番外1627 地底の民と観劇と
「私はしばらくお休みしていたから頑張らなくちゃね」
境界劇場の公演に際して、イルムヒルトは産休を取っていたという事もあって久しぶりの公演に気合を入れている様子であった。その隣でうんうんと頷くシーラである。
「そう言いながら演奏も動きもしっかりしてるもん。頼りにしてる」
「今日もよろしくね、イルム、ドミニク」
にっこりと笑うドミニクと、静かに微笑むユスティアである。シーラとシリル共々、イルムヒルト達は舞台用の衣装に着替えて準備万端といったところだ。
ブランクがあったと言っても練習自体はしていたから、公演に関しては不安を感じているわけでもなさそうだ。歌や楽器の練習も、イルムヒルト自身が好んでいるので普段から行っているしな。
打ち合わせやリハーサルも、水晶板や仮想訓練装置で可能だったりするので、あくまで本番の公演を休んでいた、というだけの話ではある。
「久しぶりの公演だし、楽しんできてね。俺も楽しみにしてる」
「ええ。ありがとう、テオドール君」
「ん。行ってくる」
イルムヒルトとシーラも嬉しそうに頷いて。そうして楽屋から舞台袖へと移動していく。
俺達も客席側に戻りみんなの待っているところに腰を落ち着ける。子供達も専用席でのんびりしているな。
劇場内の託児所に預ける事も考えたが、幻影劇と違って戦い等の演出がない分、穏やかな部分が多い。一緒に聴かせてあげればいいと各国の面々も言ってくれたので、代わりに風魔法で調整して公演に影響が出ないようにしつつ、何時でもあやす事のできる体制を整えている。
とはいえ、子供達もにこにこと上機嫌そうだ。
「ふふ。これなら心配もいりませんね」
「みんなイルム達の歌や音楽を聴くのは好きだものね」
アシュレイが子供達の様子に笑うと、クラウディアも穏やかな表情で同意する。
そんなわけでまずは壇上に移動して、ドルトエルム王国の面々を歓迎する旨の挨拶を行う。
「――境界劇場を建造した理由において、新しい友人を招いてこうして公演を行える事は合致しております。今後の友好や親善を深めることに繋がるのであれば光栄です。是非、楽しんでいって下さい」
そう挨拶をすると客席から大きな拍手が起こる。一礼して壇上から降りて席に戻ったところで客席の照明も落とされ――そうしてイルムヒルト達の公演が始まった。
少しの間の暗闇と静寂。イルムヒルト達が客席側のスポットライトの中に姿を現し……宙を優雅に舞うようにして美しい歌声と旋律を響かせる。暗闇でも視界の利くドルトエルムの面々に合わせて、今回は隠蔽の護符を使用しての特別仕様だ。
ドルトリウス王達はライトアップされるまで気付かないようにという演出に目を丸くしつつも、かなり喜んでいる様子だった。魔力のライン等でも感情が分かる。ブレスジェム達も縦に身体を動かして喜びの感情を見せているな。音楽はこういう場合静かに聴くもの、という知識もあるので弾んだりはしていないが。
光の粒と水の泡を周囲に浮かべ、イルムヒルト、ドミニクとユスティアが舞台にふわりと舞い降りて裾を詰まんで一礼すれば、次に聞こえてくるのはタップダンスの音だ。シリルと共にシーラも踵で音を鳴らしつつ、舞台の左右から現れて。踊るような二人の打ち鳴らすリズミカルな音が重なる。やがて二人が舞台の所定の場所までくると、それに合わせるようにイルムヒルト達も演奏を再開する。賑やかで楽しげな音色と共にシーラとシリルが踊りを見せて色とりどりの光の粒がいくつも弾けた。
リズムに合わせてフォロス達も縦に動いていて。うん。かなり気に入ってくれている様子だな。今回については、シーラの謡い玉の独自の演奏も舞台で行う予定なので、それも親善の余興という事で楽しんでもらえたら嬉しいのだが。
子供達も聞こえてくる歌声と音色に聞き入っていたようだ。泣き出すようなこともなく楽しそうにしていた。
謡い玉の演奏方法についても楽しんでもらえたようで、演奏が終わったタイミングでドルトエルムの面々が歓声を上げて笑顔で惜しみない拍手をしている姿が印象的であった。見た目も音色も面白いので、公演の中でもまた新しい見せ場になるのではないだろうか。
それらの反応を見ながらエイヴリルがナヴェル達の感情の状態を観測したりもしている。
「ふふ。今のところ問題なさそうね。感情の色も楽しんでいたみたいだし、このままおかしな影響が出ないままで進んでいけば良いわね」
公演が終わった後で結果を伝えてくれるエイヴリルである。
「ああ。エイヴリルもありがとう」
「良いわ。私も公演を楽しませてもらっているし、役得ね」
エイヴリルは俺の言葉に笑って応じる。
そうして、ドルトエルムの面々の滞在は進んでいった。
街中の見学をしたりフォレスタニア城に宿泊して交流を行い、あちこちの施設に出かける、といった具合だ。
ドルトリウス王やその護衛達はシリウス号での移動も経験していないので、造船所にも立ち寄った際に飛行船に乗り込み、タームウィルズ周辺の空からの散策にも出かけたりした。
地上を空中から見るというのはやはりドルトエルムの面々にとっては刺激的なようだ。ゆっくりとした速度で安定飛行をしながら甲板に出て、空からの眺めを満喫してもらう。
地上の色々なものが興味深く映るようで、質問されてそれに答えたりしながら空からの見学は進んでいった。空からの移動が好評だったので、その後、タームウィルズだけでなくフォレスタニアも大型フロートポッドで見学をしたりして。
「我としてはやはり慰霊の神殿が気になるな。記念碑を建造する予定もある事だし、目的や経緯も近いもの故」
「そうですね。神殿ですし文化的な違いもあるので形式は大きく異なってくるかとは思いますが……何か参考になる部分があれば幸いです」
慰霊の神殿の内部を案内しながら意匠や建築様式について説明を交えていく。俺やフォルセト、シャルロッテの話に、ドルトリウス王達は熱心に耳を傾けていた。
当然幻影劇場にもみんなで観劇に向かった。
アンゼルフ王の3部作、初代獣王の話。草原の王と聖王の話と……幻影劇も演目が増えているので滞在中何度かに分けての鑑賞だ。
「レアンドル陛下のご先祖様ですね。勇名は地底にも届いておりますよ」
「それはまた」
トルビットの言葉に笑うレアンドル王である。ドラフデニアの建国の父だからな。地理的にもドラフデニアについてはドルトエルム王国も色々と情報収集をしてきた背景があるそうで、アンゼルフ王の事も知っているらしい。
そうして鑑賞した幻影劇をドルトリウス王やフォロス達もかなり楽しんでくれたようで。やはり物語の中に没入できるというのは感情移入度が違うようだ。アンゼルフ王に関しては知らなかった情報も多かったとのことで。
「幻影劇を作るにあたって、色々と文献も当たって調べていますからね。戦いの場面で劇を面白くするための演出等はしていますが、大きな流れでの行動やその動機、結果については手を加えていませんね」
「ほほう。実に興味深い」
「当時の文化等も……文献を調べた上でこうだったのだろうと考証して作っています。まあ……僕の解釈が反映されている事は否定できませんが」
今まで作った幻影劇全てに共通している事だと伝えると、ドルトリウス王達はふんふんと頷いていた。
次は魔界に関しての幻影劇も作るという話もすると、出来上がったら見に来たいと笑っていた。
当時の地上の風習、文化といった生活にも触れられるし、楽しんでもらえたのなら何よりである。