番外1621 思い出に加わり
「可愛い……」
「猫って言うんだよ。本で見たことある」
と、子供達は足元にやってきた白猫を抱き上げて微笑む。
今よりもっとあどけなさの残るイーリスやエイヴリル達だな。周囲を油断なく見回している年長の少年はスティーヴンだろう。
「こんにちは」
「良い天気だね」
子供達はナヴェル達の周囲にもやってきて挨拶をする。
「ふふ。こんにちは」
「確かに。地上はあまり馴染みがないのですが、心地の良い日だと感じますな」
ナヴェル達が言うと、子供達も頷いた。
「私達が……初めて――外に出られた日も、こんな日だったんだ」
「そう。だから、これは過去の記憶でもあるの」
「ま、現在の俺達とは連動しているわけじゃあないがな」
「なるほど。あなた方はスティーヴン殿達の……」
ここまで言われると、ナヴェル達も子供達の正体に気付いたようだった。スティーヴン達の事情も、共闘に絡んでナヴェル達も多少の事は聞いている。
そこまで過去の姿ではないしな。とはいえ、きっと当時にナヴェル達と会っていた場合は、こんな風にフレンドリーに挨拶とはいかなかっただろうけれど。
見ればまだ幼子と呼んでも差し支えない年齢の子もいて、比較的年長の子に手を引かれていたりと……逃げ出した後は相当大変だっただろうというのは想像に難くない。特殊能力があるにしても、子供達だけで生きていくのは相当に過酷だ。
だけれど、子供達は一様に目を希望に輝かせていた。寄り添って手を繋ぎ、抱き上げられた猫の周りに集まって……本当に嬉しそうだ。微笑ましくもあり、応援してやりたいとも思う。それはナヴェル達も同じなのだろう。温かな色の感情が広がっているのを、エイヴリルの能力が捉えている。
当時のユーフェミアから視線を向けられて、スティーヴンは笑って頷く。
「――そうだな。ここらで休憩にしよう。起伏があるから遠くからは見つけにくいだろうしな」
子供達は丘陵の陽当たりの良い場所に腰を落ち着けることにしたようだ。猫を抱いて楽しそうにしている。
ナヴェルやトルビットも丘陵に一緒に腰を下ろして、どこから来たのかであるとか名前は何というだとか、子供達との自己紹介や雑談に応じていた。
外の世界に出られて嬉しい、と語る子供達。記憶を元に作った舞台だとしても……子供達の気持ちは当時のものなのだろう。ユーフェミア達も心の内を伝える、か。
彼女達だけしか知る事のなかった時間や思い出に……特別に参加させてもらっているようなものだな。
「この子も連れて行っちゃだめかな……?」
「んー。それは……難しいかな。これから先どうなるか分からないし、僕達と一緒にいると危ないから」
小さな子達から期待するような視線を向けられて、当時のレドリックが首を横に振る。
新しい暮らしの構築や追手との戦い。ユーフェミア達にとって問題は山積していただろう。それを考えると……確かに動物と一緒にというのは考えられなかっただろうけれど。
「そっか……そうだね」
「この子もじゆうにくらせるほうが、いいかもしれないもんね」
言った方の子供達も頷く。舌足らずな年頃の子供ながらも、そんな風に聞き分けがよくて達観しているのは……ユーフェミア達の過去を考えれば悲しい事だ。
やがて子供達が猫を腕から降ろす。そうして白猫が草むらに近付くと、子猫達が顔を出していた。そんな光景を、子供達は微笑ましそうに見やる。野良猫というには人里から離れているし、過去の記憶をもとにしたものなら野生に暮らす猫科の動物だろうか。
当時のエイヴリルが、小さな子供達がその姿を見送ったのを見てとると、微笑みながらもそっと手を下ろしていた。子供達と触れ合えるようにと、隠れて能力を行使していたのかも知れないな。
「いつか、あんな子達と一緒に、平和に暮らせるような日が来ると良いな」
「そうね……。いつかは」
そう言って頷き合う子供達。
俺達の隣にいた本物のユーフェミアとエイヴリルは頷き合うと、洞窟から出てナヴェル達の元へと進む。俺やホルンもそれに続いた。
「そして、そのいつかは……現実のものになりました」
「喋るカラスだったりするけれどね。それに……王宮でも動物を飼い始めたわ」
『スティーヴンさん達の思い出話をお聞きしましたし……それにベシュメルクは暗い時代が続いていましたから。そうしたゆとりと言いますか、皆の癒しや平穏は必要かと。フォレスタニアの様子も大いに参考になりました』
ユーフェミアやエイヴリルの言葉に、ガブリエラが夢の世界の外で微笑む。
なるほど。それは確かに一理あるというか。中庭で話を聞いていたシャルロッテがブレスジェムを撫でながらうんうんと頷いていたりする。
王宮特別警備隊と役職を割り振ったりして犬や猫を飼い始めたという事であるが……将来的には番犬になってもらったり食糧庫の警備……つまりネズミの食害対策役を担ってもらうということで、中々面白い話だ。
『ロジャーさんとの相性はどうなのでしょうか』
『子犬や子猫の内から慣れていれば問題ないと仰っていましたよ。翻訳の魔道具で教育係もすると意気込んでおりました』
アシュレイが尋ねると、イーリスが笑って応じる。なるほど。それは確かに有効だろうしお互いに慣れる。犬や猫も必ずしもそうした任務の適正がある個体とは限らないが、ロジャーが信頼関係を築きつつ教育係を担っていれば話は別だろう。
「良いお話ですな……」
「ベシュメルクやスティーヴン殿達の事情はある程度お聞きしましたが……それは喜ばしい」
ナヴェルとトルビットはそう言って、目を閉じて感じ入っている様子だ。エイヴリルもナヴェル達の感情をモニターしているが、過去の子供達を微笑ましく思うと同時に、寂しさや悲しみの色も混ざっていたりする。
感情移入してもらう事でより感情の振れ幅、観測範囲を広げる形ではある。
「肝心の観測の方だけれど……そうね。不自然な心の動きというのは今のところ見えていないわ」
エイヴリルが言うと、ホルンも異常は感知していないというように頷いていた。
「それは何より」
というわけで今後も同じような観測を定期的に継続していく、という形になるだろう。
「舞台となる記憶に関しては僕の物も使ってもらっていいですよ」
「ありがとうございます。皆様が気遣いと共に真摯に向き合って下さっているのは伝わっていますよ」
「そうですね。私達としても必要なこととして感情の動きを見せる事には既に同意していますし、抵抗もありません」
「元より、私達は地上の方々と違って顔に細かな機微が表れない分、感情を分かりやすく伝えるというのを重要視していますからね」
俺の言葉を受けて、ナヴェルとトルビットが答える。感情を分かりやすく伝える事を重視している、というのはパペティア族も同じだ。ドルトエルムの民はカーラを始めとしたパペティア族とも結構話が合いそうに思う。
ともあれ、必要な観測も一旦は完了という事で夢の世界から離れるという事になった。
「では、起きるとしましょう」
ユーフェミアがそう言ってみんなも頷くと――周囲が淡い光で包まれていき、身体が軽く、感覚が薄くなっていく。
不意に感覚や身体の重みが戻ってくる。目を開けばそこは中庭に面した城の一角であった。目覚めはすっきりとしたものだ。周囲ではみんなが子供達と一緒に待っていてくれたようで。
「ん……おはよう」
「ふふ。おはよう」
俺の言葉にステファニアが微笑みながら応じる。みんなもその言葉に続くように目覚めの挨拶を返してくれた。
さてさて。では、するべきことは済ませてしまったので、後はナヴェルとトルビットにはのんびりとしていってもらおう。地底での戦いもあったからそのままフォレスタニア城に顔を出している面々も多いし、みんなに楽しんでもらえたら喜ばしい。
いつも応援して頂き、誠にありがとうございます!
お陰様でコミック版境界迷宮と異界の魔術師第5巻の発売日を迎える事ができました!
こうして新刊を皆様のお手元にお届けできて嬉しく思っております!
ばう先生や関係者各位の皆様のご協力、そして読者の皆様の応援のお陰です! 改めて感謝申し上げます!
また、今回も書き下ろしの収録がありますので、そちらも合わせて楽しんで頂けたら作者として冥利につきます!
今後ともウェブ版、書籍版、コミック版共々頑張っていきたいと思いますので、どうかよろしくお願い致します!