番外1632 北東への旅
話もまとまり、早速その日からエインフェウス南部でのキャンプに向けて色々と準備を整えていく事となった。
キャンプと言えばやはり食事も華だったりするからな。迷宮に足を運んで食材を調達したり、立てた予定に沿って利便性や安全性を強化するために諸々の準備を整えていく。
子供達を連れて行く形になるからな。相対位置を表示する魔道具を魔界訪問のために作ったけれど、それが今回も活躍する形になるだろう。
造船所にて魔道具を積み込んで……物資の準備をしていく。野営という事で火も起こす。こちらは魔法や魔道具頼りではなくキャンプファイアーだとか即席の竈も作れるようにしているな。薪の現地調達等も視野に入れて、野外活動の訓練も兼ねている。
子供達が将来……例えば冒険者を選んだ場合や旅に出た場合を考えて、魔法や魔道具が使えない場合でも対応できるようにするためのものだ。
『僕らも問題なく参加できそうだ。ロゼッタさんやルシールさんから外出許可はもらえたから』
とそんな風に伝えてきたのはアルバートだ。キャンプの予定日もそのへんを見据えて予定を組んでいたが、まあ、オフィーリアやコルネリウスの体調もあったからな。
その辺次第でアルバート一家はまた後日野営の第二段にという事も有り得たが……地底から帰って循環錬気も再開しているということもあり、母子共に回復と成長は順調だ。
そろそろ外出できそうな時期でもあるという事で、ロゼッタとルシールのお墨付きをもらって親子揃っての参加という形になる。
「うん。一緒に出掛けられるのは楽しみだ」
『僕達もだ』
『初めての外出というのは嬉しいものですわね』
アルバート達が水晶板の向こうで笑みを見せる。そうしている間にも船への積み込みといった準備は進んでいる。
「頼まれていた装備品の確認をしてきた」
シリウス号からタラップで降りてきて、そう伝えてきたのはルドヴィア氏族のザンドリウスだ。氏族の子供達の中では年長組でリーダーシップもあるからな。今回は引率されるだけでは、という事で手伝いを申し出てくれている。
俺としても仕事の訓練にもなるから、手伝ってもらっているが。
「ん。ありがとう」
目録と船倉の中継映像を見ながらダブルチェックしていくわけだ。
「野外で寝泊まりして食事をして、というのが遊びになるというのは……今の段階だとよく分からないな。元の生活がそうだったから」
「それはまあ、生活や生存のためだからね。目的が違うと見えるものも違って来るかも知れない」
その言葉に俺が答えると、ザンドリウスは真剣な表情を浮かべつつ頷く。
「解呪で色々感じ方が変わっているし、食事の仕方だって前とは違うから、野外活動自体を楽しむとなった時に自分がどう感じるかは興味がある、な」
とのことだ。ザンドリウスも結構真面目な性分だからな。肩の力を楽しんでもらえたら嬉しいところである。
「子供達が楽しんでくれるのは嬉しいところだけれど」
「私や父さんもそうよね。変化を比べると、新しい発見がありそうだわ」
「まあ、そうだな。森での暮らしが日常ではあったが」
ルドヴィアがそんなザンドリウスの反応に目を閉じて同意し、リュドミラとゼルベルも頷き合う。
一方で同じく親子で参加予定のエスナトゥーラはルクレインや氏族や迷宮村、孤児院の子供達と共に野営に出かけるのを楽しみにしているようで。
「魔人となってハルバロニスを出るより前に……周辺の森へ皆と採取に出かけたこともありますからね。何となく懐かしく感じる部分があります」
「それに……今回はお嬢様やあちこちの子供達も一緒ですからね」
エスナトゥーラの言葉に、明るい笑みを見せるフィオレットである。エスナトゥーラはルクレインを腕に抱きながらも微笑んでこくんと頷く。
こうやって親子連れが楽しみにしてくれるイベントになっているというのは俺としても喜ばしい。
そうしていると、アウリアからも通信が入る。
『書類仕事は概ね片付けた。当日の案内は問題なさそうじゃな!』
明るい笑顔でそう伝えてくるアウリアである。
「それは何よりです。よろしくお願いしますね」
『うむうむ。楽しみにしておるぞ』
そんなやり取りを交わしつつ、水晶板の向こうで頷いているアウリアだ。
イグナード王達からも当日の合流については問題ないという連絡を受け取っているし、このまま積み込む物資や日程、体調のチェックをしていき、問題がなければ予定通りに出発となるだろう。
みんなの体調に関しても問題はない。循環錬気で状態を調べつつ、ロゼッタやルシールにも診察してもらい、キャンプへの参加をしても大丈夫とお墨付きをもらった。
そうして数日が過ぎて、出発する当日がやってくる。
みんなと一緒に転移港へとイグナード王やアルバート達を迎えに行く。通信機で待ち合わせの時間を合わせているというのもあり、到着するとすぐに転移門の向こうからイグナード王とアルバート達が姿を見せた。
「ああ、おはよう」
「おはようございます」
「出かけるのには良い天候よな」
明るく挨拶をしてくるアルバートやオフィーリア、イグナード王である。俺達も朝の挨拶を返して転移してきた面々を迎える。
「おはようございます。コルネリウスも――機嫌が良いみたいだね」
俺を見るとコルネリウスが声を上げて手を伸ばしてきた。こちらも手を伸ばすと指先を小さな手で掴んでくる。生命反応も明るく輝いていて元気であることが分かるな。
循環錬気で顔を合わせる事も多いからか、すっかり顔を覚えて慣れてくれたようで喜ばしい事である。
そんな様子を見ていたみんなも表情を綻ばせ、アシュレイやマルレーンとオフィーリアが嬉しそうに言葉を交わす。
そうして和やかな空気になったところで、早速造船所へと移動していく。
造船所にはアウリアやギルド職員。フォレスタニア城の面々、留守番をする孤児院の職員達も見送りに来てくれていた。氏族の子供達も先に造船所に来ているな。
「では、よろしくお願いいたします」
そう言って一礼する、サンドラ院長達とブレッド少年達、孤児院の面々も迎える。
「留守中の領地の安全はお任せください」
ゲオルグが言うと、フォレストバードの面々やカストルム達魔法生物組も頷く。テスディロス達も同行してフォレスタニアに氏族は不在になるが、その分領地の防御も気合を入れてくれている感があるな。この場には顔を見せていないが、アルクス達も防衛に回ってくれているし、防衛戦力は層が厚いしシリウス号の転送魔法陣経由で現場から行き来ができるから、俺としても安心だ。
「ありがとう。それじゃあ、行ってくるよ」
「はい。お気をつけて」
セシリアも丁寧に一礼してくれた。ダークエルフの場合は――もう少し暖かいところで暮らしていることが多く、生活様式もエルフとは結構違うそうな。若者はエルフよりも割と積極的に里を出て渡りになる文化があるという話だしな。
まあ、アウリアとセシリアの関係が良好な事から分かる通り、エルフとダークエルフが特段不仲というわけでもないが、セシリアは留守を任せて欲しいとのことだ。
ともあれ、今回は氏族や迷宮村、孤児院の子供達もいるので人数が多い。整列して班ごとに点呼し、しっかりと確認し、迷子防止の魔道具を装備しているのも確認してから船に乗り込んでいった。それが終わったところで俺達もシリウス号へ乗り込む。
「よし。じゃあ行こうか」
俺の言葉にアルファもこくんと首を縦に振り……船体が静かに浮上を開始する。甲板と造船所から互いに手を振り合って、出発となったのであった。
艦橋に移動して船内の子供達の様子を見ると、モニターを見やったりブレスジェムを撫でて感触を楽しんだり、チェスやカードをしたりと、思い思いに寛いでいる様子だ。
解呪直後の頃より色々と過ごし方も分かれていて、個々人で好みや興味の対象も移っているようだな。良い傾向なのだと思う。
急ぎの旅でもないし、風景を楽しみながら進んでいくのが良いだろう。そうしてシリウス号は北東に向かって進んでいくのであった。