番外1603 大結界の中で
結界の展開を察知した君主の動きは迅速だった。腕を横に振れば、それに反応するように側近達が何体か、飛び出してきたトンネルに向かって突撃する。
その爪に禍々しい魔力の輝きの尾を引きながら結界壁に叩きつける。だが……無駄だ。爪を立てた部分に火花が何条か重なって、消える。結界の防壁はそのまま残っている。
土地の主たるドルトリウス王と契約し、パルテニアラやみんなが立会人として構築した積層型魔法陣だ。
しかも魔法、呪法、仙術といった技術体系を組み合わせた複合術式の結界である。生半可な事では破れない。集合体からも枝が伸びるが火花を放って弾かれていた。
力による破壊も、封印侵食と同様の術式も通用しない。但し、土地からも力の供給を受けているので封印の同時発動はできない。
とはいえ忌むべきもの達が土地から魔力を吸い上げようとしても結界への妨害とみなされて阻害されるから、一長一短ではある。中長期を想定した結界ではないから、戦いで決着をつける必要もあるしな。
大広間半ば程までしか動けなかった戦場も、広間全体で行動ができる程度には広がっているが、要塞内部までは踏み込むことはできないはずだ。要塞自体に防御陣地の役割を担ってもらえばいいだろう。
「さて――それでは行きましょうか」
「うむ。参ろうぞ」
ドルトリウス王と共に、戦場に面した壁に向かう。
「私も……魔力を回復させたらすぐに戦場に向かいます!」
ナヴェルが自分もすぐに駆け付ける、というように胸のあたりに手をやって言った。
「はい。また後程」
そんなナヴェルに笑い、中継映像で見守っているみんなにも視線を向ける。
「じゃあ、行ってくる」
『はい。お気をつけて』
『祈りと加護で支援するわ』
『いって、らっしゃい』
グレイスがオリヴィアと共に見送ってくれて、クラウディアとマルレーンが真剣な表情で言った。
『みんなや子供達と、帰りを待っているわ』
『ん。無事に帰ってきて』
『怪我人が出たら、すぐに呼んでくださいね』
イルムヒルトとシーラ。それにアシュレイも。
「うん。転送魔法陣を離れたところでも起動できるようにしてるから、すぐに帰れるしみんなも呼べる」
『子供達はわたくし達が守るわ。けれど、それならば臨機応変に動けるわね』
『ええ。必要ならいつでも駆けつけるわ』
『ベシュメルクの過去の清算でもありますから』
ローズマリーとステファニアが頷き合い、エレナが俺を真っ直ぐに見て言う。
そうしてみんなは俺の目を真っ直ぐに見たまま、力強く頷いてくれた。子供達も俺が戦いに向かう事を予期しているのかいないのか、俺を見て笑ったりしてくれる。
俺も笑ってみんなに応じる。視線を戻して頷けば、ナヴェルが俺達に潜行術式を用いてくれた。そのまま封印塔の壁面を抜けて外壁から戦場側へと出る。
結界で遮断されているので連中の魔力を直接には感じないが――臨戦態勢の皆の戦意が込められた魔力は感じる。ドルトエルムの民は精霊に近い存在だから、尚更だ。
こちらも循環錬気で練った魔力を解放して、ウロボロスに纏わせれば、余剰魔力の青白い火花が散る。ウロボロスが楽しそうに唸り声を漏らした。
こちらの姿を認めたのか、君主と、視線が合う。
反応は劇的だった。浮遊している黒い球体――集合体にいくつもの目が浮かんで、俺を一斉に見てくる。大小様々。種族もばらばら。だというのに意思統一されたそれらの目、目、目が。驚きに目を見開き、それからにたりと笑うように歪んだ。
同時に君主の口の端が上がり、声を漏らす。
……笑っているのだろう。楽しくなってきたというような。
或いは狩るべき対象……地上人を見つけたからか。こちらを敵として認めたか。
要塞の門が開け放たれ、外壁上部や防衛塔の窓に母さんやテスディロス達、レアンドル王やルトガー、ゲンライ、レイメイといった面々も姿を見せる、が――。
奴は笑ったままで、俺から視線を外そうともしない。向こうが完全に俺に狙いを定めたというのは、寧ろ望むところではあるが。
代わりに、姿を見せたみんなに側近達が唸り声を上げて警戒を示していた。
側近達は――さながらドラゴニアンのような姿だ。但し俺達の知る迷宮や魔界のドラゴニアンよりも、もう少し獣じみている。……竜というよりはもっと――様々な種類の恐竜に近い姿をしているな。
ドラゴニアンの原種というべきか。恐竜がもっと人型に近い二足歩行に進化した、ディノサウロイドというのも聞いたことがあるが……。
古代にそうした魔物がいたのか。それとも取り込んだ因子を進化させたのか。それは分からない。分からないが側近達はかなりの力を秘めているな。
要塞の正面から、武装した武官達が列を組んで出てくる。正門から出るわけではなく、壁や地下部分から潜行してすり抜けるように隊列を組んで出てくるのはドルトエルムならではか。忌むべきもの達もそうしたドルトエルムの隊列の展開の仕方を知っているというように、すぐには詰め掛けてこない。射撃班の有効射程距離の外で隊列を組んで、激突に備えているといった様子だ。
それも正解だな。結界は短期間封じ込めるためのもので、長期的な封鎖は視野に入れていない。だから、これが決戦となるのだと、向こうも理解しているし、安易に距離を詰めたりはしないのだろう。
射撃班が攻撃に加わったら、友軍を巻き込んでしまうような位置での激突が向こうにとっては望ましい。肝心な君主や側近、集合体といった面々を打ち滅ぼすには、いずれにせよ射撃班では足りない。こちらの打って出る戦力を潰せば、それは忌むべきもの達にとっての勝利を意味する。
「さて――行くか」
「取り巻きの内、一体は抑えるわ」
専用装備を身に着けたテスディロスが雷を身体に纏いながら言って、母さんも錫杖の先端に魔力の輝きを宿す。強い雷の気配と、冥精の魔力が周囲に広がる。
冥精の魔力は、冥府という言葉からイメージされるよりもずっと清廉なものだ。天使の魔力は特に。だというのに俺にとっては懐かしさを感じるもので。
覚醒氏族の面々もみんな専用装備をしっかりと身に着けて要塞のあちこちから姿を見せている。こうやってみんなや母さんと、共に肩を並べて戦えるというのは……嬉しい事だ。
感慨深いものを感じて目を閉じて天を仰ぐ。隣に浮かんでいたドルトリウス王が球体部分を変化させ、手の形にしてからそれを頭上に掲げ、声を上げた。
「親愛なる我が民よ! 信頼に足る戦友よ! 今、我らの因縁の相手との決戦の時が来た! 王国の未来はこの一戦にかかっているといっても過言ではない。総員奮起せよ! 共に未来を勝ち取るのだ! 諸君らと肩を並べて戦場に立てる事を、我は王として誇りに思う!」
ドルトリウス王の言葉に、武官達が、術士達が、魔法槍や杖を掲げて雄叫びを上げる。大広間を揺るがすような声が響いた。
「我らに未来と勝利を!」
「我らに未来と勝利を!」
ドルトリウス王の言葉に続いて、皆が同じ言葉を唱和する。
「行くぞッ!」
「おおおぉぉおッ!」
ドルトリウス王が指で前方を示すと同時に、俺やみんなも含めたドルトエルムと地上同盟全軍が鬨の声を上げて動き出す。
忌むべきもの達は――君主は俺から視線を外さぬまま三日月のような笑みを浮かべ、手を真横に伸ばしていた。全軍の動きを制するかのようだ。射撃班の射程距離を鑑みて、激突のタイミングを計っているのだろう。
そうして、頭上に手を掲げてそれを咆哮と共に振り下ろす。忌むべきもの達もまた、一斉に咆哮を上げて動き出した。
奴は俺を真っ直ぐに見据えたままで一直線に突っ込んでくる。俺も奴も。誰よりも速く戦場を突っ切って、魔力の残光を尾のように残しながら空中で激突した。
では――戦闘開始といこうか。




