番外1610 戦いの後の一夜
ドルトエルム王城での一泊は、部屋の中に野営用の装備を持ち込んでのものだ。外の環境からは守られているという事もあって、過ごす分には普通の野営より快適なものである。
屋内でテントを張ってそこで寝具を使って、というのは些か妙な感覚ではあるが。テントの外でもカストルムが肩や頭の上にフォロス達を乗せて、お互い満足そうにしていたり、マクスウェルやライブラやヴィアムスがブレスジェムと翻訳の魔道具を使って交流していたりして和やかな雰囲気だ。
「というわけで――テオドールは我らにも友人でいて欲しいと望んでくれた」
「私達はあなた方とも友人になりたいと望んでいます」
マクスウェルやライブラが対話に絡んだ話をすると、ブレスジェム達は軽やかに弾んでいたりする。
ブレスジェム達はカドケウスにも同じ不定形同士だから親近感が湧くのか、猫の形を取ったりカドケウスが逆に恐竜の形を取ったりと、一種独特のボディーランゲージもしているようだ。カドケウスが恐竜の姿を取るとブレスジェム達が弾んで喜びを露わにしていたりと、中々に盛り上がっているな。
「何だか……こういうのは楽しいですね」
「ここ最近は野営からは遠ざかっている生活でしたから、新鮮な感じがします」
アシュレイがにこにこと笑って言うと、グレイスも頷く。
「小さい頃はみんなで一緒に出掛けて、野営もしていたね。俺なりに料理を手伝ったりして」
そう言うと、子供達の世話を手伝うという名目で同じ天幕内にいる母さんが、仮面の下でにこにこと微笑んでいるのが分かった。母さんと一緒に旅行をした時はまだ小さかったから、野営の準備にしろ料理にしろ、あまり大した手伝いも出来なかったけれど。
「私達も騎士団との訓練や魔物の討伐に参加して野営をした事はあるから、それを思い出すわ。シリウス号で出かけたり、リサ様の家で過ごしたりというのも好きだけれど」
ステファニアも上機嫌で言う。そうした訓練や任務もしっかり参加するのはヴェルドガルの王族が真面目にやっているからではあるな。
「わたくしは――騎士団の訓練もあるけれど、お忍びで薬草採取に出かけていたこともあるわ。野外活動は気分転換にもなるし思考を纏めるのにも良かったから……野営も嫌いではないわね」
羽扇の向こうで目を閉じて頷くローズマリーである。留守はドッペルゲンガーのアンブラムに任せて占い師アルメンダリスとして出かけて、野外で薬草等を採取していたわけだ。人形兵を始めとした魔法生物の護衛を連れていれば野営の見張りもできるし、占いに必要だと言えば野外活動での建て前も成り立つしな。
「ん。私やイルムは実はそんなに野営してない。冒険者生活といっても街と迷宮での活動が主だったから」
「ふふ。最近安静にしている事が多かったから確かに新鮮ね。子供達と一緒に過ごせるから最近の生活も好きだけれど、こういうのも確かに良いわね」
リュート演奏が一段落したところでシーラやイルムヒルトが言う。
「私は――以前の生活では殆ど経験がないのですが……みんなで野営目的に出かける、というのもしてみたいです」
子供達をあやしながらエレナが微笑むと、マルレーンもこくこくと頷いていた。二人に関しては巫女や巫女見習いとしての立場があったからな。エレナは船旅もしたけれど野営とはまた違うし。
「子供達ももう外出できるものね。旅行の話もしていたし、そういう旅も確かに良いかも知れないわ」
と、クラウディアが言う。クラウディアの場合は月で育って迷宮で過ごしてきたので、俺達とシリウス号で出かけたりするのを除けば、野営らしい野営というのはしていないそうだからな。
まあ……迷宮内部で過ごしているので色んな区画に足を運んだりしていたようだが、それはそれである意味野営以上に変化の富んだ環境に身を置いていたとも言えるし、ずっと屋内で過ごしてきたとも言える。
「良いかもね。今度みんなで一緒に、野営目的で出かけてみようか」
そう言うとみんなも頷いていた。そうして循環錬気をしながら、どこそこに出かけるのが良いのではと、寝息を立てている子供達を起こさないように少し声のトーンを落としながら話し合う。うん。みんなとのキャンプは実際楽しそうだし、俺としても期待してしまうな。
「野営自体が目的となると、気を抜いて野営を楽しめる場所が良いかな」
「そうなると……エインフェウスの王都近隣付近も候補になってくるかも知れないわね」
ローズマリーが言った。そうだな。大森林はキャンプには打ってつけだろうとも思うし。そうして、循環錬気によるみんなの温かな魔力を感じながら目を閉じる。戦いの疲れもあって、眠気はすぐにやってきて――。
そんな風にして、ドルトエルム王城での一夜は穏やかに過ぎていくのであった。
朝食の香りが漂ってくる。スピカとツェベルタが用意してくれているのだろう。俺達を起こさないように気を遣った声。温かな寝具の中で目を覚ませば、母さんとセラフィナ、カドケウスがのんびりと寛ぎながら子供達の様子を見守ってくれていた。
カドケウスを通して俺が目を覚ましたことを伝えると、母さんやセラフィナはこちらを見てにこにこと軽く手を振ってくる。俺も少し笑って応じる。
カドケウスが尻尾を変形させて母さんの体調は大丈夫かと尋ねると、笑って頷いた。
「ええ。今は回復の仕方も人の時とは違うみたいだから。みんなが喜んでいるし、私も元気よ」
「うふふ。子供達もね」
母さん達がそんな風に答えてくれる。それなら良かった。
母さんもセラフィナも、普通の休息でなくとも回復するという事もあり、普段も夜間に子供達の様子を見守ったりして、色々動いてくれるからありがたい事ではあるが。
無理をしていないというのなら俺としても安心だしな。
そうやっていると、みんなも段々と目を覚ましてくる。他のテントでも人が起き出している気配がするな。
「おはようございます」
「朝食の用意が、できました」
スピカとツェベルタの声が聞こえる。ああ。それでは起きるとするか。
朝食はサンドイッチとサラダ。玉子スープにヨーグルトといった内容だ。朝なのでさっぱりしたものが多いが、自家製ベーコン入りの玉子スープが良い具合に身体を温めてくれる味だ。
「いいね。美味しいよ」
「ありがとうございます」
「喜んでいただけて、嬉しく思います」
スピカとツェベルタは優雅にお辞儀をして応じる。
「ん。これも好き」
ツナサンドに舌鼓を打っているシーラである。ドルトエルムの面々や援軍に来てくれたみんなにも好評だ。コルリスとアンバーも鉱石を咀嚼して満足そうにしている。
魔法生物やブレスジェム達も交えての談笑しながらの賑やかな朝食といった感じだな。
今日の予定としては、ドルトエルム王都の見学に行く事になっている。そうしたところに話題が及ぶと、ドルトリウス王が目を閉じるようにして頷き、今の状況を教えてくれた。
「王都でも現状が周知されておるからな。地上の民を歓迎し、祝おうという事でかなり盛り上がっておるよ」
「それは――楽しみですね」
「うむ。問題が解決して平和になった王都を地上の皆にも見せたいという事も伝えた」
ナヴェルやトルビットもそうした王都の普段の様子を見せられるのが嬉しいのか、うんうんと頷いていた。
では、食事をとって一段落したら王都へ出かけるとしよう。地底の環境については魔道具もあるが、ナヴェルが一緒について環境維持役も担ってくれるという事なので安心だな。
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます!
今月、1月25日に境界迷宮と異界の魔術師コミックス版5巻が発売予定となっております!
詳細については活動報告でも掲載しておりますが、今回も書き下ろしを収録していますので楽しんでいただけたら幸いです!
今年もウェブ版、書籍版共々頑張っていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願い致します。