番外1619 記憶と心の煌めき
大通りや劇場、神殿やにぎわう市場やギルドといった場所を眺めつつ、城へと移動していく。
ナヴェルやトルビット、中継で映像を見ていたドルトリウス王も……街中の案内では慰霊の神殿に特に感銘を受けている様子であった。
『慰霊の神殿か……。我らも長き戦いの終結を記念して何かを建造したいところであるな』
「此度の形での終結は予想外ではありましたが……だからこそ記憶して語り継ぐ意義があると存じます」
ドルトリウス王の言葉にナヴェルが言うと、トルビットもうんうんと頷いていた。
「慰霊と平和、そして地上との交流の始まりも記念する形になりますか」
『うむ。その場合は神殿よりも……記念碑のようなものが望ましいか』
街の公園等にモニュメントを設置し、もっと日常的に目にしたりできるようにというのが良いのではと、ドルトリウス王達が構想を練っていた。
「街中も活気があって良いですな」
トルビットも街中の冒険者達を見てうんうんと頷くと、ドルトリウス王も目を細める。
『メルヴィン王やテオドール殿が善政を敷いているからこそであろう』
「恐縮です」
冒険者達はフォレスタニアの住民というよりは迷宮探索に絡んでここにきているという側面が強いが……それでもフォレスタニアを楽しんでくれているようだからな。それは領主の俺としても喜ばしいというか。こういう気風は大事にしていきたいと思う。
オープンタイプの馬車に乗ってはいるが、ナヴェルやトルビット達は――見た目的に魔法生物に思われるからか、俺達と一緒にいてもそれほど冒険者達も気にしていないようだ。
俺達を見て一礼したりしてきて。俺と一緒にナヴェル達も手を振ったりお辞儀をしたりして馬車は進んでいく。
ドルトエルムの民はまだ継続実験を経ていないからな。無自覚な部分で影響が出ていた場合、それを防止するための策を講じてからもっと一般レベルでの交流を目指す事になる。その辺の事情もあって、今はまだドルトエルム王国に関して広く周知していない。後ろめたい事は何もないので隠れる必要もないけれど。
「フォレスタニアの環境面に関してはどうですか?」
「居心地が良いと感じますね。清浄な魔力が広がっていて、調子が良いぐらいです」
「でしたら何よりです」
トルビットの返答に笑って応じる。ティエーラ達の加護も強く働いているしな。精霊に近い種族でもあるから、環境魔力の相性も良いのだろう。
そうして街中から城へと移動していく。城の面々の紹介であるとか、内部施設の案内については先程と同様だ。ただ、水晶板で先に見ている部分もあるのでやや簡易化しているところはある。
「ようこそフォレスタニア城へ」
「いらっしゃいませ。歓迎いたします」
「こちらこそ。こうしてフォレスタニアを訪問することができて、嬉しく思っています」
城の入り口で武官達、文官達や城で働いているみんなが迎えると、ナヴェル達も丁寧に一礼して応じていた。
まずは客室に案内して荷物等を置いて楽にしてもらおう。それから中庭に向かい、リラックスして貰ったところで実験を進めていくというわけだ。
今後の流れを説明すると、ナヴェル達と共に中庭で待っているエイヴリルやユーフェミア達も応じる。
「後程直接顔を合わせた際に改めて挨拶させていただきますが、よろしくお願いいたします」
『こちらこそ。ドルトエルム王国の方々やブレスジェム達とは出自に少し共感する部分もありますので、これからの交流を楽しみにしています』
ナヴェルの言葉にユーフェミアが答える。ザナエルクの実験を受けながら逃亡して戦い、自由を勝ち取ったのがユーフェミア達だからな。ベシュメルクにルーツを持つという点では同じだし、人工的な要素を組み込まれながらも自由を得るという点も共通している。
というわけでナヴェル達が滞在する間に使ってもらう部屋へ案内する。
「おお。これが――」
ナヴェル達は実際の部屋を見て興味津々といった様子である。
「何か不便があれば遠慮なく言って下さい。生活様式の違いもありますから、できる限り融通します」
「お気遣い痛み入ります。ふむ。そうですな……。地上の方々と同じ生活様式を体験してみたいというのはありますが、寝具は必要ないかも知れません」
「私達はこういう身体ですからね。寝具や布地を痛めてしまっても申し訳ない」
ナヴェルとトルビットが言う。なるほど。確かに、ドルトエルムの民には角ばった部分や尖った部分もあるしな。元々寝台はあっても寝具はない、という生活様式のようだし。
「分かりました。では、一時的に寝具を退けておきましょうか。寒い等の不都合がありましたら他の方法も考えていましたので、教えて下さいね」
使用人の皆がそうしたやり取りを受け、ナヴェルやトルビットの使う寝台から寝具だけを片付けてくれる。
「これならば安心です」
「今のところ不都合な感覚はありません。やはり環境魔力が良いのでしょう」
寝台だけになったのを見てから、二人が頷き合う。それならばこちらとしても安心だ。
そうして二人の荷物を客室に置いたところで迎賓館から出てそのまま中庭へ移動する。
中庭ではみんなが待っていて、ナヴェルやトルビットを笑顔で迎えてくれた。初めて直接顔を合わせた面々と挨拶をし、それからユーフェミアやエイヴリルと東屋で向かい合う事となった。
「早速ではありますが、能力が通じるかからまずは調べていきましょうか」
「そうですね。早めに調べた方が比較もしやすくなるでしょうし」
ユーフェミアの言葉にナヴェルも頷く。まずはエイヴリルからだ。
みんなの見守る中東屋で向かい合う。安全装置役を先程と同じように俺が担いつつ、ナヴェル達の感情の色を見ていく。
「ああ――良かったわ。きちんと感情の色を見る事ができる。色の煌めき方に独特な部分はあるけれど……これは種族ごとに少しずつ特色が出るものだから、分かっていたことではあるわね」
エイヴリルが安堵したというように微笑み、にこにことしているマルレーンから「ありがとうございます」と、ランタンを受け取って幻影を展開してくれる。
確かに、ブレスジェムの時とは煌めき方が違うように見える。
「続いて、感情の色と種類が一致するかも調べていくわね」
エイヴリルがそう言って楽しかった記憶、悲しかった記憶、怒った事等を想起するように伝えると、ナヴェルとトルビットがその言葉に応じるように思い出を巡らせて……感情の色も変わる。
喜怒哀楽の色そのものは、俺達と同じだとエイヴリルが教えてくれる。
「――こうした感情の色合いが近いというのは、経験則からするとお互い心情を理解しやすい、という事でもあるわ。敵対的な種族や魔物は同じ喜びの感情でも色合いに黒い靄のようなものが混ざっていたり、怒りの色がとても濃かったり……相容れない不穏さを感じ取ってしまったりするものだから」
その点から言うと、ナヴェルもトルビットも、怒りを想起したにしてもその色合いが穏やかで好感が持てる、というのがエイヴリルの弁だ。
「恐縮です」
エイヴリルの言葉を受けて、ナヴェル達は笑っていたりするが。エイヴリルの能力は色々と興味深いな。読み取る事での不穏な魔力の動きというのは……今のところ俺からは感じ取れない。
「おかしな形での共鳴というのは心配なさそうですね」
俺が言うと、ユーフェミアが笑顔で頷いた。
「ふふ。安心しました。後は夢ですね。私の能力がきちんと通用すると良いのですが」
「睡眠と夢に該当するものは……一応私達にもあります。意識を内側に向けて意図的に休息する事により思考能力も保たれ、魔力の回復も早まります」
「その際、過去の記憶や思いがけない風景を見たりといったことが起きますね。もっとも、私達のそれが地上の方々のそれと同じであるとは限りませんが……」
ナヴェルとトルビットの弁に、ユーフェミアも静かに頷く。
後は夢の世界に引き込めるか。きちんと機能するかを試していくわけだ。夢の世界であれば精神的な影響があるかないかの舞台を簡単に設定する事ができるので、観測を行うのにも色々と都合が良いとのことである。
ウィズと共にシミュレーションを行い、しっかり安全を確かめつつ動いていくとしよう。