番外1591 要塞と封印塔
ナヴェルが魔法路の速度を調整し、降りるためのゲートを開いてくれる。
みんなで開いたゲートに飛び込めば、軽く放り出されるような感覚と共に浮遊感に包まれ、ゆっくりと下降――柔らかな足場に降り立った。溶岩のような偽装はされていない。広々とした空間に出たようだ。
忌むべきもの達との前線が近い拠点だけに、輸送等の利便性を考えてあるようだな。広間には大きな門があり、武官達が俺達の到着に対して敬礼を以って迎えてくれる。
「うむ。大儀である」
ドルトリウス王が球体を手に変形させつつ言うと、門番達も笑顔を見せつつ更に畏まっている様子であった。通達も色々と先行して行われているのだろう。俺達の同行にも驚いた様子はなく、地上の協力者という事で迎えてくれているようだ。
「報告いたします。最前線の封印塔へ向けて、忌むべきもの達が侵攻を始めているのを斥候が確認しております」
「先遣調査隊の報告にあった、封印への侵食は始まっておらぬのだな?」
「はい」
報告に来た武官とドルトリウス王が会話を交わす。王とのやり取りを経てから、報告に来た武官はナヴェルを見やって改めて一礼した。
「ナヴェル殿もご無事で何よりです」
「王都に戻ったら皆も無事と聞いて安心していました。入れ違いになってしまったようではありますが」
「仮にナヴェル殿の救助に向かう事になった場合でも、前線にいなければ動けませんからな」
なるほど。ナヴェルと共に先遣部隊として一緒に動いた面々というわけだ。王都で報告をした後、魔法路を使って前線に取って返したわけだな。
先遣の調査隊として封印塔侵食の様子も見ていただろうし、忌むべきもの達の次の動向を見る上でもこれ以上ない適任という面はある。戻ってこないナヴェルを心配していたからこそすぐに前線に向かったのだろうが。
「地上の方々の話も聞き及んでおります。ナヴェル殿を助けていただき、感謝しております」
「それに関しては……私達も窮地を助けて頂きましたから、お礼を伝える立場ですね」
「僕としても一助になれて喜ばしく思っています」
ルトガーと共に武官に答えると、改めて一礼をされる。
そうやって武官とのやり取りを経た後、用意されていたクリケット車に乗り込む。俺達は俺達で。輸送部隊は輸送部隊で準備をして最前線に向けて出発、という事になった。
俺達のいる場所は最前線から見て最寄りの後方拠点という事になる。今いる場所は軍事的な基地として使われている場所で、ここにも封印塔は作られているそうだ。
一先ず……民間人の避難等の問題はなさそうだし、元々迎撃態勢を構築していたわけで、そこは安心できるな。
封印塔に関しては実際に見ておきたいところもあるが……最前線にもあるし侵食を前と同じペースと見ても時間的猶予はまだあるのだから……まずは現場に駆けつけて、そちらで見せてもらうのが良いか。
その辺の話を伝えると、ドルトリウス王とナヴェルが頷いて封印塔に使われている術式や技術について解説をしてくれた。
本来は国の機密レベルの内容なのだろうが……忌むべきもの達の対応を見る限り、それを破る方法を編み出したようだからな。俺と相談して分析しあった方が良いという判断なのだろう。
ウィズと共に使われている術式を確認し、解析しながら呪法系術式で侵食するならば、という観点から忌むべきもの達の手札を逆算する。同時にその方式が地上の結界術に作用するか、対策はとれるかといったこともシミュレーションを重ねていくわけだ。
「予測ではありますが、いくつか有効そうな手札はありますね。やり直しというわけにもいきませんし、複合的な結界を構築しましょうか」
考えを伝えると、ドルトリウス王は静かに頷いていた。
トンネルは要塞内部を通っているようだ。街道側に接続する通路を横目に見ながら進むと、大きな金属の門を抜けてかなり開けた場所に出た。
軍を展開して迎撃するためのポイントか。後ろを振り返ってみれば、俺達の出てきた要塞が見える。分厚い外壁と迎撃のために前に迫り出した塔まであって、かなり防備はしっかりしているな。空洞の頂点まで貫くような二本の迎撃用の塔。その奥……要塞の中心部に一際大きな塔が聳え立っているが……あれが封印塔だろう。かなり強い魔力反応だ。
「あの中央奥に見える塔がこの要塞の封印塔ですね」
「大きな魔力反応を感知したので、あれがそうかなと思いながら見ていました」
ナヴェルの説明にそう応じる。
こうした設備で何重にも囲んでいるのはドルトエルムが忌むべきもの達と戦って領域を勝ち取り、封印の範囲を狭めてきた結果らしい。地下潜行もできないようにエリアごと囲う封印であるとのことだ。自然の力に沿っているドルトエルムの民だからこその封印ではあるな。
忌むべきもの達も封印塔に直接攻撃を仕掛けてきたという事は、力の出所である塔を攻略しなければいけないというのが分かる。
地上の結界術による閉じ込めと地底の封印の連携で……しっかりと忌むべきもの達の侵攻を阻まないといけないな。
そうして俺達を乗せたクリケット車の車列は外壁の上に立つ武官達に敬礼で見送られながら、広い空間を抜けて最前線へと続くトンネルに向かって、軽快な速度で進んでいく。
コルリスとアンバーもそれぞれクリケット車の屋根の上に乗るようにして、体力と魔力を温存しながらの移動だ。
輸送隊や移動中の部隊も多いが、物資を運んでいるわけではないから俺達の乗ったクリケット車の方が足も速い。やはり彼らからも敬礼を受けつつ追い抜いて進んでいく。
トンネルはしっかりと整備されていて、物資輸送に過不足のない広さだ。
輸送部隊同士の行き違いは可能でも大軍を展開するには手狭、という印象ではあるが、バリケードを築いて遅延戦闘を行うには丁度良い。兵を隠れさせるスペースも所々にあるようだし、封印の内側から外に向かって移動してくる連中と戦いやすい構造になっている。
最終的には要塞前の広場で大軍を以って迎え撃つ事ができるようになっている、というわけだ。
遅延と迎撃、撤退戦に最前線への輸送と……色々考えた上での設計になっているのが分かる。
ドルトエルムの民は忌むべきもの達を限定された空間に閉じ込めつつ段々包囲を狭めて押し込め、可能ならば最後には殲滅したり、封印したまま衰退してくれることを願っていたらしい。概ね望み通りに推移していたらしいが――ここにきて滅ぶどころかパワーアップしてきたというのは……ドルトエルム王国にとっても誤算であったのだろう。
要塞の防備の厚さと言い、忌むべきもの達に対してかなり警戒して優勢に進めてきたが……それでも向こうが反転攻勢に転じてきた、という事になるのか。
「ここまでに集めている情報だけでも、やはり油断ならない相手というのが分かりますな」
「そうだね。しっかり油断なく対応しているのに、予想を上回ってくるっていうのは。俺達も加勢するならするで、しっかり対応しないと地上の戦力を含めた成長をされるかも知れない」
オズグリーヴの言葉にそう答えると、みんなも静かに頷いて魔力を掌に集めたりと、相当気合を入れている様子であった。水晶板の向こうでもカストルム達が目を光らせたりしているな。自我に目覚めた魔法生物としてのよしみという事で、カストルム達も前線に転送魔法で援軍に来る予定である。
最前線の到着までもうしばらくだ。俺も魔力の調子を整えて、万全の体制で臨めるようにしておこう。
そうして、俺達を乗せたクリケット車はトンネル内部を軽快な速度で進んでいくのであった。




