番外1612 地底市場での一時
「ご希望であれば装飾品を地上の方々用に調整し直しますぞ」
あれこれとみんなで選ばせてもらうと、店主達が上機嫌で言った。練習も兼ねて、という事だろう。
「お手数でなければ」
「装具部分は魔法で加工しますからな。そこまで時間もかかりますまい」
店主達が笑う。髪飾りは専用の形状にする必要があるが、それに適さないものは装飾品の形状に合わせて首飾りや腕輪にしたり、チェーン部品を細い物にしたり、腕輪に適切なサイズ調整を施したりしていくわけだ。
「心理面での影響はありますか?」
「ふうむ。職人としては色々見識が深まって楽しいと言えばそうなのですがな。何かしら自分の意思を超えるものがあるかと言われると……首を捻ってしまいますな」
そうやって盛り上がっている傍らで、俺達に接してみた店主達にドルトリウス王の護衛と共にやってきた文官が聞き取り調査も進めていた。
一先ずのところは内容的に問題なさそうな会話が続いている。継続的な影響も調べなければいけないからこれだけでどうこうというのはまだ早計ではあるが、やはりこれもドルトエルムから地上に滞在する等して追跡調査をする必要があるのだろう。
「心理面での細かい影響を見るなら、ユーフェミアやエイヴリルが協力できるかも知れないと言っているな。勿論、相手の同意を得ての話ではあるし、二人の能力がドルトエルムの民に通じるかは調べてみないと分からないが」
スティーヴンが水晶板で少し話をして、そんな風に伝えてきてくれた。ユーフェミアは夢の世界の管理ができるし、エイヴリルは共感覚によって感情の機微を察知できる。これがそのまま通用するのならば舞台を整えたり細かい部分を調べたりという事も確かに可能だろう。共感覚で見る事から始める形なので、安全にモニターができるというのは有難い話だ。
「それは有難いね。了解がもらえるなら進めてみようか」
そう答えるとスティーヴンも笑って同意してくれた。
『人助けのために能力が使えるのは嬉しい事ですからね』
『まだ確かめてみないと分からないけれど、確かにそれは嬉しいわ』
水晶板を見てみれば、明るい笑みを浮かべているユーフェミアとエイヴリルが映っている。
そうなると二人も多分継続的にフォレスタニアを訪問してくることになるだろうな。カルセドネとシトリアもユーフェミア達と直接顔を合わせる機会が多くなりそうで喜んでいたりするが。
というわけで合間を見てドルトリウス王達にもユーフェミアとエイヴリルの能力を伝える。
「そう言う事でしたらまず私が試してみましょう。中々楽しそうですな」
「同じく、必要でしたら協力致します」
ナヴェルとトルビットが快く応じてくれた。では、二人の能力を使っての経過観察も進めていく事になるな。
さてさて。装飾品以外のものも見せてもらう。武器防具に石板関連。各々興味があるものは違うが、これらもお礼と宣伝を兼ねて一品ずつもらえるという事でこちらも色々と見せてもらった。
「武器や防具は装飾品ほど単純には調整ができないので、合うものを選んでもらうということになりますね」
「十分だな。ゼファードと共に空中戦を補強するような防具が見つかれば嬉しいのだが」
レアンドル王は上機嫌そうだ。ドラフデニア由来の宝剣が既にあるので防具を中心に見ていくということらしい。ルトガーは武器中心だな。魔法武器が使い慣れた武器に取って代わらずとも、サブウェポンとしても使い勝手が良さそうだし。
俺は書物……石板を見せてもらうか。
「魔法の教本や技術書の類があれば見てみたいですね」
「そうした石板は、民間に流通しているものならば置かれているな。必要ならば王城に所蔵されているものも見せよう」
尋ねてみると、ドルトリウス王からはそうした返答があった。流布できる内容という事で、そうした石板を貰ったりすることも問題ないとのことである。
「土に関連する知識が豊富でしょうし、普通の技術でも目新しいものがありそうですね」
「それは確かに。土属性の魔力資質を持つ者としては気になるところね」
アシュレイとステファニアが笑顔を向け合うと、ローズマリーにエレナ、ペトラといった面々も石板の方に注視しつつ頷く。
「わたくしとしても栽培に転用できる技術があるかは気になるところね。農業はドルトエルムとは無関係だけれど、技術の応用という点ではそうではないから」
「ベシュメルクとの関係もありますから、歴史書も見てみたいです」
アシュレイやローズマリーは農業や栽培に転用できるかもと期待しているようだし、ステファニアとペトラは魔力資質的にも興味深い内容だろう。エレナは歴史関連でも興味津々といった様子だ。
それぞれ興味の方向も少しずつ違いはあるが、色んな石板を見せてもらえる。
絵画を収録した石板というのもあるな。人物画に風景画。地底の絵だから色彩はどうなるのかと思っていたが、様々な色に照らされて煌めく建物の絵があったり、写実的な人物画もあったりで、こちらはこちらで独自の洗練がなされているのが伺える。
シーラは――幸運の石が気に入ったようだ。
「問題ない?」
と、尋ねて許可をもらった後で、複数の石をジャグリングしてみんなや店主達を沸かせたりしていた。くるくると回転しながらシーラの腕と空中の間で舞う光の輝きは見事なものだ。
「私達は楽器を見たいかな」
イルムヒルトは笑顔で言う。
楽器も扱っていたのでそれらを、セラフィナや母さんと共に音を鳴らして楽しそうにしていたりする。王城にあった楽器と形状は同じでも音域や音色、光り方やその色も違うな。
市場にあるものはドルトエルムの文化や暮らしぶりを想像させるのに十分なものだな。色々と見せてもらえて興味深い。
市場は塔の構造になっているが、他の階層には出展者用の一時的な倉庫などもあるとのことだ。
「地上の民が訪問してきた場合、ここに足を運ぶのは予想されるからな。環境整備をしておいた方が良いのかも知れぬ」
「それは確かに」
地底の環境からの防護もそうだが、風呂、トイレ、厨房等はあった方が良いだろう。俺がその都度魔法建築をするというのもなんだから、次の魔法建築の際にそれら設備の構造、ノウハウ等を伝えて、必要なところにドルトエルム側が設備を用意できるようにするというのが良いのではないかと思う。
「食べ物の用意はどうしたものか」
「そこは――当面の間は訪問してくる側が用意してくるという形で良いのではないかと。地底で確保できる食材等があるにしても、地上の民に適しているかどうかは調べてみないと分かりませんし。新たに確保に回るのも体制作りなどで大変でしょうから」
飲み水も魔道具で確保できるしな。後は厨房と道具があれば食事も問題なくできる。そもそも転移門で行き来するならば物資には困らないだろう。
そう伝えると、ドルトリウス王も納得したように頷いていた。
そうして……諸々の品々も受け取り、市場見学も和やかな空気の中で終わるのであった。
この後は更に街中の施設を見せてもらう予定だ。
マグマ溜まり近くにもマグマクリケットを育成している施設等があるそうだが、そこは流石に地上の民には危険度が高いという事で実際には足を運ばず、中継映像だけで様子を見せてもらった。
子供達もいるしな。安全優先で動いてもらえるのは有難い事だ。
マグマの中を泳ぐオケラに跨って、溶岩の上に突き出した岩を飛び越えさせたり、地中潜行をしたりといった騎乗訓練のようなこともしているな。軍馬のような役割でもあるので中々に面白いものがあるな。