番外1635 先人達の想いは
「当時の族長と王国から派遣された使者は、お互い最初の印象が良かったというのもあって関係は良好でしたが、惹かれ合っているという想いを伝えあうまでが大変だったようです」
「それは……そうでしょうね。王国側と一族の皆に切り出すのも一大決心が必要ですし」
当時は所属する組織が違うからな。同じ一族の仲間達や王命。そういったものを個人的な事情から全うできなくなってしまうとして、それを打ち明けるというのは中々に勇気がいる。
特に、二人とも自分と相手の立場を鑑みて私情が入ると周囲に迷惑がかかるかも知れないと族長や使者から退こうとしているし。
全うできないからこそ不名誉と受け取られても打ち明けるというのは……真摯に立場や任務と向き合っているからこそではあるのだろうが。
「祝福されるべき話だから、北東部のエルフ達との経緯の舞台裏までは話としてあまり広まっていないのでしょうけれど……今の状態では王命を成し遂げられないと、当時の国王の元に謝罪に訪れたという書物は読んだことがあるわね」
ローズマリーが言う。なるほどな……。
「族長も使者が王命を果たせず、その罰が重くならないよう嘆願に訪れたと言います」
だが、当時の国王は話を聞くと愉快そうに大笑して「王命に逆らうのではなく、果たせなくなったのであれば仕方がない」と、そう答えたそうだ。だが、不名誉は不名誉。中央での出世からは外れる事になると、そう言い渡した。
代わりに――北東部での新しい任に就くようにと。形式的には中央を追われての都落ちだろうか。それを失敗と感じる者もいるだろうが……。
反面、エルフの族長に関してはその想いや誠意を手放しで称賛したという。これは自分達の所属ではないからそう言えるという部分もあるな。
現在のリンズワース家が実質的に領主であったとしても爵位がないのも、中央の政治に関わらない事も。そうした建前と優しさを加えた落としどころもあって、というものだったのだろう。
あまりその辺の記録を広めなかったのは、やはり当人達の想いを汲んでのものだったからだ。
「暫く互いの事を理解するために過ごした後に結婚し、リンズワース家の先祖となったわけですな」
異種族間の婚姻だから、というのもある。互いに一目惚れであっても……いや、そうだからこそ冷静に考えないといけない部分がある。その点は理知的で冷静でもあるな。
当時のエルフ達やヴェルドガル王国も……それぞれも色々考えるべきことはあっただろうから、言うほど単純に考えての判断というわけではなかったのかも知れない。だが最終的に当人達の想いを汲む形となって落ち着くべきところに落ち着いたというのは良い事だ。
「大岩の村の大婆様から小さい頃に聞いたことがあるが……ヴェルドガル王国の国王や重鎮、周辺の部族も結婚式に顔を出し、かなり盛大に祝われたという話じゃな」
アウリアがにっこりと笑う。
「当時の事を直接知る者がいる、というのもエルフならではですな。実は、肖像画も残っているのですよ。王国が画家を派遣してくれたと伝えられています」
「それは――見てみたいですね」
「ええ。是非」
ロタールは快く頷いてくれた。
肖像画については劣化を防ぐ魔法的な処置を施して応接室に飾ってあるという事だ。俺達に関しては人数が多いので屋敷の広間に通された形だが……応接室も中庭から直接見る事ができるそうなので、全員が気軽に見る事ができるだろう。
というわけでお茶を飲んだところで応接室に案内してもらう。
見せてもらった肖像画には二人が並んで微笑んでいるという構図のものだった。族長の方は女性。一般的なエルフのイメージを体現したかのような、長身痩躯の美女だ。はにかんだような柔らかい笑みを浮かべて椅子に座り、その傍らに王国から派遣されてきた使者であった人物が立っている。使者の方も穏やかに笑っていて、幸せそうだ。
族長も使者も婚礼の際の衣装だろうか。族長の方は白とエメラルドグリーンを基調とした鮮やかなドレスを身に纏っているし、使者も礼服を身に纏っている。
肖像画だからと描写が正確だとは限らないが……族長は細身でありながらも鍛えられているのが肖像画から窺えるな。アウリアのような精霊使いタイプではなく、弓等を使う軽戦士タイプのエルフかも知れない。
使者の方も――騎士出身だったりするのだろうか。族長の佇まいに隙がないから、絵が写実的で正確だとするなら使者もまた武人といった立ち居姿に見える。オーガに立ち向かっていったというし、元々戦闘職であった可能性は高そうだ。
そのあたりでお互い気があった部分というのはありそうだな。
ともあれ、肖像画からしても仲睦まじそうな印象だな。
「仲が良さそうなのが伝わってきます。良い絵ですね」
「そうだね。やっぱり話を聞きに来て良かったな」
目を細めて言うグレイスにそう答える。みんなも微笑み、氏族の面々もお互いの伴侶と笑みを向け合ったり子供を撫でたりと夫婦や親子仲であるとか、互いへの想いを再確認しているという印象だ。
「それは何よりです。私も……境界公のお話は聞き及んでおります。この土地を任されている者として共感する事も多く、個人的にも応援しております」
「ありがとうございます」
ロタールに一礼する。
そうして、族長と使者のその後のエピソード等も聞かせてもらったりした。互いの暮らしを体験したり、お互いの仕事を手伝ったり、本当におしどり夫婦という印象であったらしい。
夫婦の仲の良さもあって周囲も応援するなど人間関係や子供達にも恵まれたそうだ。
そういう経緯もあって良いスタートを切った事。互いの生活、文化を尊重している事もあり、今日でも良好な関係が続いているというわけだな。
リンズワース家にまつわる話に、みんなも穏やかな表情で聞き入るのであった。
ロタールの屋敷でお茶を飲んで話を聞いたり、エルフ達の暮らしについても話を聞いたりしてから、お土産まで貰ってしまった。
地元で採取した木の実や栽培している果物で作ったドライフルーツやジャムとのことで、精霊の力も借りて加工しているらしい。風味が豊かになるのだとか。その辺はエルフならではという感じだな。
氏族の子達の間食にも喜ばれそうだし、お菓子作りにも使っても良さそうだ。スピカやツェベルタと相談して何かデザートを考えてみよう。
そんなわけで俺達はロタール達に見送られ今度こそアウリアの故郷を目指して出発する事となった。
「ありがとうございました。お陰様で良いお話を聞くことができました」
俺がそう言うと、氏族の子供達も「ありがとうございました」と声を揃えてお礼を伝えていた。ロタールは目を細めて笑う。
「参考になったのなら何よりです」
その言葉に頷き、みんなでシリウス号に乗り込む。コルリスやラヴィーネ、リンドブルムといった動物組も甲板からみんなと一緒にロタールや家人に手や尾を振って、そうして改めて出発となった。
「儂の故郷まではそれほど遠くはない。もう少ししたら先行させてもらうとしよう」
「では、ゆっくり進んでいきますので、頃合いを見て教えて下さい」
「うむ」
アウリアの言葉を受けて、シリウス号は森の中の道に沿って更に進んでいく。そうして丁度いい頃合いになったのか、アウリアが座席から立ち上がる。
「そろそろかのう。行ってくるとしよう」
「森は平穏で危険はなさそうですが、ティアーズを護衛として連れて行くと良いのではないかなと。様子を見てこちらも話が伝わった後で姿を見せやすくなりますし」
俺が言うとティアーズがぺこりとアウリアにお辞儀をした。
「おお。では、よろしく頼むぞ」
そう言って、アウリアはティアーズと共に艦橋を出ていくのであった。
アウリアの故郷か。どんな場所なのか気になるところだな。
いつも境界迷宮と異界の魔術師をお読みいただき、ありがとうございます!
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