番外1604裏 地底の決戦・1
隊列を組んだドルトエルムの武官達、術士達が気合の声を共に突っ込んでいく。迎え撃つのは忌むべきもの達だ。
忌むべきもの達が黒い魔力弾を放てば、隊列後方の術士達が前面に防壁を展開する。大型の恐竜が迎え撃つように突っ込んでいくが、要塞外部にまで出てきた射撃班が光弾を放てば、恐竜の突進を妨げるように光壁が空間に展開される。
光壁はあくまで遠隔から大型の敵の動きを阻害する目的であるから大雑把なものだ。大型の敵以外には役に立たないが――これも忌むべきもの達と戦い続けてきたドルトエルムの戦略でもある。隙間から小型、中型の古代生物の群れがすり抜けて――互いに勢いを殺さぬまま魔力の輝きを宿した武官達が、古代生物達が激突した。
互いに陣形は組んでいるが、大きさも性質も不揃いで、戦いの場は空中、地上、地中を問わずだ。あっという間に混戦となる。
爪や牙、尻尾や体表の棘に魔力を宿し、魔法槍と切り結ぶ。空中や地中から魔力弾が飛び交い、潜行したかと思えば空中に飛び出して斬撃と爪撃を応酬する。
防壁と応射とでいくつもの光芒が戦場のあちこちで閃き、爆発して火花を散らす。
互いに何度も戦いの歴史を重ねてきたから、防御術式をすり抜けるものもあれば、既に次の動きを読んでいるというような動きも随所に見られた。人型でない雑多な古代生物達の特殊な動きも、先手を読んで行動しているといった様子だ。
それでも小型のものや空中、地上、地中の戦力が入り乱れる戦いだ。対応しきれない攻撃、すり抜けてしまう敵や攻撃というのは、どうしても出てしまう。
武官が切り結んでいるその最中に――大型犬程ある大きさのウミサソリが地中から浮上してくる。尾が持ち上がり、そこから一人の武官に横合いから紫色の魔力弾を打ち放った。
「くっ!」
咄嗟に魔力を込めた裏拳でそれを迎撃しようとするが――それが不十分な対応であるのは武官の焦った声から明らかだ。
ぶつかるというその瞬間になって、煌めく月女神の加護、祝福が武官の身体を包む。紫色の弾と武官の裏拳が激突して、紫色の弾丸の方があらぬ方向へと弾き飛ばされていく。
「これは――」
体勢を崩したところを切り結んでいた相手に押されるが、武官は大きく後ろに飛んで空中で態勢を立て直すと、驚きの声を漏らして再び突っ込んでいく。
フォレスタニアからの月女神の加護だ。クラウディアとマルレーンが中心になって、祈りを捧げ、戦場にいる者達に加護を与えている。
忌むべきもの達の特性は邪気、瘴気に近しい。それらに対しても月女神の加護は有効に働く。主に防御面での恩恵であり、戦いの趨勢において決定的なものとまではならない。
しかし忌むべきもの達が把握も予想もしていない方向からの底上げは、この局面において大きなアドバンテージとなる。
「おお……! これならば!」
武官達もその効力を実感したのか、その動きが一層勇猛果敢なものとなっていく。
「行くぞッ!」
砲弾のように錐揉み回転をしながら、ドルトリウス王が突っ込んでいく。周囲に浮かんだ球体も本体に連動するように周囲を回転し、そこから四方八方に光の剣を伸ばした。剣というよりは光線。複雑に回転しながらの斬撃ではあるが、狙いは正確無比だ。群がってきた飛行型は残らず切り裂かれて、黒い液体となって落ちていく。
「陛下ッ! そのように突出なさっては!」
「はっは! いらぬ心配よ! この状況で戦わずしてドルトエルムの王は名乗れぬわ!」
武官の声に笑って答え、ドルトリウス王は錐揉み回転を解く。そこに、アーケオプテリクス――始祖鳥に似た側近の一体が猛烈な速度で戦場を突っ切り、切り込んできた。
始祖鳥に似ているとはいっても側近クラスなのでその姿はドラゴニアンに似ている。人型に近い体形で、翼と一体化したような腕には魔力で形成した槍が握られていた。
ドルトリウス王の周囲に浮かんだ球体がまた形状を変化させた。予期していたように球体が剣や斧といった武器の形態をとったのだ。それを以って、側近を迎え撃つ。
始祖鳥が翼を振るえば、そこから巨大な魔力が斬撃波となって振り下ろされ、ドルトリウス王の制御する武器群の放つ斬撃波と空中で激突。大爆発を起こした。
ドルトリウス王の身体が魔力を纏い、さながら砲弾のように飛び回りながら始祖鳥と斬撃の応酬をする。
翼から放たれた羽根が空中に留まり、四方八方からの光弾を放つ。王の周囲に無数のマジックサークルが展開すると、防壁で光弾を弾き散らし、始祖鳥目掛けてドリルのように変形した球体が弾丸となって突き進んでいった。
レアンドル王もまた、地上から転送魔法陣で駆けつけてきたゼファードに跨り、空を縦横に飛び回りながら剣を振るっている。
グリフォンやヒポグリフの飛行能力は現存する魔物の中でも屈指だ。忌むべきもの達が模した古代の魔物にも引けをとるものではない。曲芸じみた軌道でのゼファードの飛行と、一つの生き物になったようなレアンドル王の剣技は、飛行しながら戦うための独特なものだろう。それらは共に生まれ育ち、慣れ親しんだが故のものだ。
更にレアンドル王とゼファードは工房製の空中戦用魔道具や迷宮産の装備をいくつか身に着けている。
「地底ならばこそ、空中戦で後れを取る気はせんな!」
レアンドル王は笑いながらゼファードと共に高速飛行。
向かってきた古代生物――巨大なトンボをすれ違いざまに両断していた。
レアンドル王の剣は、騎乗したまま振るってもゼファードを傷つけるような事がないよう風属性の術式と契約魔法が施された特殊なものだ。ドラフデニア王家伝来の宝剣グリフシオン。グリフォンの名を戴く魔法剣である。
自らの振るう剣の軌道や飛んできた矢、魔法が、王やグリフォンに当たるようなものなら風のフィールドで守り、逸らし、軽減する。攻防において補助的な役割を果たすものだ。
宝剣の補助があるといっても、自身達の動きでそれを発動させてしまうのはレアンドル王にとってもゼファードにとってもお互いにとっての失敗でしかない。二人で一つ。互いに合わせた飛行と体裁き。それらは長年をかけて培ってきたもので一朝一夕に成るものではない。
ゼファードの高速飛行に合わせて軌道上に合わせた敵の位置に剣を置き、闘気を以って瞬間、最小限で振るう。だからすれ違いざま交差した瞬間に一瞬だけ煌めき両断されるように切って落とされるという寸法だ。
ゼファードも鉤爪で引き裂いたかと思うと、首に装備した魔道具から氷の弾丸を放つ。足首に装着した伸縮する水晶槍を伸ばして刺突を見舞い、闘気を纏った翼で薙ぎ払う。
そうやって縦横無尽に飛び回りながら空中戦を行うレアンドル王の背中に、鞍に紐で結わえられたナヴェルがひょっこりと顔を出して杖を振るう。
空中で戦うドルトリウス王、レアンドル王とゼファード。そして地上に展開している部隊を守るように光壁が広範囲に同時展開。それらを纏めて守る。
「支障はないか、ナヴェル殿!」
「大丈夫です! この位置なら両陛下にも地上の皆にも十分に術式が届きます!」
「我らの挙動は? 問題ないか?」
「お伝えした通り、私達は高速移動にも耐性があります! まだまだ問題ありません!」
「よかろうッ!」
そんなナヴェルの声に応えるように、古代生物の群れに包囲されそうになったところでゼファードは風を纏って慣性を無視した挙動で急上昇する。追随してくる古代生物達を高空に引きつけたところから、嘲笑うように複雑な軌道を描き、弾幕をすり抜けて一気に高度を下げる。振り向きざまに水晶槍で貫き、ゼファードは満足そうな声を上げた。
「心強い事だ! あれが本調子のナヴェル殿というわけか!」
「レアンドル陛下の守りが堅いのは良い事です!」
ルトガーに向かって放たれた弾幕が、ナヴェルの展開した防御フィールドによって防がれる。ルトガーは笑いながらマジックシールドを蹴って、恐竜に切り込んでいった。
その後方にペトラ。ディフェンスフィールドを展開し、ドラフデニアとドルトエルムの武官達を守りながらも忌むべきもの達の群れと交戦をする。ルトガーは積極的にディフェンスフィールドの外に飛び出して、敵を引きつける役を担っている。
地上人を狙ってくる本能のようなものがあると、そうルトガーには感じられたからだ。
それは正しい。忌むべきもの達が作られた目的が地上への侵攻でもあったから。本懐を果たすためにルトガーに向かって集まっているのだ。
それで構わない、とルトガーは闘気を纏った大剣を振るいながら思う。自分に注目が集まれば他の面々が動きやすい。いざとなればいつでもディフェンスフィールド内に戻れば仲間が支援してくれる。ナヴェルもレアンドル王と共にいる。
後顧の憂いなくルトガーは剣を振るえる。恐竜達の体表は分厚く、堅い。爪も牙も尾も、鋭く速い。魔力を用いて術式まで使う。だからこそ――戦いの中に没入していく。
前髪を僅かにかすめる鉤爪。風圧を間近に感じながらも滑り込むように内側に入って斬撃を見舞えば、相対するラプトルは術式を使って後方へと飛ぶ。追撃はできない。同時に跳ね上がった尾の一撃が下から上へと弧を描いて薙いでいったからだ。
それでもルトガーの一閃は浅くラプトルの胸を切り裂いていた。忌むべきもの達の想像を超える一閃。
入れ替わるように別のラプトルがルトガーに向かって突進してきて――弾かれる。
横合いから殴りつけたのはペトラの作りだしたゴーレムだ。丸みを帯びた簡素なデザインだが、内部にマジックスレイブを組み込んでいて瞬間的に強化したり、ゴーレムに術式を使用させたりといった事ができる。
ドラフデニア王国の宮廷魔術師の高弟にして、天才魔術師。それがペトラのドラフデニアでの評価だ。
そんなペトラの作り出したゴーレム達がルトガーの背中を守るようにする。
「ペトラ嬢も――頼もしい事だな」
ルトガーはラプトル達に囲まれながらも、そう言って不敵に笑うのであった。