番外1634 エルフ達との絆
「メルヴィン陛下よりお話は伺っております。遠路遥々よくいらして下さいました」
家人達と共に屋敷の前に迎えに出てきてくれたのはリンズワース家の当主だ。ロタール=リンズワース。北東部森林地帯の代官だ。
見た目はエルフの賢者といった具合の壮年の男性だな。耳も尖っているがクォーターエルフでもあり、エルフを基準にすると寧ろ年下、という事になるらしい。
「お目にかかれて嬉しく思います、ロタール卿。テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアです」
「これはご丁寧に。境界公のお噂はかねがね耳にしておりますよ。こちらこそお目にかかれて光栄です」
そう言って一礼するロタールである。柔らかな物腰で、ますますエルフの賢者というのが似合うな。そのままみんなとも挨拶をし合う。特にアウリアやイグナード王とは面識があるから、再会の言葉を丁寧に述べていた。
「ご無沙汰しております。陛下がお変わりなくて喜ばしい事です」
「儂としてもロタール卿達が元気そうで安心した。リンズワースの地の平穏がこれから先も長く続くことを願っておるよ」
そうイグナード王と言葉を交わし、アウリアが明るく笑う。
「うむうむ。久しいのう、ロタール。街の皆共々元気そうじゃな」
「アウリア殿もお元気そうで。お陰様で平穏に過ごしておりますよ」
そんなアウリアの様子に、ロタールも相好を崩す。
街の住人は地上人、エルフ達に獣人達と様々な顔触れだが、シリウス号が姿を見せるとかなり嬉しそうに手を振って迎えてくれたからな。
アウリアとしては里帰りもサプライズにしたいので直前まで知らせないで欲しいとロタールに要望を送ったそうだ。この辺はアウリアらしいというか。
「アウリア殿の要望通り、精霊達からも伝わらないよう口止めをお願いしておきましたぞ。精霊達も快く協力してくれておりますな」
「おお。それは助かる」
ロタールとアウリアがにやりと笑う。小さな精霊達も……活性化している様子だがうんうんと頷いているな。
マルレーンからランタンを借りて、周囲の小さな精霊達の様子を可視化すると、みんなも楽しそうにしていた。自分達の姿を双方向から見られると理解すると、氏族や迷宮村、孤児院の子供達と手を振り合ったりカーテシー風のお辞儀をしたり、オリヴィア達の顔をのぞき込んだりあやしたりもしてくれる精霊達である。
「えっと、は、初めまして」
「お邪魔します!」
それから、ロタールに子供達もそう言ってお辞儀をする。少し緊張した様子だったり、元気よく挨拶する子がいたりして……ロタールも微笑ましいものを見るように目を細めて頷く。
ザンドリウスとリュドミラに関しては二人とも落ち着いた様子で挨拶をしているな。氏族の子供達の中でも年長者だが、きちんと礼儀作法に則っているのはフォレスタニアに来てから新しく学んだことである。氏族の子供達も……各々の個性や成長が見られて喜ばしいことだ。
迷宮村と孤児院の子達も緊張している様子ではあったが礼儀正しくお辞儀をしていた。
「屋敷で歓待したいところではあるのですが、あまり長くお引止めしてアウリア殿の故郷の皆に来訪が伝わってしまっては、秘密にしておいた意味がありませんからな。とはいえ、飲み物とお茶請けや手土産の用意はありますぞ」
ロタールが屋敷で休んでいくように勧めてくれる。宿泊とまでは行かないのはまあ、サプライズの事もあるし、エインフェウスとの距離を詰め過ぎないという理由もあるかな。それはそれとして、互いに悪意がなく関係が良好であることが分かっていれば安心ではあるが。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。リンズワース家の方とは、少し話をしてみたいと思っていました」
「おお、それは光栄な事です」
立場的にも歴史的にも、ロタールの話を聞いてみたいというのはある。俺だけでなく次期獣王を目指しているイングウェイもそうだろう。
というわけで屋敷の中に案内してもらう。人数も多いので中庭に面した一室で茶を飲みながらリンズワース家やエルフ、北東部にまつわる話を聞かせて欲しいとお願いをしてみた。
「領地の特殊性やエインフェウスとの関わり、それに身の回りの人達の事を考えると、領主としても個人としても色々と興味があると言いますか」
「俺も聞いておきたいな」
テスディロスも言うと、氏族の面々やイングウェイも頷いていた。氏族もそうだな。他種族との関わりに関しては氏族達の今後の課題とも言える。
「なるほど。そういう事でしたら」
俺達の言葉にロタールは納得したように頷くと、北東部にまつわる話を聞かせてくれた。
「やはり、リンズワース家の者達がこの土地に移住してきた経緯や歴史についてお話するのが良いのかも知れませんな」
ロタールはそう言って、北東部の背景について聞かせてくれる。
「北東部に関しては元々自然豊かでエルフ達が多く住んでいた森なのです。エルフ達はあちこちの森に住んでおりましたが、その中でも特に繁栄していた場所と申しますか」
ヴェルドガルは歴史的な背景からしてもエルフ達を含め他種族との関係を重視している部分があったから、山岳地帯の王国側の扱いをどうするかという事も含めて、ある時調査を命じられた者達が派遣されたそうだ。
その人物が王家との繋がりが強い家臣であったのは……やはり国境も近かったために適当な対応では済ませられない場所だったからだろう。調査の段階でも王家の意志を正確に理解した上で対応できる人員が必要だったという事だ。
エルフ達は国を築いていたわけではなかったし、今でもそうだ。どこかの国に帰属するというよりは森に根差して生きているという性質の方が強い。
とはいえ、周辺としては状況が流動的なのは困るのでエルフ達との関係をどうするかというのは考える必要があったのだろう。実際ヴェルドガルもエインフェウスもそうだし、エルフ達側もその辺の事は考えてくれているという印象があるな。
「――そのように当時派遣されたご先祖も色々考えていたのだと思います。ですがまあ……あれこれと想像し、構想していたことも、実際に赴いたところで予定が変わってしまったと言いますか」
アウリアは話の流れを知っているのだろう。ロタールの言葉にうんうんと頷いている。
族長と派遣された人物とが互いに心惹かれ合ったのだと。そうロタールは語った。
「森の中で当時の族長殿と出会い……外からはぐれて迷い込んできたオーガとの交戦中に助けに入ったという話です。その戦いでの勇戦もあって、互いに一目惚れだったという話ですよ」
「族長の引退宣言と使者としての立場を辞退する事も含めて、かなりの大恋愛だったらしいのう」
アウリアが言う。互いが互いのために立場を捨てても良いとまで言う。これは……互いの立場を慮っての事だったのだろうと想像がつく。
結局エルフ達も王国側も、二人の気持ちを前提にした上で落としどころを見つけたそうだ。
それが今の北東部の在り方に繋がっている。王国が直轄地としてエルフ達の暮らしを守っているのも、エルフ達の暮らしの独立性を保つためでもある。
この直轄地の扱いや在り方に関しては将来に渡っても王国として尊重すると、迷宮に対して宣誓しているそうだ。
まあ……他種族との関係については当時の迷宮管理者であったクラウディアの意向も反映されているからな。リンズワースが爵位を持たない事はその辺にも理由がある。王家として北東部の在り方を守るという宣言でもあるわけだ。
「良い話だな」
ゼルベルが頷き、リュドミラやユイも何かを感じ入るように目を閉じていた。グレイスやシーラ、イルムヒルトも静かに微笑む。
レイメイの結婚であるとか、ヘルフリート王子とカティア、サンダリオ卿とネレイド族との話に通じるものもあるな。
政治的なやり取りよりも当事者達の想いが架け橋になって今日の良好な関係に繋がっている、か。
いつも境界迷宮と異界の魔術師をお読みいただき、ありがとうございます!
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詳細は活動報告にて記しておりますので参考になれば幸いです!