番外1607 変化と解析
フォロスは機嫌が良いようで。名前をもらってから音楽に乗るような調子で軽く縦に動いていて、気分が良いという感覚は初めてだと、そんな風に教えてくれた。
「私も解呪した時は浮かれるような心持ちになりましたな」
「確かに。気持ちは分かる」
ウィンベルグの言葉にテスディロスも腕組みして大きく頷く。氏族の面々としてはフォロスに共感する部分があるのか、笑みを見せていたりするが。
フォロスも一族のリーダー格という事で、ブレスジェムの子達に名前を付けたりしているようだ。個々に名前がつくというのはこれまでの彼らの在り方とは全く違うからな。
変化は個々の違いを認めることから、というわけだ。全員の名付けは大変だと思うが、フォロスは身体を弾ませながら名前を付けていっているようだ。ブレスジェムの面々も名前を貰うと弾むように動いて喜びを示していた。
翻訳の魔道具で訳しながら名付けを聞いているが……ドルトエルムと地上の人名を参考に、独自の名前を考えているようで。元々の知識、俺との対話で伝わったものを下敷きにしているようだな。
ブレスジェムに独自の文化が発展すれば、きっと面白いし楽しい事ではあるが。
並ばなくてもスピーディーな名付けができるようで、個々に意識が伝わるとあちこちで新たに名付けられた面々が弾むような動きを見せていた。うむ。見た目にも愛敬があるブレスジェム達なので中々和やかな光景である。
ブレスジェム達は楽しそうではあるが忙しそうでもあるので、こちらはこちらで各所との連絡やらを進めていこう。
伝令はスピーディーな方が良いから転送魔法陣も使ったが、余剰な人員の撤退と、要塞への部隊駐留の手伝いに関してはそのぐらいのものだ。
何より、問題は解決しているので時間的な余裕もあるしな。
俺達にはゆっくり休んでいてもらいたいと、ドルトエルムの面々も言ってくれたので、そこはお言葉に甘えさせてもらうとしよう。
「王都に戻ったら歓迎をしたいところではあるが……地上人の食事等の用意ができぬのが残念ではあるな」
「地上の方々に喜んでもらえるような住環境の構築や特産品を考えてみるのも楽しそうですな」
「おお。それは良いな。国内に抱えていた最大の懸念も解決したことではあるし」
ドルトリウス王と、トルビットが楽しそうに話をする。封印に向けられていたリソースも、別の事に振り分けられるというわけだ。
そうしてドルトリウス王が指示を出したり、先々の事についての楽しそうに話をしている間に、俺も地上のみんなに今の状況を知らせたりしていく。
「というわけで……こっちの状況はある程度中継で見ていたと思うけれど、一先ず解決したよ」
『そうですね。すごい光景でした……』
各国に連絡を入れた後でそう伝えると、俺の言葉に瞑目するバイロンである。
地上との伝達中継役を担っていた関係上、さっきの戦いも見ていたからな。解呪とそれに伴う変化を見て、色々と感じ入っている様子ではあるが。
「地上で連絡役となってくれていた者達も、気が気ではなかっただろうしな。是非王都に招待したいところだ」
「平時、平和な王都というのを見せたいというのはありますね」
ドルトリウス王やナヴェルがそんな風に言ってくれる。
というわけでバイロンと、レアンドル王が協力要請した冒険者グループも転送魔法陣で地底に招待するという事になった。
解呪によって問題も解決したし、地上に避難所兼中継拠点を作ってそこを守っておかなければならない、という状況でもなくなったからな。
バイロン達は後方支援の役回りではあるが一緒に戦ったチームという事での招待という形だな。
そんなわけで転送魔法陣によってバイロンと冒険者達にもこっちに来てもらう。地上の魔法陣やらは連絡の必要もないので、現地冒険者ギルドの面々が見ていてくれるとのことだ。
「もう少しして、王都に戻ったら合流かな」
『少し緊張しますね』
「環境も地上とは違うからね。ただ、その辺はドルトエルムの人達が整えてくれるし、もう危険も少ないはず」
そう答えるとバイロンは『分かりました』と応じつつ、笑って頷いていた。
確かに……マグマ溜まりもあるし環境も文化も違う地下世界だからな。危険は少なくなったと言っても構えてしまう部分はあるかも知れない。ブレスジェム達に関係した問題が解決することで平時に移行するというのはあるけれど。
ともあれ、ブレスジェムの別動隊合流までもう少し時間もあるので、それを確認しつつ王都に移動していく事になるだろう。
ブレスジェムの名付けも終わったようで、フォロスがこちらに軽く跳ねながら移動してきた。
「少し、フォロスの事を調べさせてもらってもいいかな。解呪でどうなったのか、知っておきたくもあるし」
そう尋ねると、フォロスは頷くように縦に動く。フォロス自身も興味があるので調べて欲しいと、そんな風に意志を伝えてくる。
まずはウィズと共に温度や成分といったところを調べていくが、とりあえずは触れても問題なさそうだ。
「実際に触ってみても良いかな?」
そう尋ねるとやはり縦に動いて肯定してくれたので抱き上げてみる。君主が破裂した時にそれなりに小さくなっていて、普通に抱えても問題ない大きさだな。
スライムではあるが表面は滑らかで弾力もあり、中々に心地の良い手触りだ。体表と内部の境界ははっきりしていて、触れている程度では指が沈んでいくような事はなく、表面に水分が滲んでいるということもない。粘性流体と鉱物の中間……という印象だろうか。中々不思議なものだ。
その辺の事を伝えるとシーラやマルレーン、母さんがブレスジェム達を撫でたりして。
「ん。いい感触」
「魔力波長も良い印象ね」
シーラの言葉に母さんが笑って答え、マルレーンもにこにこしながら頷く。中々和やかな光景だな。
ちなみに母さんについては側近から一撃受けていたようなので心配していたが「祈りや加護が周囲に満ちていたからそれで急速に回復できているみたいね」と笑顔で答えてくれた。
冥精なのでダメージの受け方もそこからの回復の仕方も、人であった時とは違うということらしい。実際精霊としての力が増しているのが感じられるので、そこは安心ではある。
というわけで許可をもらって、体外循環錬気を用いて解析も継続していく。
感じる魔力は清浄なものだ。解呪で反転したこともあって、ドルトエルムの民や精霊と似た魔力波長だな。契機は解呪だけれど……魔法生物や呪法生物というよりは確立した種族への変化を成したという事なのだろう。
「古代生物の魔力波長は……感じないな。因子もなくしてしまったのかな?」
取り込んで侵食する能力は解呪された時に一族として手放したと思う、とフォロスは教えてくれた。もし変化が望まない方向に進んでしまった場合、そこが残っていると周囲に与える影響が大きすぎると自分でも思った、とのことだ。
なるほどな。解呪前に危惧していた部分が対話で反映された形だろうか……?
ただ、古代生物の力に関しては長らく戦闘で利用していたために知識として残っているので能力や術を再現することはできるそうだ。
そうやってフォロス達の事を調べていると、奥地に送り込んだシーカーが、要塞に向かって移動中のブレスジェム達とも遭遇した。保険として残されていた別動隊だったもの達だ。
少数の集団だが弾力を活かして飛び跳ねながら結構な速度で移動中だな。この分ならそれほど時間もかからずに合流できるだろう。