番外1622 過去の街並みは
そうしてナヴェル達はしばらくこちらに滞在する事となった。
ナヴェルはドルトリウス王の名代……ドルトエルム王国からの大使としての立場であり、トルビットはその護衛という形にだな。
同時に、精神的な影響を観測するという役回りも背負っている。ナヴェルやトルビットと共に観測によって継続的な影響を調べつつ、問題がなさそうなら折を見て一般にも周知されていくというわけだ。
ともあれヴェルドガル王国については地上や海、月や魔界……。獣人にエルフ、ダークエルフ、魔物に精霊、魔法生物……様々な種族と交流できるという事で、かなり喜んでいるナヴェル達である。
早速パペティア族のカーラも顔合わせにフォレスタニアにやってきて交流を深めていた。アルバートはまだフォブレスター侯爵領から戻ってはいないが、ビオラやコマチ、エルハーム姫といった工房の面々もフォレスタニア城に遊びに来ている。
「ドルトエルムの方々は洗練された機能美が見られますね。自然に生まれた造形なのでしょうか」
「個々人の性格や生き方によって表出する部分と、親から引き継ぐ部分があり、更に後からある程度造形を変えられる箇所もありますね。地上人に近い部位に関しては自然に生まれた場合がほとんどです」
カーラとナヴェルが言葉を交わす。二足歩行。人と同じ形状の掌等々……地上人に近い部分は種族として本能で求めるところがあったからそのように寄っていったのだろうという話であるが。地上人への精神的耐性も世代を追うごとに段々強くなっていったそうだ。地上人に近い部分を求めるも距離を置いたから、それらが自分達に反映されたという事でもあるのだろう。そうしてお互い接する事で慣れていった、とも考えられる。
大まかな体格や資質については親から引き継ぐのが多いとのことだ。戦士系の子は戦士系に。術者系の子は術者系にといった具合である。
外見はパペティア族程に自由というわけではないが、表面部分――つまり外装にあたるような部位の形状を多少変えることは可能らしい。
それを利用して装飾品や追加の装甲を身に着けたりするそうだ。
「興味深いですね。ドルトエルムの方々に似合う装飾品を作ってみるというのも面白そうです」
「おお。外部の方が作る私達用の装飾品というのは今までに事例がありませんね」
トルビットがコマチのその言葉に笑う。工房の職人面々はうんうんと頷きながらもやる気に満ちている感じであるが。
『我も各国の面々と予定を組んで地上に向かう事となった。到着した際はよろしく頼むぞ』
そんなやり取りを見ていたドルトリウス王は機嫌が良さそうに目を細め、身体に魔力のラインを走らせながら伝えてくる。
同盟各国の面々が集まり、ドルトエルム王国を歓迎という形になるな。その際にナヴェル達も含めて劇場に案内するという事になるだろう。
「勿論です。そちらはある程度落ち着いたのでしょうか?」
『うむ。決戦に参加した面々は少し休みつつ、街中の盛り上がりが落ち着いたら平常の任務に戻ることになろう。現状は少しばかり魔物に対する備えが落ちているものの、問題のない範囲だ。文官達の方が調整に忙しそうにしておるが、そちらへの指示も終わっている』
ドルトエルム王国が抱えていた最大の問題が解決したことで人員、資材、予算といったリソースの配分も変ってくるだろうし、武官達は決戦後なので休憩できても事務方が忙しいというのは納得ではあるな。
『それでも皆嬉しそうで、やる気に満ちている。良い事だな』
と、ドルトリウス王が笑う。
まあ……ドルトエルム王国が抱えていた問題は戦争というより落としどころがなかったのでどちらかが絶滅するまで続く生存競争に近い部分があったからな。優位に事を運んでいるかと思っていたらここに来て危機的な状況が生じてしまっていたし。
そこが丸々解決したのなら、残った問題の後始末等は煩雑であったとしても希望に満ちたものになるというのは分かる。地上との交流が軌道に乗れば新しい需要と供給も生まれそうだしな。
「では――ドルトリウス陛下が来訪するまでの間に、転移門の構築の準備をしてそちらに向かいたいと思います」
『おお。そうさな。それも楽しみにしておるぞ』
後始末というのなら、俺も転移門を構築して各所に残した転送魔法陣を消す作業が残っているからな。それと……奥地に向かったシーカーは魔力を節約しながら移動していたが現地に到着したらしい。
中継映像を見せてもらうと共に、その回収も合わせて行わなければなるまい。
そんなわけでみんなと共にシーカーからの中継映像を見せてもらう。溶岩溜まりや光輝く柱等、光源はあるので暗視を使わずとも視界が通るな。照明設備がまだ多少ながらも生きているのは、素材そのものが環境魔力を取り込んで光るというものだから、という事だ。ドルトエルムの魔法技術は自然の力を応用したものが多い。
『うむ……。これが大昔の街か』
ドルトリウス王も中継映像を見ながら感心したように言う。過去の街並み、とはいっても根本的な都市の作りはドルトエルムの場合現在とそこまで大きな違いはない。崩れて廃墟のようになっている構造物も目に付くが……まだ綺麗に残っている部分もある。
占拠されていたかつての地下都市は放棄されてから手付かずであったが……忌むべきもの達は街の破壊には興味がなかったからな。長い年月が過ぎている事もあり、廃墟というよりはもう遺跡といった方がしっくりくる雰囲気だ。
「私達の誰もが見るのは初めてです」
「長らく陥落していた都市部ですからね」
ナヴェルとトルビットの言葉にみんなも頷く。
当然、現在のドルトエルムの面々は誰も見たことがないというわけだ。一同、興味深そうに過去の街並みを眺める。
中央部に天井まで繋がった塔のような大きな構造物がある。その周囲に小さな塔や個別の家々といった形があるが……この辺はやはり古い様式の特徴なのだとドルトリウス王が解説してくれる。
残っている庁舎や民家にあたる構造物の間取りも、やはり古い時代の特徴が出ているらしい。この時代以降に開発された技術もあるそうで、その辺はドルトエルムの民が見れば分かるのだろう。
「確かに、王都は大型で高層の建築が多かったわね」
「大型、高層の方向に移っていくのは人口や技術の向上が理由でしょうね」
ローズマリーが中継映像を見ながら顎に手をやり、感心したように言うとクラウディアも笑って同意する。
時代時代ごとに流行が違ったり、新しく作られた技術が盛り込まれていたりするわけだ。外観や間取りもそれによって変わるので、ドルトエルムの面々にしてみれば歴史的建造物を見ている感覚だろうか。
興味深く見回らせてもらっているが、安全の確認が目的だ。フォロス達は変わった物――例えば高魔力反応のような物には心当たりがないとのことではあるが、一応知識のある面々が目を通しておいた方が良いからな。
そうして庁舎のように中央、重要そうな建物を中心に捜索を行っていったが……うん。特に問題はなさそうだ。
「フォロス達の言っていたように、危険性はなさそうですね。このまま問題が見つからなければ、そちらに転移門を作りに行った際に、転送魔法陣でシーカー達を回収したいと思います」
『うむ。我もこれで安心してヴェルドガル王国へ向かえるというもの』
ドルトリウス王が楽しそうに笑う。
では、転移門建造の準備を進めていくとしよう。お祖父さん達からは、資材の準備もできているとのことで。それほど間を置かずに建造に向かえそうである。