番外1623 成長の喜びと共に
それから数日――。
転移門建造のための資材を転移港に集積したり、ドルトエルム王国側に転送したりしながらも、平穏な日々が過ぎていった。
ナヴェル達はタームウィルズやフォレスタニアにいる面々や遊びに来ている面々と顔を合わせて交流を深めているようだ。湖底の施設にも見学に行き、マーメイドやネレイド、魚人族にマギアペンギン達とも友誼を深めているようだ。
元々地底で暮らし、溶岩に浸かっても問題がない種族だからな。酸素がない環境でも行動に支障はないし、水圧もフォレスタニアの湖ぐらいの水深ならば魔法的なサポート無しでも全く問題にならない。
温度の関係で魔力補給の効率が悪くなるというのはあるから、ブレスジェム達も含めて水中は好相性とは言えないが……ことフォレスタニアに限っては環境魔力の良好さもあって、大きな問題はないようだ。
水泳自体は得意というわけではないので、マギアペンギン達の背中に乗せてもらって、楽しそうに湖を移動している様子を見せてもらっている。
ブレスジェム達も新しい生活に馴染んできたようで、カーバンクル達を身体の上に乗せて中庭で寛いだりとしていた。情報共有もしているからドルトエルム側のブレスジェム達も弾んだりして楽しそうな様子である。こちらの状況の再現なのか、自分達で重なり合ったりマグマクリケットの上に乗ってマグマを泳いだりして、遊んでいる様子も見られるな。
ドルトエルム王国のお祝いムードもまだまだ続いているので、地上でも地底でも楽しそうで結構な事だ。
俺達は俺達で転移門建造の準備を進める傍らで、みんなとののんびりとした生活を満喫させてもらっている。
「ん。新しい楽器は中々面白い」
そんな風に言いながらドルトエルムの市場で貰った楽器演奏で遊んでいるのはシーラだ。
魔力を込めて水晶球に手を翳すと演奏できるという仕様のもので、ドルトエルムでは「謡い玉」と呼ばれている楽器である。
テルミンのように離れた位置に手を置いて演奏するわけだが……魔力の込め方を工夫すると身振り手振りを交えて演奏することもできる。少ない魔力でも演奏は問題ないから……やはり楽器らしく器用さが問われる場面だな。加えて、魔力を送る方向で音色の高低が変わるので、通常は撫でるように魔力を送る。
が――シーラの場合は小さな魔力を断続的に色々な方向から送って演奏している。謡い玉の周囲を踊るように動きながら手や足、肘、膝から小さな魔力を送って、という具合だ。
シーラも魔道具によって魔力操作の器用さが鍛えられているからな。それに自前の体術や反射神経等々、器用さが加わるとこういう事になるわけだ。
身振り手振りで踊るような仕草を見せながら細かなタイミングで魔力を送って、弾むような音色を奏でているシーラである。ドルトエルムの面々が聞かせてくれた時は流れるような音色だったからな。まるで違う楽器のようで、これはこれで面白い。
空中戦装備まで使って謡い玉の周囲を舞うように動きながら演奏するシーラ。球体内部で瞬くように光が走って、弾むような小気味のいい音が流れてくる。
子供達がその演奏や光に手足を動かし楽しそうに声を上げると、シーラも演奏しながらサムズアップで応じる。
やがて即興の演奏から既存の曲になり、みんなも各々得意な楽器を持ち寄って一緒に歌を歌ったり……賑やかながらも平穏な時間を満喫させてもらう。
俺が魔力楽器を演奏すればローズマリーもそれに合わせて、ロメリアを腕に抱いてあやすように歌ったりして。
演説や交渉等には慣れているし、感情や抑揚を込めるのは得意なので聴いていて心地が良い。ローズマリーの腕に抱かれたロメリアも機嫌良さそうにラミアの半身――蛇の尻尾を揺らしているな。
「良い歌声だね」
「そうね。マリーは元々の声が綺麗でよく通るもの」
「まあ……普段から聴く側だから歌が得意とは言えないのだけれど……子供達が喜ぶのなら、ね」
俺やステファニアの言葉に、そんな風に目を閉じて答えるローズマリーである。そんな反応にみんなも表情を綻ばせていた。
子供達も演奏や歌に喜んでいる様子でみんなの歌声に嬉しそうな声を上げている様は何とも可愛らしい事だ。
オリヴィアを腕に抱いたマルレーンが、にこにこしながら謡い玉に近付く。
それを受けて目を輝かせるオリヴィアが謡い玉に手を伸ばせば、魔力と反応して澄んだ音を鳴らし、ぼんやりとした光が玉の中で動いた。その音と光にまた喜んだりして……微笑ましい事である。
「良い楽器だね。子供達も気に入ってくれたみたいだし」
「音楽に興味を持ってくれると嬉しいわ」
俺が笑うとイルムヒルトもにこにこしながら答える。うん。視覚的にもギミックがあって面白いから、子供達にとっても謡い玉は相性が良い。子供達の遊び道具にもなるし楽器演奏をしながら魔力操作と情操教育にも繋がる、と。これは、予想していた以上に良い物を貰ってしまったかも知れない。
そうやって家族団欒のひと時を過ごしていると、やがて子供達もはしゃぎ疲れたのか、段々と眠そうな様子を見せる。
「そろそろお昼寝の時間でしょうか」
「かなり喜んでいたものね」
ヴィオレーネをあやしていたアシュレイに、アイオルトの髪をなでていたクラウディアが答えるとみんなも微笑んで頷き……そうして子供達をベビーベッドに移していく。
「みんなちょっとずつだけれど大きくなっているね。普通の事なのかも知れないけど、成長を感じられるのは嬉しいな」
「ちょっとしたところで身長や体重の推移を感じて……確実に成長しているのが分かります」
エーデルワイスをそっと寝かしつけているエレナが、目を細めながら同意してくれる。
そうだな。今もルフィナをベビーベッドに移した時に、そうした成長を感じられて、俺も表情が緩んでしまう。目蓋が重そうにしているルフィナの柔らかな髪をそっと撫でると、すぐに目を閉じて寝息を立て始めた。
「ふふ。私達もお昼にしましょうか」
「ええ。いってらっしゃい。子供達の事は私達で見ておくわね」
「任せておいて……!」
グレイスが言うと母さんやセラフィナが応じるのであった。
そうして……地底からフォレスタニアに戻ってきてから、夫婦水入らず、家族水入らずののんびりとした時間をたっぷりととらせてもらった。
転移門の資材が準備できるまで執務や巡察等、領主としてすべきことも進めていたが……みんなと一緒に過ごすのは良い。リフレッシュというか活力に繋がるというか。
そんな調子で過ごしていたが資材の準備も終わったと連絡が来て。転移門建造に向けて動いていく事となった。
アルバートは留守だが、その分お祖父さん達が頑張ってくれた形だな。当事国であるドルトエルムは勿論、同盟各国の面々も協力してくれている。
というわけでまずは必要な資材を転送魔法陣で現地へと送る。フォレスタニア城の一角に用意されていた資材が、光に包まれてその場から消える。水晶板の向こう――ドルトエルム側に資材が転送されているのを確認する。
「よし……。それではドルトエルムへと向かいます」
「うむ。危険はないと思うが地底は環境が環境じゃからな。気を付けるのじゃぞ」
お祖父さんの言葉に笑って頷く。タームウィルズ側の転移門の下準備はお祖父さん達に任せ、転送魔法陣によって再びドルトエルムへと移動するわけだ。
まずは俺一人で移動し、建造を手伝ってもらう面々には後から転送魔法陣で来てもらうという形だな。
「ん。行ってらっしゃい」
「ああ。行ってくる」
みんなに見送られながら転送魔法陣を発動させて俺はドルトエルム王国へと飛ぶのであった。