番外1606 祝福の名を
変化したスライム達は大人しくしている様子で、ドルトエルムの武官達が挨拶をするとお辞儀を返していた。カドケウスもスライム達に対して猫からカラスに姿を変えたりして、同じ不定形仲間というのを伝えつつ挨拶をしたりしているが。
「状況は落ち着いているようですし、まずは損害の確認や怪我人の手当てからでしょうか」
「うむ。テオドール公もかなりの手傷を負っているからな……」
細かな傷はあるが……主には左腕の過負荷だな。俺が対話をしているから外部から治癒術を使って、魔力の動きに干渉してはいけないと、後回しにせざるを得ない部分はあったようだが。
みんなを心配させてしまっているようなので、報告を受けつつ治療を施していくとしよう。元君主……星の核が入ったスライムのリーダーも、何やら心配そうにしてしまっているし。
すぐに要塞内部の転送魔法陣で、みんなが駆けつけてきてくれる。
「それじゃあ、テオの事は任せていいかしら。私は――そうね。他の人の手当をしてくるわね」
「はいっ。お任せください……!」
母さんの言葉に真剣な表情で頷くアシュレイである。そんなアシュレイに穏やかな眼差しで頷き、みんなの治療に向かう母さんである。
ドルトエルムの面々は専用の治癒術があるそうだ。身体の修復もそれらの術式でできるとのことで、魔法生物から変化して確立した種族として、歴史の長さを感じさせてくれる。
そうしてみんなで手分けして傷の治療に当たっていく。
「痛みがあったら教えて下さいね」
俺の手を取って水魔法の治癒術を施しながらアシュレイが言う。
「ん……。大丈夫」
寧ろ治癒術は心地が良いというか。治癒術を受ける寸前まで痛みは軽減していたし、一先ず支障はなさそうだ。
そうしている間に戦闘結果の報告も色々上がってきた。ディフェンスフィールドによる防御陣地や要塞が直接攻撃を受けにくい状況を作っていたことによる避難場所の確保。怪我人を避難させる場合の遊撃部隊に、オズグリーヴのサポート等もあって……武官達の被害も怪我人はいるが、命に別状はないとのことである。
「俺達も大丈夫だ」
「こちらも問題はない」
テスディロス達に魔法生物組、レアンドル王達や転送魔法陣で助っ人に来てくれた面々も無事だ。
コルリスとアンバーも元気だというのを示すように、二人並んで俺に大きく手を振ったりしていた。うむ。
スライム達も、何やら共鳴するような音で俺に何か訴えてくる。翻訳の術式によれば……今封印の奥地に隠れていたものもこちらに向かっているところ、とのことで。
やはりというか……別の場所に保険として待機部隊を残していたわけだ。呪法以外の勝ち方では詰めの作業に相当骨が折れたのが予想される。
全体として一個体でもあったからな。この場にいたもの達と時を同じくして変化したようではあるから、そこは安心だ。
「うん。俺も大丈夫そうだ。ありがとう、アシュレイ」
拳を握ったり開いたりして具合を確かめる。魔力の流れも問題ないな。
「ああ――。良かったです」
「テオドールもみんなも、無事で何よりだわ」
アシュレイが安堵したように笑顔を見せて、クラウディアも静かに微笑んで頷いていた。
そうして一先ず状況も落ち着いたところでこれからどうすべきか、という話になる。
「とりあえずは戦いに勝ったことは通知して問題はないかと。王都の方々を安心させてあげたいところですね」
伝令に関しては転送魔法陣が使えるしスピーディーに対応できるだろう。
「おお。それは助かる」
ドルトリウス王もそう言って、早速王都に伝令を向かわせる。報告できる事が嬉しいのか、伝令役を担う武官は嬉しそうに転送魔法陣で送られていった。
「目下の問題としては、やはり変化した彼らについてでしょうか」
「うむ。折角良い形で交流が始められそうなのだし、ここでの対応は誤りたくないな」
「とりあえずは……活動のための力の供給だとか……何か短期的な部分で困る事はある?」
ナヴェルやドルトリウス王の言葉を受けてスライムのリーダーに尋ねてみると、共鳴するような音で返答してくる。
マグマのような熱か環境魔力があれば大丈夫、とのことだ。その辺は変化前と同じようだな。そしてそれは、封印区画でも暮らせるし、ドルトエルムの民と同じ条件で暮らせるという事でもある。
「ふむ。では、民達にどう伝えるかが目下の問題というわけだな。なるべく受け入れられやすい下地を作ってから伝えていくのが良いとは思うが」
「今回の助太刀とこれからの地上との交流に絡めて、経緯を説明していく、というのは良さそうですね」
「うむ。それは確かに。いずれにしても地上との交流の開始についても広く伝える必要がある。彼らとの今後の交流にも繋げていけるような形にしていくのが良かろうな」
ドルトリウス王とナヴェル達がそんな風に話し合う。
今現在こちらに移動中のスライムもいるのでその合流を待つ必要があるし、いきなり王都にスライム達全員を連れて行くというのも刺激が強すぎる。
しばらくこの付近に留まってもらう必要があると伝えると、スライム達も頷いていた。
俺との対話の中で、タームウィルズやフォレスタニアに新しくやってきた迷宮村の住人や使い魔、魔人達が受け入れられる下地を作っているのを伝えられているので、その辺は理解できる、とのことだ。
とりあえずは……要塞との中継をできるようにしつつ、ここに人員を残しておけば対応もしやすいし行動の幅も広がるか。転送魔法陣はまだここに残しておいて、必要とあらばもっと正式な……転移門を構築してしまうのも良いかも知れない。
スライム達との今後についての基本的な部分も決まり、それに合わせて俺達の今後の動きも定まってきたところで、ドルトリウス王が言った。
「もう一つ話しておくべきことがあるな。彼らの新たな呼称を考えねばなるまい」
「確かに。今までの呼び名では相応しくない」
と、レアンドル王もそれに同意する。
「彼らに種族名を付けるとするならば……それはやはりテオドール殿であろうな。解呪なくしてこの形での結末は成し得なかったであろうし」
そう言って一同俺を見てくる。んー……。当人達もこちらに期待するように注目しているのが分かる。何というか、魔力の気配が期待に満ちてこちらに向かっているというか。
「そう、ですね。種族名で言うなら……ブレスジェム、というのはどうでしょうか」
祝福の宝石といった意味だな。見た目も丸くて宝石のような輝きがあるし、ジェムとジェルの響きが似ているからもじった部分もある。
呪いからの反転という意味においては、やはり祝いや祝福というのが良いのではないかと思う。幸運や祝福を表す名を受けて、周囲からも受け入れられるようになっていってくれたら嬉しいというか。
名付けの意味や由来を説明すると、当人達はボールが弾むように縦に弾力性のある動きを見せていた。気に入ってくれた、という事で良いのだろうか。
「良い名前ですね」
星の核が入っている個体についてはリーダー格ということもあり、識別する意味でも名前があった方が良いだろうという事で、そちらもやはり、俺が名前を考える事になった。
「そっちも俺が名付けて良いのかな?」
そう尋ねると、スライム改めブレスジェムのリーダーは肯定するように弾んで見せた。動きで分かりやすいように意志を伝えてくれるのは中々愛嬌があるな。
そうだな……。星の核が入っているし、やはり星にちなんだ名前が良いだろうと思うのだが。
「フォロス……はどうかな?」
語源はイオスフォロスで明けの明星――。つまり一番星の事で、宵の明星を示すヘスペロス共々、どちらも金星を差す言葉でもある。
他の星々と共に地平線の向こうから世界に姿を見せる。そんな在り方がブレスジェムのリーダーである彼にはあっているかなと思っての名前だ。
明けの明星と宵の明星は同じ星でありながら呼び名が違っているという部分も、変化する、或いは変化したという意味が込められて良いのではないだろうか。
まあ……友人として共に歩んでいって欲しいという部分は変わらないで欲しいと、俺としては願っている部分もあるのだが。
そうした話を当人に伝えると、やはり弾むように応じてくれた。うん。気に入ってもらえたのなら嬉しいな。