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番外1604表 種族の主たる者には

 忌むべきもの達の君主は枯れ枝のような翼に黒紫色の光を宿し、凄まじい速度で飛翔してくる。長い指を備えた両腕や脚部に、渦巻くような黒い魔力を宿している。


 こちらも自分から真っ直ぐ向かって行って、身体ごと飛び込むようにウロボロスを叩きつけた。 重い衝撃と共にウロボロスと君主の魔力間で反発するような火花が生じる。

 弾かれる勢いに任せて、二度、三度と飛び回りながらのすれ違いざまの攻防。速度も小回りも相当な水準であることが伺える。


 何度目かの激突。力が拮抗して互いに高速移動を止める。

 シールドを蹴って右斜めに跳び、即座に反転するように切り込めば、奴は視線も向けずに翼に光を込めて俺の一撃を受け止めてきた。振り向きざまに腕を振るえば、そこに宿った暗い輝きが薙ぎ払うような斬撃となって、寸前まで俺のいた空間を薙いでいく。


 打ち込みを受けられたと同時に避けている。少し間合いを開けて対峙する形となった。――その身体に纏った輝きは僅か、オーラのように俺に向かって揺らいでいるのが見える。


「呪法か――」


 魔力というより、強い呪力に似た波長。ナヴェルにも掌底で呪法生物のような術式を撃ち込んだようだが……自身の身体に呪力を纏い、それを敵対する者に向けることで、センサーやレーダーのような役割も果たしているらしい。

 当てなければ呪いも効果を発揮しないが……それは制約のようなものだろう。当たった時の効果を強力なものにする役割も兼ねていて無駄がない。


 君主は――激突の際の干渉が新鮮だったというように、片目を見開いて自身の掌を見ていた。


 月女神の加護があるから呪法は減衰される。負の力でもあるから循環魔力とも反発し合うだろう。これだけの接触で理解するあたり、高い解析や学習能力を有するというのは事実なのだろうが。


 対呪法の術式を展開しても物理的な破壊力を有しているようだな。

 加護と循環錬気によって、触れられても直接呪法生物を撃ち込まれてしまうという事はないだろうが、奴の攻撃とそれらも相殺し合ってしまうので、純粋な攻撃としては有効だ。負の属性を宿す魔力は、循環魔力とは反発し合うから互いに相性が悪い。


 まともに当たればお互いの技の威力そのものは通してしまう。それを理解しているのか、君主もまた三日月のような笑みを口元に浮かべたままで、首と両腕をだらりと下げて脱力したかのようにこちらに向き直る。


 身体に纏った呪力はそのまま。こちらは余剰魔力のスパークを散らすウロボロスを構える。

 戦場の喧騒すら遠ざかるように、対峙した君主にだけ集中していく。


 僅かな間の沈黙と静寂。その後で――前触れもなく動いた。


 最短距離を徹すように長い指に呪力を纏い貫手が突き込まれていた。凄まじい初速。ウロボロスで斜めに逸らし、石突きを跳ね上げれば君主は膝で受け止めてきた。


 上から引き裂くように打ち下ろされる爪の一撃。


 呪力を展開しているから攻撃範囲が単純な貫手や爪撃よりも広く、長い。シールドを斜めに展開しながら攻撃の角度を逸らし、生まれた余地に潜り込むように間合いの内側へと踏み込む。


 そこからの魔力衝撃波。身体に纏っている防御フィールドを突き抜けてのダメージに、奴が今度こそ驚きに目を見開きながら後ろに飛ぶ。こちらが追撃とばかりに踏み込めば、奴は三日月のような笑みを浮かべながらその場に留まって即座に迎え撃ってくる。


 そうだろうな。今の手応えがなかった、というよりは何かおかしなものだった。

 即座に反撃に転じることができる。細身の身体でありながら、相当強固だというのも違和感がある。


 それに、学習や解析能力に長ける魔法生物系の手合いは、魔力衝撃波のような技術も習得の対象になり得る。ますます今回の戦いで決着させないといけない理由が増えるが――ぶつかり合った感想としては、出し惜しみしていられる相手ではないという事だ。


 唸り声を上げるウロボロスの薙ぎ払いと、切り裂くような手刀が激突。反発するような小規模な爆発でお互いの腕が弾かれ、即座に切り返す。


 君主の戦法は洗練された格闘術のようにも見える。ドルトエルムの武官達の動きを学習した結果でもあり、取り込んだ因子からくる本能的な攻撃も混じっているような印象だ。

 獣じみた反射速度と運動能力。呪力を宿していて攻防一体となっているから、純粋な格闘術よりも対処しにくいのは確かだ。


 こちらの打ち下ろしを腕で受け止めて、空いた手で掬い上げるような爪撃を見舞ってくる。転身しながらの薙ぎ払い。翼に込めた呪力を杖とぶつけ合って止めたかと思うと、君主の脚部が跳ね上がった。切り裂くような蹴撃。シールドを展開しつつも勢いに逆らわずに上に飛ぶ。


「ソリッドハンマー!」


 術式を展開しながら前転。背中に大岩を打ち下ろす。避けない。代わりに呪力のフィールドを分厚く纏って大岩を受ける。振り向きざまに爪撃を放てば、大岩ごとスライスして呪力の斬撃が迫る。ウロボロスを叩きつけて受け止めれば火花が散って、そのまま上下を逆さに入れ替えたまま切り結ぶ。


 君主は翼を広げて足元を払うような横薙ぎの斬撃を見せてきた。

 飛んで避ければ俺がそうしたように、奴も前転して両の爪を合わせて大上段から引き裂くような動きを見せる。ウロボロスで斜めに逸らして打擲。火花が弾けるも君主は止まらない。


 暴風のような矢継ぎ早の攻撃。火の出るような至近に身を置いて、天地と攻守を目まぐるしく入れ替えながらの格闘戦。

 翼と尾も武器としているから単純な戦いをした場合では手数で向こうが勝るだろう。だがネメアとカペラも姿を見せて、杖術のみではカバーしきれない位置関係の攻撃を受け止めて弾く。


 と、一瞬手を後ろに引いて、そこから掌底を突き出してきた。普通に掌底を放つには遠い間合い。引いた瞬間に、大きな呪力反応を感知している。


 シールドを蹴って横に飛べば、突き抜けるような黒い砲弾のような一撃が瞬間的に遥か前方へ突き抜けるように放たれていた。さながらパイルバンカーのような一撃。瞬間的に打ち込まれるから、近距離でも中距離でも有効だろう。


 先程からの攻撃もそうだ。呪力を瞬間的に放出して、攻撃の規模や範囲を変えてくるので、体術だけ追っていては攻撃を見切れない。込められる呪力の規模と、それを偽装しているか解放するかで虚実を見分ける必要がある。


 瞬き一つの間に、無数の攻防の応酬を交わす。互いの打撃と打撃。魔力を込めた一撃と切り裂くような爪撃がぶつかり合ってスパーク光が散る。


 瞬間的に光の刃を展開して斬撃を見舞う。普通ならば見てからは回避できないタイミングだったが、上体を異様な角度で逸らして回避していた。関節の可動域も尋常ではない。防御力を頼みにしすぎたり、捨て身での攻撃をしたりしないのは個体として完成された身体機能を維持するためだろう。君主も含めて他の側近達も戦闘の最中に不定形に戻ったりはしないようだが――。


 回避そのままの勢いで後方に回転したかと思えば、前触れもなく砲弾のような勢いで最短距離を走る貫手を見舞ってくる。皮一枚を斬り割くような位置を身体ごと飛び込むような刺突が通り過ぎる。首を傾けてぎりぎりを避けてすれ違いざまにウロボロスを跳ね上げて胴体に一撃を加える。


 まただ。手応えがおかしい。何かしら特殊な防御フィールドを展開しているな?


 枯れ枝の翼が火花を纏い、拡散させるような軌道で黒紫色の呪法弾が放たれた。

 簡易呪法生物。恨みや怒りを叫ぶような咆哮を響かせて、恐竜の頭部のようなオーラの塊が四方八方から迫る。自律型の誘導弾だ。相手に向かって個々の判断で飛んで、喰らい付くというもの。


 直接的な呪法が阻害されて効果を発揮しない。ならば物理的な破壊を伴う呪法を用意するというのは正しい。


 こちらも呪法弾を放って対抗する。喰らい付こうと大口を開けた呪法生物を、氷の散弾で迎え撃てば爆発が起こった。

 君主の放った呪法弾は自爆型か。防御能力に自信があるからこその選択肢だろう。


 マジックサークルを展開。ジェーラ女王の宝珠の力も借りて魔力を拡散させると同時にアルヴェリンデの結晶を周囲に配置する。

 瞬間、光芒が走って俺に向かって飛来してきた自爆型呪法生物が同時且つ瞬時に爆ぜた。爆発の余波で、キマイラコートの裾がたなびく。


 こちらの安全のためには単純な迎撃だけでは足りない。安全に破壊するならアルヴェリンデの能力が適している。


 こちらが新たな手札を見せたことに君主は笑みを深くした。また別種の呪法生物を随伴させるように空中に浮かべ、そこから弾幕を放つ。弾幕を放ちながら急旋回して速度を上げていく。


 肉弾戦から射撃戦、機動戦へと形を変えたのが伝わってきた。

 こちらの手の内を引き出して己の糧としたいのだろう。この場での再現ができなくとも、後に己の力とできると。構わない。こちらも君主に感じている諸々の違和感の正体を暴きたいのだから。


 魔力光推進。爆発的な加速での高速機動戦。奴の展開した呪法の銃座から放たれる光弾も、また呪力を宿したものだ。弾幕の間に身体を置くように回避しながらアルヴェリンデの閃光を放ち、呪法弾を撃ち落として、立体的な光の檻を瞬間的に構築して切り込んでいく。


 高速機動しながら弾幕の展開。すれ違いざまの攻防。弾幕と反射する光の檻とが飛び交う中で交差の瞬間に火花を散らす。恐らく、ミラージュボディも短距離転移も呪力のセンサーがある以上はおおよその位置を特定されてしまう。効果は薄いだろう。

 それでも、やりようはある。瞬間的な攻防の中で、手足や身体をミラージュボディで分裂させたり光学と隠蔽術で本物の手足を消して、動きそのものを感知能力的に幻惑するというやり方だ。


 見て反応できるならば相反する方向から択一の攻撃を受けてしまう。何度も通用はしないだろうが――。


 やはり。攻撃を当てても不自然な感触でダメージになっている気がしない。ザナエルクのように、ダメージを肩代わりさせるような術式を使っているとするならば、そのツケはどこに回す?


 答えは簡単だ。忌むべきもの達に限って言うならば、ザナエルクの使っていた高等呪法でなくともいい。

 全であり個である忌むべきもの達ならばできる。自身の別動隊が肩代わりすればいいのだ。即ち分散している別個体。或いは集合体の一部がダメージを肩代わりするというような。


 これをまともな手段で倒そうと思うならば、この戦場にいる全ての忌むべきもの達を破壊できる威力や範囲、回数の試行が必要となってくる。高等階級の大魔法ですら討ち漏らしなく滅ぼすのは難しい。大技を使って殺し切れなければ、その後君主の反撃で敗れる可能性が高い。


 殺し切るのは難しい。

 それも、あくまでまともな手段で戦うならばだが。


 奴の攻撃の中から呪力規模の小さいものを一つ選んで、敢えて弱めに展開したシールドを貫通させて受け止める。


 威力の相殺だけはしているが、左腕にスパークがまとわりつき激痛が走った。敢えて奴の呪法を受けた形だ。損傷ではなく、強烈な痛みを与える呪法。攻撃が掠っただけでもこちらの意識集中を阻害できるという術だろう。対生物の術としては正しい。確実に効力を発揮する呪法の効果としても有効だ。


 ――が。牙を剥くように笑って、お構いなしに君主に切り込んでいく。


「行くぞ」


 攻防の最中で呪法そのものを隔離された魔力領域に追いやり、意識から左腕の感覚を切り離して遮断する。感覚を一時的に麻痺させたことで生じる不利益は、魔力糸で直接操作してやればいい。さあ。これでお互いを結びつける呪法――縁は繋がった。


 繋がった縁を通じてこちらからも呪法を仕掛ける。これは予想していなかったか、一瞬、君主が目を見開いて驚愕の反応を示し、そのまま俺と切り結ぶ。そうだろうな。ザナエルク戦で得た対呪法戦闘技術なのだから。隔離して封じ込めているから、向こうから呪法の縁を切り離したくてもできない。させない。


 高速機動しながらの瞬間的な格闘戦、弾幕戦に加えて、呪法戦を平行して仕掛ける。


 呪法戦はハッキングのようなものだ。対策やメタの張り合いのいたちごっこ。呪いを撃ち込み、相手の対策に応じて術式を構築して上書きしあっていく。そうして最後に支えきれず負けた方が蓄積した歪み、呪法の効果をまともに受け止める事になる。


 こちら側からの攻撃ならば――忌むべきもの達の命に届く。だからこそ、奴らは全体に影響を及ぼす可能性のあるオルディアやエスナトゥーラとのまともな戦闘を避けている。


 相手の能力の封印。器の変質。魔力の阻害。次々と形式を変えて攻性の呪法を撃ち込み、君主の打ち込んでくる痛覚刺激、石化、腐敗、侵食といった攻性術式を防御術式で封じて切り返す。次の一手を予測して対策の対策を講じ合う。

 目に見えない、呪法の縁の間での戦い。互いに防がれて呪力の行き場が宙吊りになっているからか、あちこちに不穏な気配を放つ靄のようなものが浮かぶ。そんな空間の中で共にウロボロスを振るい、アルヴェリンデの光線を浴びせて攻撃を叩き込む。


 見てからでは回避できない光芒に身体を焼かれて、その度君主の纏う防御呪法が反応する。瞬間瞬間に発動しているものだが、解析が進めばこれも破れるはずだ。


 こちらの意図に気付いたか、君主の動きが変わる。手札を引き出すというものからもっと直接、殺しに行くための動きに。防御呪法を解いて光線そのものは肉体の頑強さで耐えるというものに。


 それはそうだ。君主の器が損傷して機能低下するのは惜しいから捨て身にはならなかったのだろうが、繋がっている部分まで全て滅ぼされるのは種としての敗北となる。呪法で繋いだパスを自分から切る事が出来なくなった以上、君主の機能維持よりも俺の排除の方が優先度も高くなってくるだろう。何せ、呪法戦で負けてしまえばどこかに保険の別動隊を残しておいても無駄だからな。


 呪法の攻勢を強めながらも殺意を剥き出しにした貫手や手刀を頭部や首、心臓目掛けて突き込んでくる。立場を入れ替えるように、近接戦闘は防御主体に立ち回る。そうしている間にウィズも支援に回り、解析を行いながら呪法対策を次々と打ち出してくれる。


 アルヴェリンデの光の術式に乗せて忌むべきもの達に効果の高そうな浄化の光に変質させて打ち込むも、お構いなしに突っ込んでくる。

 痛覚も何もないからこそ、奴の行動は質量を伴わないアルヴェリンデの術では阻害されない。全身から火花を散らしている。確実にダメージは与えているから、それでいい。


 俺の方はと言えば呪法のやり取りで左腕に負荷がかかっているが、術式が通ってしまった場合に齎す効果そのものは宙吊りになっているから、大した問題ではない。

 最初に受けた呪法は閉じ込めているので痛みは継続しているはずだが、感覚は遮断しているので負荷による痛み共々行動の阻害にならない。


 君主の魔力量は相当なものだ。集合体を支配する立場からのものだろう。それは、形は違えどもこちらも同じだ。祈りや加護の力を体外循環錬気で身の回りに纏い、力に変えて。金色の魔力を噴き上げながら物理的な戦いと、仮想的な戦いとで無数のやり取りを交わす。


 呪法戦は有利に運んでいる。覚醒能力の時間干渉がどの程度可能かは相手の規模次第で変わるが、俺自身の思考を加速する分には問題がないのだから。呪法生物のような存在にも、処理速度で追いつくことができる。


『怒りや憎しみのような負の感情が時々垣間見えていて……そこに違和感があったわ。冥精としての直感で、役に立つ情報かは分からないけれど、留意しておいて……!』


 その時だ。ドラゴニアンらしき変種の側近に勝った母さんが、違和感についてみんなに報告してくる。


 ――ああ。そうか。そうだな。

 呪法を通して繋がっているから分かる。俺を殺したくて躍起になっているから余計に。怒りや憎しみのようなものが前面に出て伝わってくるのだ。


 様々な因子と呪力で澱んだ魔力。それからその中心にある核のようなもの。負の感情は、そこからやってきているのだ。何が、核となっているというのか。


 咆哮と共に頬や肩、脇腹を掠める斬撃。切り結びながら飛び交い、核の部分についての解析を進めていく。ああ。この魔力波長。これには覚えがある。


 それに到達したと思った瞬間。奴にもそれが伝わったのだろう。

 目を見開き、膨大な魔力が膨れ上がる。代わりに集合体からごっそりと魔力が奪われた。他の側近達のように欠片を引っ張ってくるという過程すら必要ない。君主が特別な個体であるからこそできる芸当。晒してしまえば本当に後のない手札だ。


 全身から凄まじい余剰魔力の火花を散らして、一瞬身体を小さく折り畳んだ君主が、俺を見据える。避けない。呪法で繋がっている以上転移しても無意味だし、大技を撃ってくるならば、誰にも被害の及ばないこの高度、この位置で受けて立つべきだ。奴にとっては俺だけが排除の対象であり、他を狙う理由がない。


 こちらもまた、練り上げた魔力を一気に開放する。こちらがマジックサークルを展開すれば、奴は身体を大きく広げると同時に咆哮して高めた力を解放する。


「来いッ!」


 全身で放つ巨大な暗黒の砲弾。呪力の濁流を――分解術式で受ける。

 巨大な奔流の中に呑まれながら、分解術式を盾のように展開させて放出。振動と轟音。暗黒の濁流の中で、俺の姿が見えなくなっても呪法の縁が繋がっているから生きているという事が分かるのだろう。


 咆哮しながら拡散していた濁流を俺目掛けて集束させてくる。


「おおぉおぉおおッ!」

「ゴオオオアアアアッ!」


 互いの咆哮が重なる。攻めているのは奴。受けているのは俺という構図に見えて、実際は逆だ。周辺に澱む呪力の物量はこちらが押している。

 呪力の砲弾と分解術式の押し合いは――拮抗している。ウロボロスを両手で握り、軋むような負荷の中で、前面に錐のような形状を構築して耐える。耐える。


 軋むような圧力。大魔法と呪法のぶつかり合いの負荷に耐えられなくなった左腕から、血がしぶく。

 それでも沢山の人達の祈りや想いに支えられているから。こんなものを核とした存在に負けはしない。負けてはやらない。みんなの祈りに背中を支えられている事を感じながら力を放出していく。術と、呪法を束ねて叩きつけていく。


 その瞬間が、やってくる。ガラスが砕けるような音と共に、呪力戦の均衡が崩れた。

 一度崩れればもう止める手段はない。互いに撒き散らかした無数の呪いが、一気に君主目掛けて流れ込む。


「ギッ――!」


 能力の封印。変身の呪いによる因子の変質。魔力の流れを阻害して術式の行使を満足にできなくする。撃ち込んだ攻性呪法のいずれもが、この状況では致命傷に近い。

 暗黒の奔流が途切れ、悶え苦しむように君主が胸のあたりを抑えて身を仰け反らせる。翼が膨れ上がって爆ぜ、身体の一部から取り込んだ因子の器官と思わせるものが生えては形を変える。身体の一部が石化して亀裂が走った。


 勝負はついた。だが、まだ。まだだ。

 先程感じた直感と予測が正しいとするならば、やらなければならない事がある。


 目を閉じて、金色の魔力を広げる。まだ繋がったままのパスを利用して、奴の内面そのものに干渉する。


「みんなッ。少しの間俺の身体を守って欲しい!」

「承知!」

「任せて下さい!」

「ええっ!」


 そんな声に見送られながら自身と対象の認識を加速させて、術式の中に入り込んでいく。

 ナヴェルの時と同じだ。対話のための空間に意識が入り込んでいく。


 みんなの祈りが取り巻く仄かに明るく輝く世界の中に巨大な暗黒の球体がある。集合体そのもの。その中心部にあるものと、もう一つの巨大な暗黒の蟠り――君主の中心にあるものは同じものだ。同じというよりは、かつて一つだったもの。


 それらは忌むべきもの達の中に呑まれて取り込まれ――いつしか年月を経て力を持って行ったのだろう。分散していたが、やがて凝り固まって君主という器を得るに至ったのだろう。


 そもそもが、おかしいのだ。本能に突き動かされての行動ならば恨みと憎しみを前面に出すより造られた目的を果たす喜びであったりするのが魔法生物や呪法生物というものだから。


 ドルトエルムの民を滅ぼし、地上の民を狩る。そうした狂暴な意志と目的意識を忌むべきもの達に与えた存在。それらが核になって君主と集合体を制御している。

 何者かの意志。残留思念。或いは怨念か。そういったものが核になっているのだ。

 では、それは一体誰か。呪法のパスを通して触れたそれは、ドラフデニアの黒き悪霊にも似ているし、ナヴェル達の魔力波長にも似ている。


 そう。かつてドルトエルム王国に反旗を翻した者。忌むべきもの達を造った領主。その因子。中心にあるそれを見据えると、対話の空間の中でそれは怨嗟の声を上げる。


 何故邪魔をするのかと、俺を責め立てるような意志が伝わってくる。王国の支配も、地上への侵攻も、全てうまくいくはずだったと、それは吠える。

 何もかも自分の言う通りにしていれば、地上すらも支配していたはずなのだ、と。禁忌などといって自分を認めない凡俗が邪魔をする、と。そんな、妄執にも似た思念が伝わってくる。


 こちらに向けて集合体が触腕を伸ばそうとするのが見える。


 集合体と君主の中心にあるものに、手を翳す。恨みや憎しみと、目的意識のようなものが集合体と君主に分離して核を成しているわけだ。結果として、戦闘機械のような集団になってしまった。


 気の毒なのは、ドルトエルムの民と造られた呪法生物達だ。領主が敗れた時点で戦う目的も理由も無くなったはずなのに止めることができず、死んだはずの者の妄念に沿って今もまだ忌むべきもの達は動き続けている。


 そんなことを続ける意味などとっくにないのに。

 沢山の魔法生物を見てきた。だから、これを看過することはできない。


 槍のような集合体の触腕が迫る。


「――自分の野望が潰えた後まで、造った子らを道具扱いして現世に縋りつくな。見苦しい」


 捉えた。ベリスティオの能力を発動させる。中心部でそれが火花を散らして、飛来した槍があらぬ方向に逸れていく。


「消えろ」


 一息に拳を握り込む。握り潰す。その瞬間。領主の怨念の断末魔の悲鳴を響かせながら仮想空間の内部が白光に包まれた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 色々と考えさせられる素晴らしい話でした。 [気になる点] 人間も死んだ人の思いに生きてる人が縛られる事は結構ありますからね。(無意識なことも含めて) 改めて思ったけ…
[良い点] 獣もKストーンに念を込めてテオを守護っている ゴルディオ○ハンマー抱えながら
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