番外1604裏 地底の決戦・5
オルディアの放った光弾から距離を取りつつ、ディノサウロイドが魔力弾を応射しながら後退していく。
「またですか。こちらの性質とその危険性を、感じ取ってはいるようですね」
オルディアがわずかに眉根を寄せて言う。
先程からオルディアが距離を詰めれば詰めただけ。退けば退いただけ詰めてきて散発的な攻撃を繰り返すだけで、やる気というものが感じられない。
オルディアやエスナトゥーラと忌むべきもの達の相性を言うならば、かなり良い部類だと言えるだろう。
オルディアの能力は相手の力を逆用できるというのは忌むべきもの達の性質に近いが、発現させた能力を選択的に封じることができるという点では異なる。光弾を撃ち込むも宝石にしてそのまま撃ち返してきたオルディアは、忌むべきもの達にとっては最大限の警戒対象であった。
相手の能力を封印したり撃ち返せるというのは、場合によっては忌むべきもの達の最大の武器である解析や擬態そのものといった性質そのものに致命傷を与えることができるからだ。
だからオルディアに対しては、その性質の危険性を理解した途端、側近は特殊な能力を使う事をやめて、単純な魔力弾を主体に遅延を目的とした消極的な戦闘に移行している。
エスナトゥーラの場合も同様だ。熱と環境魔力を活動源とする忌むべきもの達にとってエスナトゥーラの持つ魔力の減衰や冷却能力の性質との相性が悪すぎる。
両者ともに、天敵のような存在。だからこそオルディアとエスナトゥーラに対しては側近と戦わせて自由にはさせないが、かといって負けはしないようにと忌むべきもの達は立ち回っている。
オルディアもエスナトゥーラも、それで構わないと思っている。1対1で側近を押さえられている状況なら、敵方の強力な戦力がドルトエルム王国側に向かう事もないからだ。
とはいえ、二人が積極的に能力を見せて解析が進んでしまうのはテオドール達にとっても拙いことではある。オルディアとエスナトゥーラの能力は、魔法生物由来であるドルトエルムの民にとっても天敵足り得るのだから。
方向性の定まっていない集合体を倒すには、恐らくテオドールによる解析や指揮が必要となるだろう。だから――テオドールと君主との戦いに決着がつくまで側近を釘付けにしておければいい。ライブラと同じ動きではあるが、このあたりは事前に立てられた戦法の一つなのであった。
――ドルトリウス王と始祖鳥が激突しては離れ、魔力の輝きを空間に残しながらもまたぶつかり合っては離れる。地底での空中戦というのもおかしな話ではあるが――空を飛べる、或いは地中での行動を得意としているというのは、それだけで大きなアドバンテージだ。
ドルトエルム王国側も忌むべきもの達も、その事を理解しているからこそ、そうした能力に特化した者は戦いの中核とされる傾向がある。
ドルトリウス王に関して言うなら、空中戦も地中戦も得意分野だ。どちらにも長時間対応できる魔力を有し、形状変化する王の手は戦いの場所を選ばない。
斧、剣、槍に棍棒。様々な武器と化した王の手がドルトリウス王を放射状に囲う。そのまま武器達を引き連れるように、本体が砲弾のように飛んだ。
同じく翼から散らした羽を周囲に随伴させて始祖鳥が飛ぶ。始祖鳥の羽は本体から離れた後も銃座、或いはそのまま相手に向かって飛ぶ弾丸のように機能する。ドルトリウス王と始祖鳥の戦い方は似ていると言えた。
武器群と羽が空中で交差。絶え間ない剣戟の音を響かせながらいくつもの火花を弾けさせ、本体同士もすれ違って剣と鉤爪の一撃をぶつけ合う。
ドルトリウス王は本体が動かないなどという事はなく、積極的に始祖鳥との近接戦闘も行う。柱型をしていて周囲に王の手を複数浮かせているから術者タイプのように見えるが、その実戦闘スタイルは魔法戦士とも言うべき白兵戦を得意としているのだ。
目の部分を狙うような鉤爪を回避しながらも大きくドルトリウス王本体が旋回してくる。重く堅いドルトリウス王本体による体当たりの薙ぎ払いを見せる。
始祖鳥は翼を交差させて障壁を展開。赤い魔力を纏う体当たりは見た目の重量以上の破壊力を有しているらしい。あっさり障壁をぶち破るが、始祖鳥は自ら後方に飛びながらそれを回避していた。
後ろに飛びながら翼と一体化している両腕を振るえば、無数の光弾がドルトリウス王に向かって放たれた。盾に変化した王の手と、本体による防壁の展開で光弾を弾き散らす。
その時には始祖鳥はもう大きく旋回してきていて、勢いを乗せたまま鉤爪で切り込んでくる。盾で受け止め、メイスが弧を描いて横から迫るが動体視力も抜きんでたものがあるらしい。皮一枚で避けると爪撃を放って離脱していく。
翼竜や始祖鳥型の側近達の機動力は凄まじいものがある。ドルトリウス王の飛行速度も劣ってはいないが、砲弾のようにやや直線的なのが特徴で、始祖鳥の方が小回りも利く。
テスディロスとランフォリンクスの機動力の違いとは、敵味方を入れ替えて逆の構図となっている。もっともテスディロスの動きが雷光じみているのは性質のようなものではあるが。
ともあれ、火力や手数はともかく、機動力という一点においてはドルトリウス王の一歩上を行かれているのは事実だ。そのせいで攻防において防御にも力を割かねばならない場面が多い。消耗を考えると、長期戦は不利だと言えた。
「中々に厄介なものだな……!」
そう言いながらもドルトリウス王の意志は微塵も揺るがない。
回避を掻い潜るように武器群による死角からの斬撃や殴打を放ち、一部の羽が始祖鳥の死角をカバーするように防御に回る。
あらぬ方向から弾幕が飛来し、それを武器群が切り裂き、叩き落として受け止めては本体に向かって切り返す。
飛翔して回避。反転して鉤爪を突き立てるような急降下。横回転しながらドルトリウス王も避けると目の部分から赤いレーザーのような光線を放つ。
僅かに始祖鳥の翼を掠めるも命中はしていない。身体を回転させるように光線を紙一重で回避すると魔力を纏う翼そのもので切りつけるように攻撃を繰り出す。防壁に斬撃が命中して火花を散らした。王の身体までは届いていない。
至近戦。両者ともに随伴させている王の手と羽と本体とで無数の攻防のやり取りを交わす。単騎の戦いでありながらもさながら軍勢同士の戦いのように、上下左右を問わず光芒が走り、スパーク光が舞い散る。ドルトリウス王も忌むべきものも、魔法生物を由来とする存在だ。攻撃と防御が極めて精密で無駄がない。
それだけに基本的なスペックや相性が重要になってくる。ドルトリウス王と始祖鳥の、相性という一点で言うなら良くはないが――。
突っ込んでくる始祖鳥が突然何かに気付いたかのように急上昇する。風を切って回転する長大な斧がドルトリウス王と始祖鳥の間に割って入っていた。
ドルトリウス王の手が変形したものではない。マクスウェルだ。突然割って入ってきたマクスウェルに、始祖鳥は用心深く一定の距離を取る。マクスウェルは弧を描いてドルトリウス王の隣にぴたりとつく。
「おお。マクスウェル殿か……!」
「友として助太刀に来た。余計な手出しだっただろうか?」
「いや。決め手に欠けて手を焼いていたところでな。正直助かる。忌むべきもの達が相手であれば一対一に拘る理由もない。王としての立場を考えれば尚更よ」
「では――我を使うと良い。持ち手から魔力供給をしてもらう事で本領を発揮できる性質なのでな」
核を明滅させて言うマクスウェルに、ドルトリウス王も「よかろう」と目を細めて笑う。
そうして――王の手がマクスウェルを掴む。
同時に始祖鳥が動いた。咆哮というよりは響き渡る鳴き声に魔力を乗せて、指向性を有する振動波として放ってきた。
別の王の手が盾となり、それを受け止める。元々が流体のような性質を宿しているから、本体やマクスウェルはともかく、王の手には振動波の効果も薄い。
それを見て取ると始祖鳥は高速飛行しながら光弾をばらまいてくる。即座には詰めず、マクスウェルの能力を見てからという慎重策なのだろう。
その対応に、ドルトリウス王とマクスウェルが不敵に笑う。ドルトリウス王もまた、マクスウェルの戦い方は把握済みだ。
王の手を一部変形させて、マクスウェルを握る手と自分の身体を連結するように巻き付けると、魔力供給を行う。
「行くぞ――!」
「応ッ!」
磁力線の展開と共にドルトリウス王とマクスウェルが飛んだ。小回りという点で言うなら、マクスウェルの磁力線による飛翔の方が融通も利く。
といってもマクスウェルは武器だ。持ち手の意志に従い、サポートするのが自分の領分と心得ているし、魔道具である武器としての性質から持ち手や操り手の魔力を受けて、その凡その意志を読み取り動く。
それを理解しているドルトリウス王は、握るマクスウェルに魔力供給と共に意志を伝え、マクスウェルが飛びやすいように飛行術とレビテーションを用いて補助を行う。
次の瞬間。猛烈な速度で二人が飛んだ。
始祖鳥は一定の距離を取るように本体と羽からなる立体的な弾幕を展開するも、前のようにはいかない。直線的な距離を詰めるのはドルトリウス王が。細部はマクスウェルが行えばいい。磁力線で鋭角に軌道を変えると、マクスウェルが影さえ留めないような速度で打ち込まれる。
始祖鳥も初動を見て避ける視野角の広さと動体視力を持つが――。その軌道が空中で複雑に変化する。変形する王の手と磁力線斬撃の相性も良いと言えよう。通常では有り得ない斬撃の軌道変化に、始祖鳥はぎりぎりで後方に飛ぶも、脇腹を浅く斬り裂かれていた。
踏み込むように飛ぶ。距離は離さない。離れない。
始祖鳥も――魔力の伸びたところに斬撃が来るというのはすぐに気付いていた。それを感知することもできる。だが――。
その軌道展開が複雑すぎる。その上マクスウェルとドルトリウス王の意図が全く読めない。魔法生物由来の、精密機械のような無駄のない動きでも尚対応しきれない。
それもそのはずだ。マクスウェルに意図などない。元々が未来予知能力を持つザラディに対抗するために作られたシステムで、いくつも魔力線を伸ばして攻撃寸前まで本命を決めず、乱数で選んだ斬撃を繰り出せるようになっている。刃筋を立てたまま軌道が複雑に変化して、読むことができない。
始祖鳥が手数と防御手段を増やして尚、複雑怪奇な斬撃の嵐。磁力で加速する暴風のような刃圏に対して、まともに切り結ぶことができない。
かといって防御が甘いのかと言えばそれは違う。マクスウェルが攻撃を担当することで、ドルトリウス王は防御に集中できるからだ。立体弾幕を展開して王を狙おうがマクスウェルを狙おうが、盾や武器に変化させた王の手が正確無比に撃ち落としてくる。
距離を離そうとしても磁力線で追随してきて――凌いではいるが回避しきれない。幾度か浅く斬り裂かれ、それでも戦いの形を維持できるのは、忌むべきもの達がまともな生物ではないからだ。痛みも感じなければ多少の手傷で出血して弱まることもない。
始祖鳥が退きながらも鳴き声を上げるとその身の周りに集合体の一部が飛来する。
そのまま、それを自身の身体の周りに六角形のシールド状に浮遊させてマクスウェルと切り結ぶ。ランフォリンクスのように属性を付与するのではなく、武器や防具としての運用だ。
手数には手数。防御面の強化によって対抗しながらも、浮かぶシールドでマクスウェルの斬撃を受け止めて光弾を放てば、ドルトリウス王も赤い光弾を放ってそれを撃ち落とす。
近距離戦での爆発。互いに爆風を突き抜けて飛び回りながら更に切り結ぶ。光弾を王の手が弾き、マクスウェルの斬撃を集合体の防壁が阻み。
攻防の中で引き裂くように放たれる鉤爪を、斬って落とそうとマクスウェルが軌道を変える。翼をはためかせて身体ごと上に飛んで光弾を放つ。
追う。弾幕の中に飛び込むように突き進んで、すり抜けながらも始祖鳥に追いつく。魔力の輝きと共にマクスウェルがスパーク光を纏った。
電磁加速の斬撃。本命の一撃。回避しきれないと判断した始祖鳥が盾を構え――お構いなしにマクスウェルの一撃が叩き込まれた。斬撃を受け止めながらも盾が変形し、始祖鳥自身も翼を交差させるようにして盾ごと斬撃を受け止める。
勢いを殺せず、身体ごと流される。流されながらも始祖鳥も生物離れした動きを見せた。
大きく息を吸い込むような仕草を見せると、始祖鳥はそこから特大の振動波をドルトリウス王に放つ。相手がドルトエルムの王と見ての捨て身での相打ち狙いだ。
避けないのか避けられなかったのか。ドルトリウス王がそれにまともに飲み込まれる。その体表に罅が入って――そうして砕けた。始祖鳥が目を見開く。
中身が空洞だったからだ。砕け散った破片が変形すると、四方八方からドリル状に変形して始祖鳥に突っ込んでくる。
それを防壁で受け止めた瞬間に。始祖鳥の動きが止まる。四方八方から押されて身体を固定された形。
そこに錐揉み状に回転して赤い火花を放ちながら、ドルトリウス王本体が砲弾のように突っ込んでくる。
ドルトリウス王は――本体がマクスウェルと一緒にいなければならないわけではない。王の手で握ってさえいれば魔力供給は十分にできるのだから。王の手の変形で表面だけ偽装した本体を残し、隠形符や幻術で別の場所に移動。そこからマクスウェルと王の手で始祖鳥の動きを止めたら、自らが本命の一撃となる。
咆哮する始祖鳥がドルトリウス王本体を羽の弾幕で迎え撃つ。しかしそんなものでどうにかできる威力ではない。光弾を避けない。ナヴェルの防御術式がドルトリウス王やマクスウェルを守るように展開されていたからだ。
「受けよッ!」
気合の声と共にドルトリウス王の尖った先端が防壁を展開した始祖鳥に激突する。
赤い火花を突き抜けた空間に残して。ドルトリウス王の突撃は始祖鳥の身体に防壁ごと大穴を空けていた。




