番外1614 ヴェルドガルを目指して
飛行船がゆっくりと浮上して動き始める。遠ざかっていく大空洞の入り口。そこにいる人々ともしばらくの間手を振り合っていたが、やがて遠く小さく、見えなくなっていく。
ナヴェルとトルビット、それにフォロスやブレスジェム達も……。しばらくの間、大空洞の入り口の方を眺めていた。生まれ故郷に続く場所でもあるし、地底の面々は初めて外に出るようなものだ。色々と考えてしまうのも分かる。
遠くの景色にも目を向けて、ナヴェル達は甲板からの眺めに見入っていた様子であったが、やがてこちらに向き直って口を開く。
「おお、お待たせしてしまっていますね。もう大丈夫です」
「空が飛べるのであれば危険とは言いませんが、上空は寒くもなりますからね。船内に移動しましょうか」
そう伝えると、ナヴェル達も同意してくれる。
「地上は地底に比べると大分寒いと思うが……大丈夫なのかな?」
「寒さによって影響を受けるかと思っていましたが、今のところは然程感じませんな。熱による自然補給は流石にありませんが」
テスディロスが疑問を口にするとトルビットが答える。
「加護の影響もあるのかも知れませんね」
俺が見解を口にすると、トルビットがナヴェル共々納得したように頷いていた。
「フォロス殿やブレスジェム達は大丈夫ですかな?」
オズグリーヴが尋ねると、フォロス達も頷くように縦に弾む。環境魔力や地熱による自然補給は前と同じだがトルビット達とは少し違い、俺達の周囲にいる事でも居心地が良くて魔力回復するとのことである。
「解呪したのがテオドール様ですから、その影響もありそうですね」
「ふむ。それは確かにな」
エレナの言葉にパルテニアラが同意する。んー。解呪によって変化したことで、ドルトエルムの民同様に、精霊に近い性質も見られるからな……。そうした変化も有り得る、かも知れない。
そんなわけで艦橋にみんなで移動し、ドラフデニアの王都に向かって飛行船は進んでいく。フロートポッドを固定したり、みんなが席についたりしたところで、次第に速度と高度をあげていく、というわけだ。
ブレスジェム達はまあ……座席についていなくても安全ではあるが。外部モニターを見て縦に軽く弾むようにして、テンションを上げているのが傍目にも分かる。
「ここはこうやって操作するのよ」
ステファニアがフォロスにモニターの拡大の方法などを教える。ブレスジェム達に情報が共有されると、こちらを窺うようにふるふると動く。
「ん。そっち側の水晶板は自由に操作しても構わないよ。操船に必要な映像は全部こっち側で見られるからね」
と、操船席からそう答えると、各々地上の様子を拡大して眺める事にしたようだ。ナヴェル達もうんうんと頷いてモニターを見ている。
「知識で知っている部分はありましたが、実際に見ると大違いですね」
「あれが森や地上の動物達ですか。変化に富んでいて地上は面白い……」
ナヴェルやトルビットが言う。
「ん。あのあたりに魔物」
シーラもこくんと頷くとあれこれと地上の魔物や動物を見つけてナヴェル達に教えたりしていた。
「あの魔物はウインドウルフだな。風の術を操る狼で……群れで行動するが地上の民に対しては極端に飢えていない限り積極的に攻撃を仕掛けてくることはない。寧ろゴブリン退治に協力してくれた例もあるほどで、国も冒険者ギルドも基本は不干渉という方向だな」
と、レアンドル王が説明をしたりして。ナヴェルとトルビットが感心したような声を上げ、ブレスジェム達が弾んで喜びを示す。
各々空からの眺めや飛行船の旅を楽しんでくれているようで結構な事だ。実際ドラフデニアは自然豊かな森や草原地帯も広がっていて空からの眺めも良いし。トルビットも言っていたが変化に富んでいるからな。
そんな和やかで楽しげな空気の中、ドラフデニア王都に向かって移動していくのであった。
そうして移動していき――ドラフデニア王都に到着したところで、レアンドル王や武官達が船から降りる。ペトラとナヴェル、トルビット、フォロス達も一旦ここで降りる形だ。空からの景色をナヴェルに見せながら移動するということで、このままドラフデニア王国の飛行船でタームウィルズまで送ってもらう、という事になっている。
「重鎮達にルトガー達の窮地を助けてくれた恩人や新しい友人達として紹介せねばならんからな」
レアンドル王が笑って言うと、グリフォンのゼファードも嬉しそうな声を上げていた。
「恐縮です。テオドール様達とはまた後程、ヴェルドガル王国でお会い出来れば嬉しく思います」
丁寧に一礼するナヴェル達である。
「はい。ヴェルドガル王国でお会いしましょう」
ナヴェル達とは転移門を使い、後で合流する予定となるだろう。ブレスジェム達の一部は引き続き俺達に同行する。
「ふふ。道中の旅の風景もフォロスさん達と共有できますね」
グレイスがそう言うと、ブレスジェム達は弾んで喜びを見せていた。うむ。そうした光景はナヴェル達にも水晶板で見てもらうのが良いだろう。
「救出作戦のはずが思わぬ大事に繋がってしまったが、此度の事は実に有意義で楽しいものであった。また後程会おう」
「そうですね。僕も楽しかったです。また後程お会いしましょう」
レアンドル王ともそんな挨拶を交わす。
「私の師は大空洞の深部がそんなことになっていたのかとかなり驚いて……喜びそうな顔が目に浮かびます。国交が樹立したら真っ先にドルトエルム王国へ向かいそうですね」
というのはペトラの言葉である。ペトラの師匠はドラフデニアの宮廷魔術師だ。タイミング的に不在だったが大空洞にも結構詳しいという話だから、今回の話で相当驚くのではないだろうか。
ペトラの予想では喜ぶ、というあたりにその人柄が見える気がするな。
そうしてレアンドル王達とも一旦別れ、俺達はヴェルドガル王国への帰路についたのであった。
ヴェルドガル王国への道中も、約束した通りに水晶板で中継をしている。ナヴェル達もそれを見て楽しそうにしてくれているようだ。
ドラフデニアからの帰り道はブロデリック侯爵領、ガートナー伯爵領、シルン伯爵領を通ることになる。それぞれの領地について説明を交えつつ進んでいく。
『これがテオドール殿の生まれ故郷なのですね』
『湖も美しいですな。良いところです』
ナヴェルやトルビットの言葉に、母さんも仮面の下でにこにことしている。そんな調子でガートナー伯爵領やシルン伯爵領については俺やアシュレイの生まれ故郷という事で、ドルトエルムの面々はみんな興味深そうに話を聞いていた。
ブロデリック侯爵領についても……コルリスと出会った鉱山のある場所という事で伝えられ、ドルトエルムの面々と共にアンバーも興味深そうにしていたが。
「ん。旅先からタームウィルズに帰ってきた時は、遠くに見えてくるセオレムが見物」
シーラが見所についても説明すると、ナヴェルが嬉しそうに頷いた。
『地底でも王城セオレムの事は伝えられていますね。その上飛行船に乗る事が出来て役得と申しますか』
そんなナヴェルの言葉に、地底との中継でドルトリウス王が頷いていたりする。今回は転移門で合流する予定なのでドルトリウス王もシリウス号に乗る機会を設けたら喜んでもらえるかもしれないな。
いずれにせよ楽しみにしてくれているようだし、セオレムが見えてくるところはしっかりと中継せねばなるまい。転移門でやってくれば近くから見る事ができるけれど、空からの方が全体図も見られるからな。
やがて――地平線の彼方にセオレムの尖塔が見えてくる。
『おお……。あれが』
『聞きしに勝る威容ですな』
ドルトリウス王やトルビットが口を開く。ナヴェルも笑みを見せ、フォロス達も縦に弾んでいるな。では、飛行船の高度と速度を調整してもらって、じっくりと見られるようにしていくとするか。