番外1604裏 地底の決戦・3
「さあ、行きましょうか」
ライブラが要塞正門直上の外壁に立って錫杖を正面に構え、マジックサークルを展開すれば巨大な魔法陣と共にそこから岩の巨人が出てくる。
ドリスコル公爵家の祖先――ワグナーが契約してライブラが引き継いだ魔物の一体でタイタンベビーと言われる種族だ。
ワグナーが契約していた魔物達は――今はそれぞれが強力な魔物に成長している。海底や岩山の中といった居心地の良い秘境にて、一帯の主として君臨していたり、精霊達と共にのんびりとした暮らしをしているが、ワグナーと契約し、共に行動して逞しく成長したという背景もあり、今もその縁を大事にしている。
タイタンベビーもそんな契約魔物の内の一体だ。ワグナーの契約した魔物の中でもオールドトレント以上のケタ違いのタフネスを誇り、多少の攻撃は物ともしない。それもそのはずで見た目は巨人ではあるが、その実は鎧のように岩を纏い、際限なく身体を大きくできるという性質を持っている。外見は岩の巨人と見紛うばかりだが、本体はもっと小さく、ライブラの頭部ぐらいの大きさしかない。
轟くような低い咆哮を響かせると、集合体に向かって攻撃を繰り出す。
集合体は――結界壁に触腕を伸ばすようにして、どうにか干渉の手段を探しているといった様子だった。干渉しようとしている触腕に向かって手刀を振り下ろしてその行動を阻害する。
集合体もまた、タイタンベビーの行動を阻害するように触腕を伸ばして対抗する。タイタンベビーを排除しなければ解析や干渉も満足に進められないからだ。
今展開している結界が長期間維持できる性質のものではないと、忌むべきもの達が気付いているにしろいないにしろ未知の術式に対しての解析や学習を行ってくることは想定されている。
だからこそ、ライブラも敵の性質に合わせた召喚を行った。
普通の魔物であれば集合体がその因子を読み取る事もできよう。化石から因子を取り込んで再現していることを考えれば、無機物系の魔物でも懸念が伴う。
しかしタイタンベビーならば集合体への接触にも耐えうる。分厚い鎧に身を包んでいるようなものだから。
集合体の触腕がタイタンベビーの鎧に触れると、干渉の火花が散った。岩の鎧といっても全てがタイタンベビーの支配下にある。巨人のように見えるのは、単純に身に纏っているのではなく統制下にあるからだ。そこに干渉しようとすれば結果として反発の現象が起こる。
後は統制力をぶつけ合うようなものだ。タイタンベビーが維持し、集合体が干渉と侵食をしようとする。同時に結界への干渉と分析をしようとする集合体への阻害を行いながらの戦いとなる。
それでいい、とライブラもタイタンベビーも思う。時間稼ぎこそが二人の思惑であるから。月女神の加護もあって、そう一朝一夕に解析される事もない。タイタンベビーとしても侵食で押し負け始めるような事があれば大事を取って合図を送り、撤退するだけだ。
ライブラにはワグナーの友人達がついている。二の矢、三の矢はあるのだから。
「私の役割はこのままここで戦況を見ながら時間稼ぎするだけですし要塞に残っている方々も支援してくれます。護衛は大丈夫だと思いますので、他の方達の加勢に行ってあげてください」
ライブラが言うと、傍らに浮かんだマクスウェルが頷く。
「では行ってくる。ライブラも無理はしないように」
「私が迂闊な事をしては、ワグナーの友人の撤退が上手くいかなくなりますからね。大事を取ります」
「我らも要塞の守りとライブラ殿の護衛をしっかりとこなしてみせます!」
そんなライブラや武官達の返答に、マクスウェルは、笑って応じる代わりに核を明滅させる。そうして戦場へと一直線に突っ込んでいった。
他の魔法生物仲間――ヴィアムスやカストルムはと言えば、手傷を受けた味方が要塞に撤退するのを支援する遊撃役を買って出ている。戦場を俯瞰した上で縦横に飛び回ったり、巨大な拳を砲弾のように撃ち込んで暴れ回っているようだ。
テスディロス達やリサ、ドルトリウス王が側近達を抑えているから、ヴィアムス達も自由に動ける。ドルトエルムの将兵達にドルトリウス王は命を落とさないようにといったが、注ぎ込んだ戦力や忌むべきもの達の性質から考えれば、この一戦が興亡を左右するものであるというのは間違いない。いざとなれば将兵達は命を惜しむことがないからこそ、王もそれに言及したのだ。
ならばこそ……ドルトエルム王国の損害を可能な限り減らした上で勝つ事が、ライブラ達魔法生物組にとっての勝利だ。テオドールもきっとそれを望んでいるし、だから協力しているのだろうと、ライブラはそう思う。
戦場に出たリサが対峙したのは――側近の内の一体だ。ディノサウロイドの一種なのであろうが、テオドールが見れば自分の知る恐竜達とはまた姿形が違う、と評するだろう。
恐竜とも竜とも、それらの亜人種とも言い切れない。始祖鳥のそれらと違い、前脚と翼が別々のものとして存在しているからだ。やや前傾した獣じみた姿勢ではあるが前脚の関節も自由度の高い発達をしているように見える。
竜種や恐竜、ドラゴニアンやディノサウロイドに共通の祖先がいるとするのならば、こんな姿なのだろうかと思わせる佇まいをしていた。
ドラゴニアン原種。分岐点でもあるために曖昧ではあるが、分類するならばそういった位置づけになるのだろう。こういった種が実際にいたのか、忌むべきもの達が因子を組み合わせて産み出したのかは分からないが。
魔力を纏わせた光の剣を構えるリサに、ドラゴニアン原種はお構いなしに突っかけてきた。両の爪に魔力を宿して双剣のように展開すると、リサの光剣と猛烈な勢いで切り結ぶ。双方が翼をはためかせ、斬撃を応酬しながら空を飛ぶ。
光剣の輝きと双剣の黒紫色の魔力がすれ違いざまに弾けて、空中に花咲くように煌めきが飛び散った。
翼で飛ぶのはリサとて慣れている。生前から魔法で翼を構築して飛翔する術式を好んで使っており、それを使った戦闘訓練や実戦経験も積んでいたからだ。
その飛行能力や空中戦での攻防はドラゴニアン原種の空中機動に見劣りするものではない。冥精になってからは無理な慣性を受けても影響が小さくなったから、尚の事だ。現世に顕現している間は物理的な影響も多少受けてしまうので全く無視できるというわけではないけれど。
テオドール方式の空中戦も取り入れ、シールドを蹴って鋭角に反射する動きも混ぜながら斬撃と斬撃をぶつけ合う。
ドラゴニアン原種が一瞬後ろに下がりながら翼を大きくはためかせれば、三日月型の斬撃波が複数放たれ大きく弧を描く。本体は最短距離を真っ直ぐに突進。
斬撃波が回避するための空間を埋めるように時間差で飛来する。リサは――避けない。光の剣を構えたまま翼を広げれば、周囲に白い炎がいくつも瞬いて、斬撃波とぶつかり合って相殺、正面のドラゴニアンが繰り出す斬撃を迎え撃った。
聖炎。聖なる属性を宿す天使の火球だ。術式というよりは能力に近く、マジックサークルすら必要としない。意識を向けるだけで発生させることができる。
切り結んで互いに弾かれた瞬間に。リサは追撃をしようとするように一瞬光剣を握っていない方の腕を振りかぶりマジックサークルを展開しそうになって、自嘲気味に笑った。
「人だった頃の癖や戦い方が――まだ抜けていないわね」
そのまま腕を振りぬけば聖炎が扇状に放たれる。ドラゴニアン原種といっても忌むべきもの達の再現だ。アンデッドの類ではないが呪いのような負の力を宿す存在であるため、聖炎は効果が高い。が、逆に忌むべきもの達の魔力もまたリサに大きな効果を発揮するということだ。互いを打ち消し合う相容れる事のない相性は――結局正面からの力のぶつかり合いに帰結する。
それを理解すると、リサは更に戦いの中に没入していく。一度形勢が傾けば巻き返すのが難しいという事だからだ。細かな攻防一つ一つに集中しなければならない。
扇状に放たれた聖炎を真っ向から飛び超えて、ドラゴニアン原種が迫る。猛烈な速度の打ち込みを受け流すように避け、リサが即座に反撃を繰り出す。
回転しながらの回避に、魔力を込めた尻尾の一撃が遅れてついてくる。風を切る一撃を避けて杖を跳ね上げれば、ドラゴニアンもまた上へと飛びながら爪を振るい、空間ごと引き裂くような斬撃波を飛ばしてくる。聖炎で相殺して爆風の中をリサが突き抜けて迫る。
平行して飛翔しながら切り結ぶ。
単純な斬撃の応酬においてはリーチでリサに分があり、間合いに入ってからはドラゴニアン原種の小回りに利がある。それは先程までの攻防でお互い先刻承知だ。
リサの一撃を受け止めるとドラゴニアン原種は半身になりながら踏み込んでくる。
下から腹部を抉るような軌道で放たれる爪の刺突を紙一重で避け、至近から聖炎を放てば、ドラゴニアンは黒紫の魔力障壁を纏って相殺。
リサの魔法の剣も、纏っていた光が燃え上がるように聖炎に変化する。
光の術式による剣と違い、聖炎がリサ本人を焼くことはない。そして術式を介さず、意識のみで聖炎の形を変えられる。つまり――杖の全体に聖炎を宿し、手数や小回りに対し、シルヴァトリア式の杖術による小回りで対抗ができるということだ。
螺旋状にもつれ合うように高度を上げながらも、聖炎の打撃と黒い魔力の斬撃が幾重にもぶつかり合う。
膂力――力の込め方も人とは違う、とリサは攻防に集中しながらも意識の片隅で感じ取る。
現世に顕現しているからそちらの法則に引き摺られるせいで、人と同じようにしていたら人と同じようにしか戦えない。それが人として当たり前の感覚であったから、違和感もなかったのだ。
同じ冥精という区分であっても、肉体という器を持っているヘルヴォルテと、顕現している自分はまた違う。精霊になったのだから、精霊としての戦い方というものがある。
それをリサに教えられる者は、いない。デュラハンやリヴェイラ、ベル女王を含めた冥府の冥精も、ティエーラ達現世の精霊達も。生まれた時から精霊であるからそんなことを意識したことすらない。
人として生まれて冥精となり、現世に顕現した事例など、リサの身の回りには当人しかいない。
或いは幽体としての活動が長ければその経験も活きたのかも知れないが、リサは幽体であった頃もほとんど動くことなく、イシュトルムの能力を封じる事に注力していた。
だが――。そんな中でも得られたものというのはある。自分を追憶してくれる人達の想いというのは力になっていたけれど、その人達を想う時、力を与えられるだけでなく自分の内からも力が湧いてきたのだ。
それが自身の精霊としての在り方なのだろうと、リサはそう、思う。
膂力で勝ると見て取ったか、ドラゴニアンは双剣のような魔力の爪を交差させるように斬撃を放ち、聖炎に魔力をぶつけてリサの杖ごと押し込んでくる。リサの背後に集合体のある位置関係だ。後方に下がれば集合体の支援なりを見込めると踏んでの事だろう。ここまでの攻防で、膂力や反射神経といった生物的な部分ではドラゴニアンが勝り、戦闘技術ではリサが勝るというのが分かっている。だから強引ではあっても効果的だ。
しかし、押し切れない。拮抗している。
リサは――もう、腕に力を込めるというようなことをしていない。
ただ、想っているだけだ。周囲に満ちる力に応えたいと。
自分達を心配する気持ち。平和への想い。それらは祈りとしてこの場に集まっている。応えたいという想いを祈りに向ければ向けただけ、同調すればするだけ、呼応するように自身の精霊としての力が活性化していくのが分かる。
「ああ――。こういう事」
次の瞬間、白く輝く聖炎が勢いを増してリサの全身から噴き上がる。
ドラゴニアンは獣の反射神経で渦巻く聖炎から飛び退る。だがリサからの追撃は、ない。
ただ佇むように、ゆっくりと翼をはためかせていた。ドラゴニアンに視線を向けると同時に、渦巻く聖炎を杖だけでなく四肢や翼に纏う。
力の増大を感じて――ドラゴニアンは一瞬目を見開いた後で、好戦的に笑った。それに呼応するように、全身から黒い魔力が噴き上がる。
「行くわ」
リサが静かに口を開き――次の瞬間、静止していた両者が同時に動いた。凄まじい速度で互いに真正面から突っ込み、真正面から激突して大きなスパーク光を散らすのであった。