番外1594 支配域への密偵
「さて……。地下潜行によって忌むべきもの達が結界を迂回できないように細工をする必要があります。ですので、準備段階でドルトリウス陛下と契約魔法を結ぶ事になるかと」
入口まで来たところでそう伝えると、ドルトリウス王は目を閉じて頷くような仕草を見せて応じる。
「問題はない。契約魔法の条件は後からでも細かく決められるのかな?」
「そうですね。契約不履行の効果範囲として、忌むべきもの達が引っかかるのを想定していますが誤爆は起きないようにと考えています。余計なところに影響が出ないように細かく条件を整えるのは必要ですから、後から調整できるようにしたいと思います」
「契約魔法の条件を強固にするための立ち合い役ならば任せてもらおう」
パルテニアラがそんな風に申し出てくれた。その辺、魔界の門構築で実績もあるしな。ベシュメルク式の術式による補強はかなり強固だし、余計なところで不具合が出ないようにするのもパルテニアラには十分なノウハウがある。
「頼りにしています」
「うむ。任せよ」
『ふふ』
パルテニアラはにやりと笑って応じ、水晶板の向こうでエレナやガブリエラも微笑みを見せる。
さて、では動いていこう。コルリスに目を向けるとこくんと頷き、アンバーと手を振り合う。それから俺が背中に乗りやすいようにと土魔法で鞍を作ってくれた。
「ん。助かる」
そう言ってシーカーやメダルゴーレム達が同化したブロックを手に取り、それに跨がってから隠蔽フィールドを展開。コルリスの術にて地下潜行していく。
コルリスと循環錬気。感覚を合わせることでベリルモールの探知能力に同調と強化を行う。
床に沈み込むようにして俺達は要塞の地下部分へと潜り込んだ。
封印塔は忌むべきもの達に合わせて特化したものであるため、対魔人用の結界と同じで、俺達には効果を発揮しない。なので俺やコルリス、シーカーといった面々には無反応だ。
循環錬気でコルリスに指示を出しながら、ゆっくりとした動きで地中を進んでいく。
要塞外壁下部を通って外に出た。忌むべきもの達が地中にいることも予測したが……一先ずコルリスの感知範囲内にはいないようだ。
ローズマリーから預かっている魔法の鞄の中から、ミスリル銀線と魔石粉の入った樽を取り出す。そうして地中を巡りながらそれらを張り巡らせ、結界を構築していく。一部が破壊されたり途切れたりしても補える、立体積層型の魔法陣だ。
結界も魔法、仙術、呪法を組み合わせた複合方式で相手の対策を絞らせない。壁面ではなく範囲型の結界で、完成すれば広範囲に渡って戦場を想定している空間に押し込めるような形式になるだろう。この辺は地下潜行による迂回対策だな。
その分仕掛ける範囲が広くなってしまって手間ではあるが。要塞外部の地下、要塞の下部、両側面と天井。それらの範囲に立体積層型の魔法陣を構築していく。
そうして結界構築をしていくその中で……少しやっておくべきことがある。魔法陣が機能する段階になったところで更に防備を厚くしていくわけだ。
ある程度の完成度を見計らってから、忌むべきもの達の斥候に近付いていく。シーカーを向かわせる前に、魔力波長を感じ取っておきたい。
ナヴェルの遭遇した人型もいるからデータとしては完全ではないが、サンプルは多ければ多い程対策を練りやすくなるからな。
探知能力や隠蔽術に集中して他に隠れている個体がいないか、相手に察知されないかに細心の注意を払いながらも、トンネル付近にいる斥候にゆっくりと近づいて、その魔力波長を感知する。
――魔人とも邪精霊ともまた違うが……そうした存在と相対した時のような……不穏な魔力波長だ。肌にぴりぴりとした軽い痺れが走るような感覚。少なくともまともな種族ではない、というのが分かる。
同時に……ナヴェルの身体に呪法生物のようなものを撃ち込んだのが、忌むべきもの達に間違いないという事に確信が持てた。ナヴェルとの対話空間で感じた魔力波長と共通したものがある。
元々確認されていた古代生物型と今回出てきた人型との間で、忌むべきものとの差がどれだけのものかは分からないが……少なくとも人型のそれは独自の魔法体系のようなものを編み出しているか、覚醒魔人の能力に近いものを持っている、と見ておくべきなのだろうな。
斥候達に気付かれないようにそっと離れ、メダルゴーレムに補助のための術式を込めてからシーカーを出撃させる。俺の肩から離れたシーカーは、メダルゴーレム達と共にトンネルの先へとゆっくりとした速度で進んでいった。隠蔽術や隠形の護符、コルリスの感知能力を応用した術式をメダルゴーレムに組み込んだりしている。
レーダーの役割を果たしているので敵が地中に潜んでいたとしても早い段階で感知して対応が可能なはずだ。
魔力波長も感知してそれらの情報もメダルゴーレム達に記憶させたので、忌むべきもの達が集まっているような場所なら地中深くから感知できる。
シーカーを斥候に向かわせるのと同時に、要塞側に残ったカドケウスにその動きを制御させる。よし……。一先ずはこのままトンネルに沿って進ませていけば良い。
俺自身はコルリスと共に、更に忌むべきもの達の対策となる結界を構築していく。
しばらく作業を続け、コルリスに循環錬気を通して合図を出すとこくんと頷く。では――要塞内部へ戻るとしよう。
「――ただいま戻りました」
要塞内部へ戻ってきたところで偽装アーマーを脱いで大きく息をつく。探知能力で網を張っていたといっても気付かれては色々支障が出るからな。結構気を遣う作業だったというのは間違いない。
『ん。おかえり』
『おかえりなさい』
「おお。戻ってきたか」
「迂闊に話しかけて気を散らさせるわけにもいかぬからな」
「心配しておりました」
俺が戻って床から顔を出すと、水晶板の向こうや要塞側のみんなが安堵したような声や笑顔で迎えてくれる。
「ご心配おかけしました。早速ではありますが、契約魔法の内容を詰めて術式を完成させてしまいましょう」
「うむ」
ドルトリウス王とパルテニアラが頷く。というわけで条件を詰めていく。想定される事態、不都合等を考慮した上で契約魔法の条件を決め、結界を構築する俺、契約を結ぶドルトリウス王、契約の立ち合い人となるパルテニアラ、みんなが見届け人という形で術式を構築していく。地下に張り巡らせたミスリル銀線を床に伸ばし、魔法陣の形を構築。マジックサークルも展開する。
そうして取り決めた条件をパルテニアラが朗々と読み上げ俺達を見ながら「この内容に間違いはないか」と問うてくる。
「内容に相違ありません」
「この地を預かる王として契約内容を了承する」
互いに頷き、契約魔法を発動させると俺達の身体や魔法陣が輝き、地面に向かって魔力が流れていった。隠蔽術がかかっているのですぐに感知できなくなるが……効力はきちんと発揮されているな。
「問題なく効果が発揮されたようです」
「それは何よりだ」
レアンドル王が笑って言う。
「では、このままシーカーを操作していきましょう。今のところは問題なさそうですので、施設内の案内もしていただければ助かります」
「それについては私が」
そうナヴェルが応じてくれて、俺を先導するために動いてくれた。
シーカーは探知能力を使いながらトンネル下部をゆっくりと慎重な速度で進行中だ。一先ずは問題なさそうなので封印塔などを見せてもらい、結界の切り替えのタイミング等をシミュレーションしておくことにしよう。




