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230 千客万来

 前日の夜から準備を始め、朝早くから出掛けて食堂に料理を並べたりと、お披露目の準備を進めた。

 とはいえ人手は十分足りている。今回は王城から料理人達が派遣されていたし、更に迷宮村の住人達も準備を手伝ってくれたからだ。俺自身もアクアゴーレムを動かしているのでスムーズなものだ。


 厨房では料理人達が忙しなく動いている。バスケットに盛られた白パン。皿に乗せられた鳥の香草詰めやらミートパイ、ぐつぐつと鍋で音を立てているシチューに、新鮮なサラダやフルーツの盛り合わせ。趣向を凝らした飴細工と……様々な料理が用意されている。


「魔道具の設置場所はここでよろしいのですか?」

「うん。厨房に並べておけば後は全部やってくれるってさ」


 炭酸飲料に、かき氷、綿あめの作成機なども準備済みだ。あれらの魔道具は王城にも納品されているので料理人達も扱いは手慣れたものである。

 そんなわけで俺は厨房よりも、施設側に不備がないかなど細々としたチェックを進めることに力を注がせてもらっている。何せ敷地が広いので。俺とセラフィナ。それにカドケウスで手分けして諸々確認して回る。


「どこか強度に問題があったらすぐに言ってくれ」

「うん。でも今は大丈夫だよ」


 セラフィナが笑みを浮かべる。

 さて。となればやはり警戒すべきは、プールの排水回り。ここは事故が起こりやすい部分だ。アクアゴーレムを用いて、隅々まで念入りに確認をしておかなければならない。連日に渡ってチェックと魔道具の動作テストを繰り返している。


 排水口は事故防止に格子で塞いでいるが……手足が穴に吸い込まれた場合を想定し、念のために魔道具も仕込んであるのだ。

 排水口の入口付近に仕込んだ魔道具に触れている者が危険を感じた場合――その意志に反応するようにしてある。魔道具が作動して水流を一時的に逆流させて吐き出すようにする、という仕組みである。

 動作確認。問題無し。

 そんなこんなであちこち見て回っていたら時間が迫ってきた。頃合いを見てゲートまでみんなを連れて移動する。


「おお、テオドール」

「久しぶりだな。今日は楽しませてもらう」

「こんにちは、テオドールさん」


 冒険者ギルドからギルド長アウリア、副長オズワルド、受付嬢のヘザー。


「テオ君、今度は温泉街を作ったんだって?」

「相変わらずやることが規格外だよなぁ」


 と、フォレストバードのルシアンとロビン。フィッツとモニカも笑みを浮かべて挨拶をしてきた。彼ら4人と一緒にセイレーンのユスティアと、ハーピーのドミニクもやってきている。


「招待を受けてからずっと楽しみにしていたのよ」

「前に海に行った時も面白かったもんね」

「2人とも、今日は楽しんでいってね」


 イルムヒルトがユスティアとドミニクに話しかけている。

 というわけで、冒険者ギルド関係者だけでこの面々である。更に立地が近いこともあり、ペネロープや月神殿の巫女達も同行してきたようだ。


「今日はお招きいただきありがとうございます、テオドール様」


 と、言ったところで俺からも頭を下げて挨拶を返す。


「こちらこそ。今日は足を運んでいただいてありがとうございます」


 ペネロープのところに嬉しそうな表情で小走りで駆けていくマルレーンと、それに付き添うクラウディア。マルレーンを受け止めて、ペネロープは笑みを浮かべる。


「お久しぶりです、クラウディア様。マルレーン様も、皆様もお変わりなく」

「ええ。ペネロープも元気そうね」


 クラウディアがペネロープに笑みを返す。

 といったところで、彼らを食堂の冒険者ギルド関係者のテーブルに案内する。


「美味そうな匂いがしてるなぁ」


 フィッツが食堂に漂う料理の匂いに反応する。


「今日は王城の料理人が腕を振るってるからね」

「そりゃすごい」

「私としてはグレイスさん達の料理も好きなんだけどね」

「うむ。それは同感よのう」


 アウリアがモニカの感想に相槌を打つ。

 そうだな。グレイスは一度メルヴィン王に招待を受けた時に、王城の料理からしっかり技術吸収しているし。


「今日はいつでも好きな時に食べられるようにということで料理人達が準備してくれているんですよ。最初に飲物をお出ししますが……敷地内には泳げる場所もあるので、そちらを利用するのであれば、食事を取るのはそれからのほうが良いかも知れませんね」

「ほう。それは面白そうだ」


 オズワルドが反応する。まあ、オズワルドはそういうほうに興味が向くだろうな。


「設備についても後々説明の時間を取りますので。しばしご歓談を」


 ということで冒険者ギルドの面々への挨拶もそこそこに、再び入場ゲートに戻って招待客を迎える。

 次に来たのはアルフレッド、鍛冶師のビオラ、タルコットとシンディーに迷宮商会のミリアムと、商会お抱えのドワーフ職人達。工房と迷宮商会の関係者である。今日はオフィーリアも同行しているな。


「お疲れ様、テオ君」

「うん。お疲れ様。昨日はちゃんと眠れた?」

「んー、まあね。さすがに早めに切り上げたよ」


 アルフレッドが苦笑する。

 温泉回りの魔道具は揃ったが、防具がまだできていないと、頑張っているのだ。俺達がタームウィルズを発つまでには間に合わせたいと言っているが……。


「いや、入口の装飾からして細かい……。魔法建築を用いるのは分かっていましたが……前より腕を上げてる気がしますね」


 ミリアムがあちこちに視線を巡らして言う。ミリアムは物珍しいものが見れるとあってかなり上機嫌な様子である。工房関係者だからその気になれば見に来れるはずだが、完成まで我慢していたらしい。

 それからロゼッタもひょっこり顔を覗かせる。


「こんにちは、テオドール君。お元気かしら」

「ええ。お陰様で」

「こんにちは、先生」

「ああ、アシュレイ。オフィーリアも」

「ご無沙汰しております、ロゼッタ様」


 ロゼッタの姿を認めて、アシュレイとオフィーリアが笑みを浮かべて近付いていく。


「2人とも元気そうね」

「はい。アシュレイ様は……また魔人と戦ったそうですね。お怪我が無さそうで、何よりですわ」

「ありがとうございます。私はあまり前には出ない役回りなのですが」

「そうなのですか。魔人との戦いというのは、実際どうなのですか?」

「テオドール様が一緒ですから」


 と、屈託なく笑みを浮かべて答えるアシュレイに、オフィーリアはくすくすと笑う。


「案内してきた」

「お疲れ様、シーラ」


 入場ゲートにシーラも現れた。彼女が案内してきたのは西区孤児院のサンドラ院長。それからブレッドら子供達と引率の職員達。孤児院の面々は俺とメルヴィン王の招待である。


「お久しぶりです」

「はい。ご無沙汰しております」


 盗賊ギルドの先代ギルド長の娘、ドロシーもシーラに同行している。彼女自身はシーラの友人であって、盗賊ギルドの構成員ではないし。

 盗賊ギルド幹部のイザベラにも声はかけたのだ。立場を離れて個人ならばとは思ったのだが、王城から人が来るなら自分はいないほうが良いだろうと固辞された。まあ、今度個人的に温泉街に行くから気にしなくていいと言って笑っていたが……。


「しかしまあ……よくこれだけ集まったものね」


 ローズマリーが集まってきた顔触れに苦笑する。


「全くだな」


 ここに家で働いているセシリア、ミハエラに迷宮村の住人。それから精霊のテフラも加わって、実にバラエティー豊かな顔ぶれだ。

 ガートナー伯爵領とシルン男爵領にも声をかけたんだがな。都合が付かなかったようで。こちらは秋口に遊びに行くと返答を貰っている。


 皆を食堂に通して待っていると、招待客が揃った頃合いを見計らって、メルヴィン王と宰相のハワード、それからジョサイア王子、ステファニア姫とヘルフリート王子が現れた。王家の面々がほとんど揃っているな。


 護衛としては騎士団長ミルドレッドと宮廷魔術師リカード。更に近衛騎士達を供にしている。メルセディアとチェスターも騎士団から招待しているが、2人は今日は休暇ということで騎士団としての参加ではない部分がある。

 さらにそこにジルボルト侯爵とその家族達も同行しているわけだ。


 いやはや。招待しておいてなんだが、この顔触れは……相当なもんだな。

 皆が席を立ってメルヴィン王を迎える。メルヴィン王は笑みを浮かべて食堂の一角に作った壇上へ向かうと、そこで口を開いた。


「皆の者、大儀である。こうしてめでたき日を迎えられたことを、余は喜ばしく思う。知っている者も多いとは思うが、この温泉街の殆どは精霊テフラの恵みと、異界大使テオドール=ガートナー、それからブライトウェルト工房の者達によるものだ。知っての通り、大使と工房は境界劇場の設立にも深く関わっておる。まずは立役者である彼の者達に惜しみなき称賛と拍手を」


 舞台袖にいた形の俺とアルフレッド、ビオラ、それからテフラを示してメルヴィン王が言う。と、食堂全体に割れんばかりの拍手が響いた。俺とアルフレッドは作法に則り、一礼してそれに応じる。テフラは笑みを浮かべている。

 メルヴィン王は俺に向かって言う。


「では、テオドール。そちから一言もらおうかの」

「ありがとうございます。では」


 メルヴィン王の砕けた言葉に笑みを返し、一礼して壇上に上がる。


「今日はこれほど多くの方々にお集まりいただき、感謝の言葉もありません。友人である魔法技師アルフレッドと、精霊テフラの協力にも感謝を。今日この時より火精温泉がタームウィルズに住む方々の生活に、ささやかな楽しみと彩りを添え、また精霊テフラの恵みにより日々の暮らしが健康で張りのあるものになることを望むものであります」


 挨拶を述べると、先程より大きな拍手が巻き起こった。

 もう一度一礼し、俺からメルヴィン王にバトンを渡す。


「うむ。あまり長々と話しても、皆を無用に待たせてしまうだけであるからな。では、皆の者、杯を掲げよ」


 水泳や入浴だということでアルコールの類はやめて、炭酸飲料で乾杯である。メルヴィン王の音頭に合わせて杯を呷る。


「お疲れ様でした」


 挨拶を終えて席に戻ると、グレイスが言う。


「ん。まあ、こういう挨拶は少し肩が凝るかな」


 そう言って、席に座る。


「ふふっ……」


 グレイスが楽しそうに笑みを浮かべる。


「ん? どうかした?」


 尋ねるとグレイスは、少しはにかんだように笑う。


「いえ。何と言えばいいのでしょうか。タームウィルズに来たばかりの頃は、フォレストバードの皆さんやロゼッタさんと……それからヘザーさんぐらいしか知り合いがいなかったなと思うと、なかなか感慨深いものがありまして」

「ああ……」


 そうだな。昔は俺のことでグレイスに随分心配をかけたと思うし、窮屈な伯爵領を出るのだとしても、知り合いのいない土地で新しい生活を始めることに不安が無かったわけじゃないと思う。

 けれどグレイスがそうやって喜んでくれるというのは……うん。俺も嬉しいかな。

 さて。この後は各種設備の案内や使い方だとか、湯着などの説明もしなきゃいけない。ここからの仕事も気を抜かずに頑張ろう。それらの説明が終わったら実際にここを使ってもらうという段取りになっている。みんなが気に入ってくれると良いのだが。

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