番外1613 地底からの帰還
ドルトエルムの王都を見学した後は王城に戻る。
ドルトリウス王も市場で言っていたように、王城に所蔵されている石板を持ってきてくれた。一般には流布していない術式や技術を記したものという事で、普通ならば閲覧することのできない貴重な知識や術式であるのは間違いない。
「もっとも、テオドール殿の魔法技術から言うと、物足りないかも知れぬが」
「いえ。技術体系が違うので色々と参考になりますし、新しい発想もできそうです」
地脈利用の術式であるとか、高速地中潜行の効率的な術式であるとか。ジェーラ女王の宝珠もある事だし、新しい遠隔術式や戦法を考える上でのヒントになるかも知れない。
そうした内容を伝えると、それは何よりだとドルトリウス王は笑う。
そこからは読書ならぬ石板の閲覧をしたり、ゆったりとした時間をみんなと過ごさせてもらった。力を貸してもらったジェーラ女王の宝珠を通して礼と冥福の祈りを捧げたり、みんなと談笑したりといった具合だ。
ドルトリウス王達は子供達と触れ合って楽しそうにしている。子供達をそっと撫で、指を握られて「おお……」と感動したような声を漏らしていた。フォロスも少し身体を変形させて丸い身体を近づけると、ヴィオレーネがそれに触れて、感覚が心地よかったのかキャッキャと笑う。そんな反応にフォロス達は縦に弾んで喜びを露わにしていた。
「地上の民の子供達は何というか、いつまでも見ていられるな。庇護欲をそそられるというか」
ドルトリウス王が言うとフォロス達も同意するように縦に弾む。
「ドルトエルムの民は地底、地上の民問わず……小さな子供達に対しては庇護したくなる本能的な性質があるのではと過去の記録にもありましたが、実感致しますね」
「ふむ。この辺は精神的影響というには種族問わず変わらないかも知れぬ。我らにとっては本来的な性質に根差した情動と見て良いだろう」
ナヴェルとドルトリウス王が言う。なるほど。まあ、ドルトエルムの民は次世代を大切に育てる印象がある。地上の子供にもそうした感情が向くのはドルトエルムの成り立ち的にも不思議はないが、強制力のようなものが働いていない、というのであれば喜ばしい事だな。
そうしてドルトエルムの王城でゆっくりと休ませてもらってから、俺達は地上へと戻る事となった。まず地上――ドラフデニアに戻って飛行船に乗り込み移動していく事となる。
レアンドル王達と共にドラフデニア王都に移動。俺達もヴェルドガルへの帰路に就く形だな。
フォレスタニアへはまずナヴェルとトルビット、それからフォロスとブレスジェム達が同行する。転移門を作った後でドルトリウス王もやってきて国交関係の話もする予定になっているな。
それまでに内容の道筋をつけやすくなるよう、精神面の影響をエイヴリルやユーフェミアと共に精査する、という事になるだろう。
「では、先行して行って参ります」
「うむ。我も地上に訪れる時を楽しみにしている」
転送魔法陣の中に立つ、ナヴェル、トルビット、フォロス達をドルトリウス王が見送りの言葉をかけ、それから俺達にも視線を向けてくる。
「レアンドル王、そしてテオドール殿。皆にも。国の危機に際し助力をしてくれたこと、本当に感謝している。道中の安全を祈っておるぞ」
「またタームウィルズやフォレスタニアで顔を合わせる時を楽しみにしている」
「こちらこそ、これからよろしくお願いします。またすぐにお会いできるかと思いますが、陛下もお身体にお気をつけて」
「うむ」
一時の別れの挨拶をしてから、転送魔法陣でみんなを地上へと送っていく。大空洞に造った中継地点等は、転移門を敷設する際に改めて解体すればいいだろう。
俺も転送魔法陣に乗って、大空洞の入口へと移動する。マジックサークルを展開。光に包まれて――そうして俺達は地上に戻ってきた。
穏やかな空気と、明るい陽射し。地底では加護や祝福、術式によって環境から守られていたが、それらがないとやはり文字通りに空気感が違う。
「ああ……。これが地上ですか……。美しいものですな」
「どこまでも広がるような一面の青とそこに輝く太陽……。素晴らしいものです」
トルビットが感無量といった様子で声を漏らし、ナヴェルがうんうんと頷く。フォロスやブレスジェム達も嬉しそうに弾んでテンションを上げているな。初めて見る地上の景色なのだし。
地底にはないものという事で、周囲を見回しつつも空を見上げているようだった。やはり見慣れていないし物珍しいのだろう。
だからまあ一応、前に話したことはあるがみんなには太陽は直接見ないようにと改めて伝えておくが。
「光が強すぎて目を傷めちゃうからね。太陽は直視しないようにね」
そう伝えるとマルレーンもにこにこしながら頷く。まあ、加護もあるので滅多な事はないだろうとは思うが。ドルトエルムの面々がどうかは分からないが、気を付けておくことに越したことはあるまい。
俺達が転送魔法陣で地上に戻ってきたので、周囲の警備をしてくれていた現地の冒険者ギルド支部の面々は驚きつつも挨拶をしてくる。俺達も笑って応じて、大空洞内部の問題が一先ず解決した旨を伝える。
未踏破の地帯にワームの魔物がいたりしたので、大空洞そのものの危険性がなくなったわけではないけれど、それは元々ではあるしな。
「私達はしばらく大空洞の立ち入りに注意喚起を続けますので、当ギルドの者達はここに残る予定でおります」
冒険者ギルドの職員が言うと、俺達に同行していたルトガーを含めたドラフデニアの武官達の一部と冒険者達も頷く。
「私達も事情を知っておりますので、このままここに留まる予定です」
と、そんなやり取りを交わす。ドラフデニア国内の事でもあるしな。王都で十分に休めたので、と武官達は笑っているが。
レアンドル王は――ルトガー達に後から迎えと交代の人員をやるから王都で会おうと言葉を交わしていた。
俺からもバイロンに尋ねる。
「バイロンはどうする? もし何なら王都まで送っていくけれど」
野営道具の撤収等も、アピラシアの働き蜂が手伝ってくれるのですぐだしな。
尋ねると、バイロンは一旦目を閉じた後、真剣な表情で言った。
「私も――ここに残ります。訓練で不測の事態があったのは事実ですがみんな無事ですから。訓練期間を全うしながらでも、自分にできる事があるはずです」
なるほどな。確かに、少々の不都合が生じたぐらいで訓練を中止するのも、という視点は武官としてはあるか。人的な損害はないし、危険性も現状かなり抑えられていると予想される。必要とあらば連絡役にも回ってくれるというのは有難い。訓練に対しても気合が入っているというのはわかる。
「分かった。とりあえず定期的に連絡を取り合えるようにしておこうか」
「ありがとうございます」
そう言ってバイロンは穏やかに笑う。本当、環境が変われば変わるものだ。今回の訓練そのものも、バイロンにとっては大事なものなのだろう。
では――そうだな。定時連絡をしやすいようにメダルゴーレム入りの簡易時計でも作っておくか。日時計型で時報機能がある程度の簡素な作りではあるが……太陽が出ていなくても時報は鳴る。見た目にも連絡を取り合う頃合いが分かりやすいだろう。
ルトガーやバイロンを交えて軽く打ち合わせし、治療用や体力回復用のポーションも渡して……そうして俺達は飛行船の甲板へと乗り込む。
点呼を取ったら出発だ。みんなと共に甲板から手を振る。ルトガーやバイロン達、冒険者達にギルドの面々も、笑顔で俺達を見送ってくれたのであった。