番外1620 日向の丘で
さてさて。観測に際してはホルンも手伝ってくれる、とのことだ。ユーフェミアとエイヴリルは一緒に能力を行使する事に慣れているので、ホルンは俺共々もしもの時のためのサポート、バックアップという役回りになるな。
「よろしくお願いしますね、ホルン」
ユーフェミアが言うと、ホルンも声を上げてこくんと頷く。
というわけでユーフェミアの能力を使ってもらった状態。その状態でのエイヴリルの観測。ナヴェル達が眠りについた状態の魔力の動きをそれぞれ調べ、意図しない形での影響が出ないかをまず調べていく。
ウィズのシミュレーションでは――そうだな。殊更相性が悪いという事もなさそうだ。
ナヴェルやトルビット達は生命活動の形態こそ俺達と違った形ではあるが、心や精神活動という面においては価値観や感情に夢を見たりと、近しいものがある。
ドルトエルムの民は精霊に近い鉱物系種族という括りになるだろうか。ホルンも妖怪や付喪神に夢を見せたりはできると言っていたから、存在がそれらに近しいドルトエルムの民にも夢に関係する力は届くだろう。ともあれ、ユーフェミアの能力が基本的な部分で悪影響なく行使できそうなのは喜ばしいことだ。
一時的な眠りについたユーフェミア、エイヴリル、ナヴェル、トルビットの身体に触れて循環錬気で合図を送ると、ややあって東屋に背中を預けて眠っていた4人が、各々目を開く。
「基本的な部分では問題なさそうです」
「ええ。今回の実験では私が舞台を用意して、その反応をエイヴリルが観測するだけだものね」
という事になるな。ユーフェミアの能力はホルンと違って種族的な制約がない。夢の中で攻撃したり、目覚めないよう閉じ込める事で強制的に眠らせ続けたりといったこともできるそうだが、今回はそんな必要はないし。
さて。このまま観測を進めていくなら東屋で、というのは些か問題がある。夢の世界での観測だから眠りながら行う必要があるし。
そんなわけで中庭に面する一室で準備を進めているのだが……視線を向けるとアルケニーのクレアが窓から笑顔で応じる。
「寝台の準備はできていますよ」
「うん。ありがとう」
というわけでユーフェミア達と共に移動する。部屋には寝台が並べてある状態だ。ナヴェルやトルビットが横になる寝台は、寝具を除いてある。
夢の世界に同行する面々と共にみんなで寝台に横になる。
「少し行ってくる。こっちの様子は――バロールで見えるようにしておくから」
「はい。眠っている間の守りは任せてください」
「ん。子供達と一緒に待ってる」
俺の言葉にグレイスが笑顔で答え、シーラもヴィオレーネを腕に抱いてあやしながら伝えてくれる。うん。では行ってくるとしよう。
「準備ができましたら能力を行使しますので、目を閉じ身体の力を抜いて楽にしていてくださいね」
寝台に横になり、体外循環錬気で夢の世界に同行する面々の魔力の動きをモニターすると、ユーフェミアが尋ねてくる。各々大丈夫だと答えるとユーフェミアが頷き、そうして能力が行使された。
心地の良い眠気と共に、意識が沈んでいく。周囲の光が遠ざかり、音が消えて――。
「目を開いて大丈夫ですよ」
というユーフェミアの言葉に目蓋を開くと、周囲は城の一室ではなくなっていた。
広々とした洞窟のようだ。壁や天井、地面といったあちこちに輝く鉱石が露出していて周囲は明るい。下層に続く穴と、上方に続く穴があるようだ。
夢の世界に入る面々も……きちんと揃っているな。
「では始めて行きましょうか」
ユーフェミアが言うと、一同頷く。といっても特別な事はなく、ユーフェミアが構築した夢の中でナヴェルやトルビットの反応を見るだけ、という内容ではあるのだが。
「まず私達がいない場合といる場合の反応を見る形ね。なるべく自然体で、普段するようにしてくれていたら、後はこっちで観測するからそれで大丈夫よ。談笑したりしていても自由だわ」
「この生き物が現れた時は、ついて行って下さいね」
エイヴリルとユーフェミアがこれからの手順を説明する。ユーフェミアの言うこの生き物というのは白い猫だな。白猫は霧が集まるように現れ、一度お辞儀をするとまた霧散するように掻き消える。
「承知しました」
エイヴリルの説明に従い、俺達は一旦下層に続く通路へと移動する。物陰に入ってナヴェルやトルビット達の視界に入らないようにするわけだ。
「後はこのまま待機すれば良い、と」
「そのようですな」
そう言って頷き合うナヴェルとトルビットである。しばしの静寂。但し何も起こらないというわけではない。
洞窟内部を照らす鉱石が薄っすらと明るくなったり瞬いたりして、やや所在なさげにしていたナヴェル達も「おお……」と少し声を上げてそうした周囲の変化に目を向ける。
「まず私達の事を意識から外してもらう必要がありますからね」
ユーフェミアが微笑む。色々なものを見た状態でのナヴェル達本来の心の色や感情の動きを観測していくには、自然な心の動きが分からなくては比較もしようがないしな。
ユーフェミアとエイヴリルが協力して、エイヴリルの観測している感情の色や動きを俺達にも見せてくれる。ミニチュアサイズのナヴェルとトルビットが現れ、その周囲に淡い色が浮かぶ。
エイヴリルがテレパスで伝えて、それをユーフェミアが再現といった具合だな。
「感知している各々の魔力の動きに問題は無さそうですね。現時点では大丈夫そうです」
「ふふ。それは何よりです。では――続けていきますね」
と、ユーフェミアが頷いて夢の世界が進行していく。
小さなトカゲが横切ったり、洞窟の下の階層――つまり俺達のいる付近からいきなり蝙蝠の群れが洞窟の外に飛び立って行ったり。ランダムに間を置いて起こる出来事と、それに対するナヴェル達の反応の観測。それが一通り終わったところで、白猫が姿を見せた。
二人について来るようにというように、振り返りながらも洞窟の外へ向かって歩いていく。ナヴェルとトルビットも白猫について洞窟の外へと向かう。
「では、私達もナヴェルさん達の視界に入らないように移動していきましょうか」
ユーフェミアの言葉に一同頷き、みんなで移動していく。洞窟の外はかなり明るい。外界は陽当たりの良い丘陵地帯だった。丈の短い草で覆われていて、あちこち綺麗な花も咲いている。風が草花を揺らして……長閑な風景だ。
『洞窟から外界へ出た場合の変化を見るという意図もあるのでしょうね』
バロールを介しての中継映像を見ていたローズマリーが言うと「その通りです」と、ユーフェミアが応じる。慣れ親しんでいる地底の環境から、外に出た場合の変化だな。事前に喜怒哀楽を調べていたりするし、その辺の感情の動きを見る意味合いもあるのだろう。
ナヴェル達は丘の中腹あたりに白猫と佇んで景色を眺めているようであったが――。そこに何やら声が聞こえる。
丘の向こうからだ。子供達のはしゃぐ声。白猫が一声上げると、丘の頂上付近から、ひょっこりと子供達が顔を覗かせた。見覚えのある容姿の子供達だ。
「ああ……もしかしてあの子供達は――」
『私達だわ』
俺の言葉に答えるように反応したのは、夢の世界の外にいるイーリスだ。
「必要な事とはいえ、感情の反応を見せてもらうのですからね。私達も自分の心の内を見せるぐらいはしないといけないと思いまして」
ユーフェミアが苦笑して答えた。それは、確かにそうだな。
となるとこれは過去の記憶なのか、それとも自分達の姿で何か見せたいものがあるのか。いずれにせよナヴェル達の反応と併せて、しっかりと見届けさせてもらおう。
必要ならば今後の観測で俺の記憶や思い出を舞台として使うのも良いだろう。
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