせ過ぎてしまうかも知れんからのう』
『そ、そうなのか』
アウリアがかいつまんで事情を説明すると、オンブロース達はシリウス号を探すように周囲の空を見回していたが……隠蔽フィールドを纏っているので見えないはずだ。精霊達もロタールとの約束があるので秘密にしているようだしな。
『船で驚かせないように、儂が皆に知らせたら後から来るそうじゃ』
『分かった。俺達も心構えはしておこう』
『うむうむ。では、後程のう』
そんなやり取りをしてからアウリアは生まれ故郷に向かって進む。
程無くして森の中に続く道の向こうに、エルフ達の住まう集落が見えてくる。
茅葺屋根の家々から煙突も伸びていて……素朴ながらも味がある建築様式だな。
村の中も緑豊かな印象だが……エインフェウス王国の王都ほどには森と一体化している作りではない。この辺はヴェルドガル王国側の影響だろうか。それとも元々の暮らしがそうなのか。
エインフェウスの方は巨木があっての建築様式でもあるからな。
『なんだあれは――』
村の入り口にいた者達がフロートポッドを目にして先程の見張りのように声を上げるが、アウリアが顔を出してにやりと笑うと、驚きの表情を見せていた。
『おお、アウリア殿!』
『久しぶりじゃな!』
先程のやり取りを再現するようにアウリアが事情を説明する。
『――というわけで機会に恵まれたから帰ってきたわけじゃな』
俺達も後からやってくるという旨を伝えると、エルフの中の一人が笑って頷き『皆に伝えてくる!』と集落の奥へと走っていった。
すると……程無くしてすぐに人が集まってくる。知り合い達と顔を合わせると、アウリアはにっこりと笑って再会の挨拶を交わしつつ、俺達が遅れてやってくることを伝えていた。
『おお……! 境界公がいらっしゃるのか』
『アウリア様も帰ってきたし……これはみんなで歓迎しなくてはね!』
そう言って盛り上がっている集落のエルフ達である。
では――俺達も船を前に進めていこう。シリウス号の隠蔽フィールドを解いて船体を高度も落とし、ゆっくりと動かしていく。
エルフ達は目が良いのか。それとも精霊達から話を聞けるからか、すぐにシリウス号に気付いてこちらに手を振ったり、笑顔を向け合ったりしていた。
そうして集落に隣接するような位置までシリウス号を移動させたところで停泊させて、みんなで甲板へと移動する。
「フォレスタニア境界公とお見受けします。このような辺境の村まで、よくぞおいで下さいました」
「いきなりの訪問でしたが……こうして温かく迎えていただけて、嬉しく思っております」
タラップを降りると、集落の長らしき白く長い髭を蓄えたエルフが歓迎の言葉を口にしてくれる。一礼して返すと、相好を崩して応じてくれた。
と……そこに。
集落の奥からエルフの女性が小走りでかけてくる。アウリアの親しい人物なのか、集落の面々も明るい笑顔で道を開けていた。
「おお。クレーネ! 久しぶりじゃな!」
「姉さん、お帰りなさい……!」
そんな風に言ってエルフの女性――クレーネが両手を広げるアウリアに抱き着く。というか、抱きかかえるような格好だ。アウリアの妹か。
「ああ。確かに言われてみればギルド長に面影がそっくりね」
母さんがそれを見て微笑む。
確かにそうだ。少女の姿をしたアウリアであるが、仮にそのまま成長して大人の姿になっていたとしたらクレーネにそっくりになるのではないだろうか。見た目だと親子か年の離れた姉妹に見えるが、実際は姉の方がアウリアで妹の方がクレーネという事になる。
ただ、クレーネの方は見た目がエルフの美女であることには間違いないが、纏っている雰囲気というか物腰が、アウリアよりもおっとりしている印象がある。
どうやら、アウリアとは容姿に似ている部分があっても性格的なところは結構違うようだ。アウリアは妖精に近い資質をもっているからエルフの中でも小さな頃の姿を維持しているという話だしな。性格が違うのも納得ではあるかな。
そうしてクレーネはひとしきりアウリアとの再会を喜び合った後で、俺達にも挨拶をしてくるのであった。
いつも応援して頂き、誠にありがとうございます!
本日、2月25日は書籍版境界迷宮と異界の魔術師14巻の発売日となっております!
無事14巻の発売日を迎える事できて嬉しく思っております。
ひとえに関係者各位の皆様、そして何より、読者の皆様の応援のお陰です! 改めて感謝申し上げます!
また、今回も書き下ろしを収録している他、特典SSも執筆しております! 詳細は活動報告にて告知しておりますので、そちらも合わせて楽しんで頂けたら幸いです!
ウェブ版、書籍版、コミック版共々頑張っていきたいと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願い致します!