番外1599 降臨と進軍と
さて――。作戦会議も一段落して、俺達のすることは一先ずこのまま警戒しつつの待機となった。
体力、魔力を温存してコンディションをベストに保つのが今俺達に求められている仕事だな。
割り当てられた部屋は地上人用に環境が整えられているので快適なものだ。宿泊用の部屋と発令所は隣接している。水晶板を持ち込んで、忌むべきもの達の監視をしつつ、身体を休められる、というわけだ。
温かい食事は士気にも繋がってくる。簡易の厨房を構築して料理を作ったりして。みんなでシチューを食べたりしながら休息と待機、監視任務を続行するというわけだ。
食事中にイルムヒルトがモニターの向こう側で休息の効果を高める呪曲を演奏してくれて、リヴェイラとセラフィナがあちらとこちらで声を合わせて歌声を響かせたりしていた。
スティーヴンやレイメイ、ゲンライ老を応援したいと、カルセドネとシトリア、ユラやリン王女といった面々も合唱、合奏に参加していたりするな。
「カルセドネとシトリアがそうやって楽しそうに歌を歌っているのを見るのは嬉しいな」
『私達も、成長してる』
『うん。音楽は楽しい』
スティーヴンの感想に頷き合うカルセドネとシトリアである。
「呪曲ですか。我らにも効果があるようですな」
「確かに、力が湧いてくるような気がします」
トルビットとナヴェルが言う。
「ドルトエルムの方々は精霊に近しい部分もありますからね」
「神楽は妖怪も心地よいと感じるものだしな」
俺がそう言うとレイメイも同意する。
「一先ず休息に関しては我らの構築した環境でも問題なさそうで何よりだ。こちらの戦力拡充も、順調と伝えておこう」
ドルトリウス王が現状を教えてくれる。
部隊配置。兵器、物資の分配等々、ドルトエルム王国側の準備も急ピッチで進んでいるようだ。転送魔法陣ではフォローしきれなかった移動中の部隊も着々と最前線に到着しているというわけだな。
ドルトエルムの武官達は俺達のように糧食がなくとも熱源と環境魔力で活動が可能なので、必要な物資も少なく、部隊展開も素早い。
後から到着した部隊は輸送部隊以外のところでは精鋭や最新鋭の魔法槍を装備している面々もいるそうで。
「王国内の魔力溜まりで危険な魔物の討伐任務についていた者達にも招集がかけられているのです」
ナヴェルが後から到着した武官達について説明してくれた。
「ふむ。腕利きなればこそ平時は別の任務についていたわけだな」
『そっちの戦力は大丈夫なのかしら?』
レアンドル王が言うとステファニアも首を傾げて尋ねる。ナヴェルは静かに頷いて答えた。
「そうですね。平時からの討伐任務でもありますし、魔力溜まり付近にはやはり防衛施設を配置していますから」
「この辺は地上の方法と共通しているところはあるな。過去に踏襲したのかも知れぬ」
と、トルビットとドルトリウス王が答えてくれた。
なるほど。忌むべきもの達以外の情勢は、とりあえず大丈夫そうだ。普段から魔力溜まり対策をしていて、一時的な措置で停止する程度ならば大きな問題にはなるまい。
「ふむ。それでは一先ず、俺達から先に仮眠に入らせてもらう」
「うん。また後で」
やがて食後の休憩や呪曲も終わり、テスディロス達から先に休憩に入っていく。入浴はできないが浄化の魔道具を使ったりすれば衛生関係は問題なしだ。
というわけでさっぱりした面々から順に仮眠を取って、交代でティアーズ達と一緒に状況を見守るという段取りになっている。
母さんやパルテニアラ、セラフィナもモニターを見ていてくれるとのことなので割と安心していられるが……こちらの想定を超えた動きをしてくる可能性もあるからな。警戒度はある程度高めに維持しておくに越したことはあるまい。
そうして――変化があったのは俺の仮眠時間がそろそろ終わろうかといった頃合いだった。
ティアーズの警戒音と共に目を覚ます。寝袋から出て状況を確認するために上体を起こすと、こちらに向かってマニピュレーターを振るティアーズと共に、母さん達が俺を見て頷く。
「おはよう。忌むべきもの達に動きがあるようね」
「おはよう。すぐに見せてもらうね」
母さんの言葉に頷き、間仕切りの向こうで身支度を整える。俺と同じタイミングで仮眠を取っていた面々も目を覚ましているようだ。
カドケウスは俺の仮眠中にモニターを見ていてくれたので、変化があった直後からの記憶を五感リンクで伝えてもらうとしよう。
記憶は――巨樹になった果実が一気に落ちていくというものだ。それまでもある程度のペースで忌むべきもの達が増えていたが……これは、攻勢に出る準備が整ったというように見える。
大小の黒い果実から生まれ落ちた忌むべきもの達は、立ち上がるとすぐさま隊列を組んで、こちら側へと続く要塞に向かって整然と並ぶ。
大小様々な古代生物達の軍勢が、訓練された軍隊よりも統一された意志のようなものに基づいて隊列を組む。今こちらの要塞前にいる斥候達の挙動と同じで、自然のそれとは明らかに違う異様なものだ。
そうして身支度を整えている間にもドルトエルムの武官達、術士達にも事態が動いているので警戒するようにと通達がいっていた。
過去の記憶を再生する速度を二倍にする事で、身支度を整えている間にリアルタイムの映像に追いつく。水晶板の前まで移動すると、また状況に変化が生じているところだった。
実を落とした巨樹の枝が末端から折れるようにして降り注いでいるという状況。太い幹にも罅が入り、俺達の見ている前で巨樹の崩壊が始まった。
「役割を終えたから、か」
「恐らくは」
パルテニアラの言葉に頷く。巨樹の上層に半身を埋めていた人型も動きを見せる。幹の崩壊と共に翼を広げ――腕を眼前で交差させ、足を折りたたむように巨樹から抜け出てくる。
そのまま巨樹のかけらが雨のように降り注ぐ中で、広場の中心にゆっくりと舞い降りた。腰部や膝に尖ったアーマーのようなパーツがついている。
少し驚いたのは、その人型が降り立つ瞬間を、見える範囲の忌むべきもの達が頭を垂れて迎えたことだ。
「全体の意識が統一されている群体みたいなものかと思っていたんだけれどね。蟻みたいな真社会性か、それとも……」
完全に崩れ落ちた巨樹のかけらは不定形の黒い液状に変化して融け合っていく。人型が頭上に手を掲げると、その背後で中空の一点に黒い液体が渦を巻くようにして集まり、球体を形作っていく。
こいつか。忌むべきもの達の中でこの人型がどんな役割を担っているのかは分からないが、単なる新種や、変わり種という枠では収まらなさそうだ。
「……やはり別格だな。この様子では複数体いるという事はなさそうだが。仮にこれを、忌むべきもの達の――君主と呼称するか」
発令所側から顔を出したドルトリウス王がモニターを見て言う。そうだな……。一先ず同格が何体もいるというわけではなさそうだというのは良い知らせではある。
そうして。忌むべきもの達の君主が俺達のいる要塞側を指し示すように指を伸ばした。それを受けて、一斉に忌むべきもの達が動き始める。
……来るか。シーカーにはこのまま連中の動き……特に君主の動きを追わせるというのが良いだろう。見つからないようにするにはかなり気を遣うが、大きな魔力なので離れていても位置を探ることはできるはずだ。
ともあれ、忌むべきもの達が本格的に動き出したのは間違いない。敵が進軍を開始したという事で、警戒態勢レベルに留まっていた人員の動きもにわかに慌ただしくなる。
防衛戦ならば……当初想定した通りに対応するだけの話だ。気合を入れて対応するとしよう。