番外1604裏 地底の決戦・6
オズグリーヴは――全体の戦況を見ながらも、タイタンベビーの支援を行う形で集合体を抑える役に回っている。
目立たない位置から岩に模した刃や槍を展開して、タイタンベビーの能力と見せかけて集合体の触腕を寸断する。
タイタンベビーは集合体本体を抑える役回りができるだろうと事前に予想されているが――それはあくまでも予想だ。忌むべきもの達の集合体が想定外の性質を持っていた場合であるとか、細かな部分で小回りが利かないために対応し切れない可能性がある。
要塞外壁に陣取ったルドヴィアも、戦場全体をその長射程に収めて援護射撃をしてくれているが、それに加えて側近達を抑えている者達の誰かが不覚を取り、転移魔法で撤退した場合。それにいずれかの仲間や部隊が崩れてしまった場合。そうした状況で広範囲に渡って同時対応できるのは仲間達の中でもオズグリーヴだけだ。
だから、テオドールを除けば最も対応力のあるオズグリーヴが側近達への対応から外れ、代わりにリサが側近達の内、一体の対応を志願した形である。
本人は煙の鎧を纏いつつも隠形符で姿を隠し、戦場やタイタンベビーの身体に薄く煙を広げて状況を把握している。
地中という戦場があるので完璧にとは言えないが、そこはコルリスやアンバー、ゲンライといった面々やトルビットを信頼するべきなのだろう。把握できる範囲。手の届く範囲で、為すべきことを為す。
「そこか――」
戦場のあちこちで同様に岩を模した錐のような一撃を発生させて、倒れたドルトエルムの武官に追撃しようとした忌むべきもの達を吹き飛ばした。
「大丈夫か!?」
「はっ、はい! まだまだいけます! 助かりました!」
仲間に助け起こされた武官は、味方の方を向いて言いながらも、その実はオズグリーヴに感謝の言葉を口にしていた。タイタンベビーもだ。こちらがフォローに動けば咆哮を上げるようにして感謝を伝えてくる。
「ふむ。ここからは少し移動した方が良いか」
オズグリーヴは武官の無事を見届けると静かに言って、飛来してくる忌むべきもの達の一団を避けるようにシールドを蹴って跳躍する。
仮に自分の存在や煙の能力が把握されてしまうならば、敵の動きにも変化が生じるだろう。それを見逃さないようにしなければならない。
発覚しないように移動しながらも戦場全体を見て対応するのは気を遣う作業ではあったが……それでも共に戦う仲間を守るというのは、言うまでもなく重要な役回りだ。隠れ里の者達を守ってきたために、そういった戦いにも慣れてはいるが。
力と自由を渇望し、盟主と共に地底の故郷から外に出て魔人と恐れられた自分が、今こうして地底で仲間のために力を振るい、感謝の言葉を受けている。中々に因果なものだと小さく笑う。だが、悪い気はしない。感謝の気持ちを受けることで、いくらでも力が湧いてくるような気がした。これもまた解呪の効果かも知れない。
そう思いながらもオズグリーヴは、共に戦場で肩を並べて戦う仲間達を守るために力を振るう。
白く輝く聖炎を纏い、リサがドラゴニアン原種に突っかける。精霊としての在り方、戦い方にコツを掴んだからか、突進の速度も魔力の規模も先程までとはケタが違う。
ドラゴニアン原種は魔力を宿した両の爪を更に長大に伸ばし、双剣のように展開するとそのままリサと激突。杖に纏った聖炎と魔力爪がぶつかり合って火花を散らす。
杖に炎を宿らせて激突したかと思えば、両端で燃え盛る聖炎の片方が大鎌に変化した。
リサが半身引く動作に合わせ、ドラゴニアン原種の後方から大鎌の刃が引き切るように迫る。身を屈めて回避。下から伸びあがるように斬撃を見舞えばリサが翼をはためかせる。聖炎が連動するようにドラゴニアン原種の斬撃を遮断するように動いた。
聖炎は忌むべきもの達の魔力と相殺し合うような関係。杖という実体が伴っていなくても防壁としても機能する。
それによって攻撃も弾かれる。が、ドラゴニアン原種は退かない。
リサもだ。そのままの距離での至近戦。ドラゴニアンの刺突を半身になって躱し、杖を半ばから回転させて打ち下ろしを見舞う。
切り上げて受け止め、勢いに乗せた尾の一撃を振るえば聖炎とぶつかり合う。
ドラゴニアン原種もまた全身に魔力を漲らせている。全身に聖炎を纏うリサに対抗するならば、そうしなければ近付くこともままならないからだ。互いの纏った聖炎と魔力が相殺しあって、小さな火花が絶え間なく散る中での戦い。
刺突と斬撃。喉を狙って突き込まれた一撃を体術で回避し、脇腹を薙ぐように振るわれた一撃を杖で受け流す。引き戻す杖の動きに合わせて炎の鞭が後方から迫れば尾で打ち落とし。高速の攻防の応酬。リサの杖術はシルヴァトリア由来の由緒正しいものであり、冒険者時代の実戦で鍛え上げられたものだ。精霊としての力の引き出し方を理解してもその部分は変わらない。
同時に、テオドールの使う杖術にもその技のいくつかに面影がある。
テオドールの杖術はBFOで景久が鍛えたもので我流の部分も多々あるが、大元を辿れば平行世界のテオドールがシルヴァトリアに拉致された後に身に着けた技でもある。
だから共通した技を持っているのは当然の事だ。この世界においても、まだ幼いテオドールにリサはそれらの技を見せる機会もあった。それを――テオドールも目に焼き付けて覚えている。
だからリサは今のテオドールの杖術を見るにつけ、自分が指導したかったと思うのと同時に、共通する技を使っている事に親子や一族としての絆も感じるのだ。
そうした想いは、更にリサの精霊としての力を引き出す。受け流し、払い、打ち上げたかと思えば手元で回転させて斬撃を受け止める。
それらの杖術はテオドールのそれよりも防御が重視されたものだ。リサはバトルメイジではないから、本来は接近された場合に対処するための技術という事なのだろう。そんな流麗な杖捌きに合わせて聖炎が噴き上がり、生き物のように形を変えることで、攻防における隙を完全に埋めていた。
シルヴァトリアの杖術と、冥精の能力、性質の融合。人として身に着けた技術ではあるが祈りや想いの力として精霊の力を増幅して相乗効果を齎す。
そうして杖だけで攻防をこなしているかと思えば爪先に炎を纏い、真円を描くような蹴り上げをドラゴニアンの顎に向かって放ってみせた。
顎を僅かに掠める。ぎりぎりで反応が間に合う。皮一枚を僅かに切り裂く。空中で反転するリサに向かってドラゴニアンが踏み込んでいく。双剣と蹴り、翼、尾による矢継ぎ早の斬撃と打撃を見舞った。
常人の反射速度を遥かに凌駕するドラゴニアン原種の波状攻撃であるが――リサは退かない。打ち合う、打ち合う。
払い、弾き、刺突を繰り出せば逸らしては踏み込み、跳ね上げては薙ぎ払う。攻防が瞬時に入れ替わりまた戻ったかと思えば、受けながら攻撃を繰り出す。
回転しながら避けて払い、暴風のように爪で引き裂く動きを受け止めては炎の渦を浴びせる。
凄まじいまでの密度の攻防の中で、渦巻く聖炎は刃にも鞭にも盾にも形を変えて攻防一体の役割を果たす。
杖の打擲がドラゴニアンの肩口を捉えれば激しいスパークが散った。
聖炎は炎のようにも見えるが純粋な炎熱で焼くような性質のものではない。聖なる力で不浄なる存在を焼き焦がすというものだ。だから、ドラゴニアンの表皮が竜鱗に匹敵する強固さを持とうと意味がない。相性の悪い聖炎を受けて、ドラゴニアンは苛立たしげに声を漏らす。
至近での攻防の応酬は、リサが一歩上回った。弾かれながらもドラゴニアン原種は間合いの外から腕を振るう。
リサが目を見開きながら、反射的に身を逸らす。聖炎を貫いて黒いスパーク光を纏った小さな弾丸がその首筋を掠めて行った。
ドラゴニアン原種の鱗だ。竜種に匹敵する堅牢な鱗に魔力を込めて、徹甲弾のように撃ち出す。防御において役に立たないならば攻撃に利用すると割り切った形だ。
互いに翼をはためかせて、大きく動く。足を止めての攻撃の応酬ではリサの技術と聖炎による防御を切り崩せない。ならば鱗の弾丸も交えての機動戦闘というわけだ。
リサもまた機動戦に応じる。纏った聖炎だけで防ぎ切れないならば自身も高速戦闘をした方が回避もしやすいからだ。
手を翳せば集合体の一部が水のように流れてきて、四肢にまとわりつく。火花を散らしながらもドラゴニアンが咆哮を響かせて加速する。
一方でリサも先程より飛行速度が増している。二つの光が地底の空を飛び、ぶつかり合っては弾かれて、即座に反転しながら押し合いながらもつれるように飛んでまた弾かれる。
聖炎の火線と鱗の弾丸が飛び交い、接近して交差する一瞬一瞬に、技術と力を込めて切り結び衝撃と火花が弾ける。
鱗の弾幕の間をすり抜けるように最短距離を突き進むリサ。真っ向から飛翔してドラゴニアン原種が迎え撃つ。攻撃が交差する、と思われた瞬間に。
渦巻く聖炎を杖に纏わせたリサの一撃がまともにドラゴニアンの脇腹を捉えていた。が――ドラゴニアンは止まらない。強烈な一撃を敢えて受けながらも振り被った爪を合わせる事なく、膨大な力をそこに溜め込んでいた。目を見開いたリサが光弾を放って後方へ飛ぶ。それらの牽制すらも無視してドラゴニアンが咆哮した。
離れ際。ドラゴニアンが爪に込めた魔力を巨大な爪撃として放つ。空間ごと引き裂くような斬撃。この距離では回避できる規模の攻撃ではない。リサが膨大な聖炎の渦を全身から噴出させながらも、防御の構えを見せる。爆発が起こった。
濛々とした爆風の中に煌めきが見える。聖炎の白い輝きだ。
ドラゴニアンはその程度で仕留めきれないのを分かっていたとばかりに纏った集合体を変化させて口腔内部に呑み込んで受け止めた傷を回復させていた。つまりは――最初から強化が目的ではなかった。勝負に出る前に先に膨大な力を放出して、強化したように見せかけた形だ。
煙の中から、リサの姿が見えてくる。激突の際の爆発で吹き飛ばされたのか、間合いもかなり遠ざかっている。黒い火花が纏わりついて、ドラゴニアンの攻撃が確かに通ったことを示していた。だが。翼も髪の先端も、聖炎のように変化している。
冥精としての力を更に高めた形だ。ドラゴニアンの一撃に対しての防御手段としては正しい。反発し合う力を放出すれば、相手の攻撃を減衰させることに繋がるからだ。
リサの戦意は微塵も衰えていない。ドラゴニアンを見据えたまま聖炎渦巻く杖を槍のように構え、光の翼を大きく広げた。
それでも明らかにリサの力は先程より削られている。対峙しているドラゴニアン原種には分かる。
だからこそ油断せず、勝負を決めに行くために全身に魔力を漲らせた。自身とて回復を図ったとはいえ、決して完全に回復したわけではないのだ。それほどに打ち消し合うリサの渾身の一撃をまともに叩き込まれたダメージは大きい。
集合体の力とて、無尽蔵に使えるわけではないのだ。個体として一度形成したところに集合体からの因子を取り込んだ場合、判断能力や個体としての能力が揺らいでしまう可能性がある。強力で完成度の高い個体であれば、尚の事。
距離を取ったまま互いに魔力を高め合っていく。動いたのは、ほぼ同時。リサの全身が凄まじい聖炎を噴き上げるように纏い杖を真っ直ぐに構えて突っ込んでくる。
ドラゴニアン原種の迎え撃つ手は、竜種固有の切り札。吐息だ。四肢に余剰魔力のスパーク光を散らしながら、紫色の輝きが口腔内に膨れ上がる。
リサは――止まらない。真っ向から突撃するその姿が、纏う聖炎と広げた翼によって、巨大な光の鳥のような姿になって。
ドラゴニアン原種は絶対に避けられない距離まで引きつけて、高めた吐息を解放しようとした。その瞬間。
がくん、とドラゴニアン原種の身体が揺らいだ。もしこの時、ドラゴニアン原種が自分の姿を確認していれば。全身を内側から食い破るように、光の鎖が巻き付いているのを見ただろう。
封印術。リサの本命の一撃は、光の鳥ではない。その前に既に仕込んでいる。捨て身で攻撃を自ら受け入れた瞬間の衝撃に紛れて。そして自身を回復させようと集合体を飲み込んだ瞬間に。封印術はドラゴニアン原種の体内に確かに取り込まれた。
悪あがきの牽制のように見せかけて本体と纏う集合体の双方に打ち込んでいたのだ。捨て身の一撃を食らう事は避けられない。ならば次の接触で確実に仕留めるための、封印術の時限発火。
「受けなさい――!」
リサを迎え撃つ事も回避行動をとることもできないままで、ドラゴニアン原種は見事な手管だと賛辞を伝えるように、牙を剥いて笑った。
そうして次の刹那、光の鳥に跳ね飛ばされていた。凄まじい速度で方向転換。二度、三度と火花を弾けさせて聖なる力で焼き焦がし、木切れのように吹き飛ばす。
直上を取って、リサが頭上に掲げた杖を振り下ろせば。巨大な光の鳥がリサから離れ、ドラゴニアン原種を嘴に捕らえて、地面に向かって落ちていく。着弾と同時に巨大な聖炎の爆炎が噴き上がった。白い光の爆発。周辺にいた小さな忌むべきもの達が余波で焼き尽くされていく。
ドラゴニアン原種が焼け落ちるのを見て、リサは聖炎へと変化した髪と翼を元に戻し、目を閉じて安堵したように大きく息をつく。
精霊――冥精としてうまく力を引き出して戦う事はできた。それはいい。
その事や戦闘結果に対する安堵はある。ただ、冥精としては違和感があった。冥府に向かう魂やそういったものに違いがあるのは最初から承知している。
忌むべきもの達の宗教観がどうなっているのかは分からない。此岸彼岸の概念があるのかすら。人と接した時とはまるで違うものを感じるのだろうと思っていた。
確かに魂の在り方は通常と違っている。側近も小さな忌むべきもの達も、全体を中心とする大きな魂の一部でしかない。言うなれば個にして全という存在だ。
だというのに側近との戦いの中で冥精として僅かに感じたのは、冥府にいた時に亡者達と接していた時に伝わってきた感覚と似たものがあったのだ。
即ち、恨みや憎しみといった負の感情だ。それらが前面にあるのなら、そういう感情を宿した存在なのだと納得もしよう。
封印されていた存在なのだからそういう事もあるというのは分かる。呪力めいた不穏な魔力を持つ存在でもあるのだし。
だけれど実際に対峙してみた忌むべきもの達の大半はほとんど感情の動きがないし自身の保全にも拘っていない。高度な自意識を宿している君主や側近ならばもっと闘争心や呪法生物としての使命、本能のようなものが前面に出ているようだ。
だが――ふとした時、僅かに質の違う負の感情が垣間見えるというのは、どういう事なのか。
或いはそれが、忌むべきもの達との戦いにおいて、何かの鍵と成り得るのかも知れない。リサは君主と戦うテオドールの姿を見やり、その勝利と無事を祈りながらも、違和感の正体に思索を巡らせるのであった。