番外1630 野営計画
ドルトリウス王も地底の王国へ帰り、ナヴェル、トルビット、フォロスやブレスジェム達という新たな面々をフォレスタニアに迎えながらも普段の暮らしに戻った。
ナヴェル達はフォレスタニア城に滞在しつつ、訪問してくるエイヴリルやユーフェミアと共に長期的な影響の有無の観測を継続しながら過ごしていく事となる。
まだ情報が制限されているとはいえ、普段の生活は割と自由にしてもらっている。
今は……ナヴェルはペレスフォード学舎やフォレスタニア城の書庫から書物を借りてきて他国の歴史や文化を学んだりしている。トルビットは武官だからみんなとの訓練に付き合ったりといった具合だな。
フォロス達はそんなナヴェル達の学習や訓練風景を共有しながらも中庭でのんびりと動物組や魔法生物達と日向ぼっこしたりして過ごしていて、平和なものだ。
ドルトリウス王の帰還から数日を経たが現時点では精神的な影響も出ていないので、このまま何事もなく進んでいって欲しいところである。
そんな中で俺達と言えば……執務を進めながらもいつも通りの日常に戻っている。
季節は初夏――。本格的な暑さにはまだ早く、爽やかな天気の日も多くて過ごしやすい季節だと思う。まあ、フォレスタニアは気温も湿度も安定しているので少し話は変わるが。
「アル達がもう少ししてタームウィルズに帰ってきたら工房でも動いていく事が増えるし、休暇も兼ねてみんなで出かけるのもいいかもね。野営を目的にして出かける、なんて話もしていたし」
「ん。野営にも良い季節かも知れない」
執務の休憩中に茶を飲みつつそんな話題を出すと、シーラがこくんと頷いていた。
エインフェウスはヴェルドガル王国より北にある国なので、あまり北方に移動すると逆に野営には寒すぎる気もする。エインフェウス南部あたりが丁度良いのではないだろうか。
「その辺はイグナード陛下に尋ねてみましょうか」
「良い情報が聞けそうな気もするね」
ステファニアが微笑み、その言葉に俺も笑って同意する。執務が終わってからイグナード王の都合も良さそうなら通信室で少し尋ねてみるとしよう。
執務に関してもフォレスタニア、シルン伯爵領共に大きな問題や異変は起こっていない。財政や治安共に安定している感があるな。
そうしてお茶を飲んだり焼き菓子を食べたりして、休憩を挟んでから更にしばらくの間執務を行った。文官達も魔道具やフォレスタニア式のやり方に馴染んできて、前より仕事がしやすいとそんな風に語っているとのことだ。
執務用の魔道具にしてもある程度確立された地球側の手法を導入していたりするし、個々の負担を減らして効率的に進められるというのは良い事だな。
イグナード王に通信機で連絡を取ると、向こうも執務に一段落したら休憩するのでその時に話そうとの返信があった。
イグナード王と話をするという事で、オルディアやレギーナ、訓練に来ていたイングウェイにも伝えると、3人は喜んで通信室へやってくる。
「私達は自前の毛皮がありますからな。今の時期なら北部でも過ごしやすいぐらいではありますが。子供達の事を考えると、今の時期の南部は丁度良いのかも知れません」
通信室でのんびりしながら野営の話をすると、イングウェイが教えてくれる。
「加護もあるから寒さはそんなに問題にはならないけど、快適さに関しては影響しないからね。日中が爽やかで過ごしやすければ野営も楽しそうだ」
俺の返答にイングウェイ達は笑って頷く。
「エインフェウス南部に関しては――ヴェルドガルやドラフデニアの北部とそう気候も変わらないという印象がありますね。その一帯で生活していたわけではないので、伝聞や書物からの情報になってしまいますが」
「勿論、ヴェルドガル王国やドラフデニア王国よりも深い森林地帯が広がっているというのはありますが……それは私達の生活様式故ですからね」
オルディアとレギーナもそんな風にエインフェウス南部について解説をしてくれる。植生は緯度によって違ってくるが、全域で森林地帯が広がっているのは確かだ。
『おお。待たせてしまったようだな』
「いえ。僕達も少しエインフェウスの事を話していたところですので」
水晶板に顔を出したイグナード王に笑って答える。
南部が良いのではないかと話をしていたと伝えると、イグナード王も顎に手をやって頷いていた。
『王都は樹上でも暮らせるように独自の建築方式だが、部族の生活圏によって家や暮らし方にも違いがある。南部については――幾つか野営に向いた安全な場所の候補があるから、情報を渡しておこう』
イグナード王がそんな風に言って、色々とエインフェウス南部について教えてくれる。オルディアの言っていた通り、今の時期なら過ごしやすいだろう、とのことだ。
寒冷地である北部とはまた違って、獣人族以外が暮らしやすい気候という事で、エルフが多いのも南部、という事らしい。
『そういう部分について更に説明をするならば……北部、南部を比べると北部に住まう獣人達の方が冬毛もたっぷりとしている傾向があるな』
「そうなのですか……」
そんなイグナード王の解説にシャルロッテが反応していたりするが。
「なるほど……。被毛がたっぷりとしている獣人達にとっては南部に行くと夏の暑さの方が辛い、となりそうですね」
アシュレイが納得したような表情で頷く。
『そうなるな。ちなみにそうした寒冷地に適正の高い獣人達は、夏に毛も生え変わるのだが……その前に毛刈りも行われている。その際、刈った毛を使って人に近い姿の獣人族やエルフ達用に防寒具を作るという風習もあってな。夏への耐性がないのとは逆に、冬の寒さが厳しい者達を助けている、というわけだな』
「良い毛並みの獣人はそれを売ることを生業としているという例もありますな」
イングウェイもそんな風に補足説明をしてくれた。余所で例えるならカツラ用の毛を売る、というような感覚だろうか?
毎シーズン生え変わるものが生活の足しになるし実生活でも役に立つというのなら……確かに売り買いもするか。良い毛並みという付加価値があるなら尚更だ。
獣人族の風習や文化は独特で興味深いものがあるな。北部は冬毛の厚い獣人達、南部はエルフ達か。
そうしてイグナード王達にエインフェウス南部の特色や都市部の情報を聞いたりしながら、野営に向かう場所、日程、同行する面々等の計画を立てていく。
前回のシルヴァトリアの旅に引き続き、孤児院の子供達の参加も喜ばしいという事で、こちらも話を通して連絡していく。
「現地に転移門はありませんが、シリウス号に転送魔法陣を用意すれば気軽な参加もできますね」
そうすればオルディア達もイグナード王と野営することもできるか。執務に穴を空けないし。
『おお。それは良いな』
「ふふ。参加してくれるのは嬉しいです」
俺の提案にイグナード王やオルディア、レギーナも表情を綻ばせる。
というわけで当日はイグナード王やオルディア、レギーナにイングウェイも参加という事で話が纏まる。氏族の子供達、カルセドネやシトリア、ナヴェル、トルビットにフォロスとブレスジェム達も参加だな。外の世界を見る機会でもあるしみんなでキャンプといこう。
その分引率役も必要になるところだが……護衛も兼ねてという事で母さんやテスディロス達、それにユイも参加という事で同行する面々も決まる。氏族の子供達も魔力弾や飛行術を使えたりして並ではなかったりするし、戦力としては十二分だ。いざという時に避難する拠点としてシリウス号もあるし、そもそも危険地帯に向かうわけでもないので、安全に関しては問題あるまい。
場所も日程も纏まって……そうしてキャンプの計画は少し賑やかな雰囲気の中で盛り上がりを見せるのであった。