番外1589 魔法路に乗って
「では――前線に向かうために再び魔法路に乗って移動していくとしよう。行ったり来たりと慌ただしくなってしまうが」
「いや、問題はない。地底の様子も魔法路も、地上の民にとっては物珍しいものだしな」
ドルトリウス王が言うとレアンドル王が応じ、俺達も笑って頷く。
そうしてドルトリウス王、ナヴェル、トルビットと共に移動を開始することとなった。
王城の正門前にはクリケット車が多数準備されていた。物資と人員の輸送準備を進めているようだ。武官、文官達と物資とで結構ごった返しているが、俺達がやってくるとみんなドルトエルム王国式の敬礼なのか、そっと反対側の肩に手をやるような仕草で迎えてくれる。
俺達もお辞儀をしてそれに応じる。コルリスやアンバーもお辞儀をして、武官、文官達は笑って目を細めたりと結構和んでいるようだ。この深度ではベリルモールは珍しいとはいえ、地底の魔物故に地上よりは馴染みがあるように見受けられるな。
「地上の客を迎えるという事に関しては伝えた通り、まだ情報制限が必要で一般には知らされていないが……王城の武官、文官達には賓客として迎える旨、通達してある」
『肩を並べて戦うならば必要な事ね』
ドルトリウス王が言うとクラウディアが水晶板の向こうで応じる。
ドルトエルムの武官、文官達は見た目のバリエーションが多くて、見ていて賑やかな雰囲気がある。
武官達はトルビットのように体格が良い。スピード型なのかシャープで流線形を基調とした者、かなり体格の大きな重装型もいるようだ。
文官達はナヴェルのように体格が小さかったりする者や、地上人サイズの者、細長い姿をした者。
それにドルトリウス王のように柱だったり球体だったり色々であるが……。
人型から離れた姿でもパーツ単位では人に近い形状を取り入れているようだ。その辺はドルトリウス王も周囲に浮かんでいる球体が人間の手の形状に変形したりするからな。
「武官、文官問わず、共通している特徴が結構見受けられますね」
「そうした特徴は親戚関係だとか系譜の証だったりしますね。共通の素材を使っている、という場合もありますが……広い意味では祖に連なる系譜ですし、皆親戚や家族のようなものです」
ペトラが気付いたことを口にするとナヴェルが穏やかに答える。そんな言葉に、マルレーンもにこにことしながら首を縦に振っていた。
物資積み込みや塔へ向かう人員の列を眺めながら俺達もクリケット車に乗り込み、再び移動を開始する。地下の環境については魔道具を用意してきたようで、クリケット車の周辺は快適な環境である。精霊の加護もあるから問題はないが気遣いは有難い事だな。
マグマクリケットの動きは静かだが力強い。安定した牽引で街中を通り抜け、再び魔法路入口となるトンネルへと向かっていく。
街中の様子はと言えば……武官、文官達の動きが慌ただしくなったので、沿道や家々の窓から車列を眺めたりしているようである。忌むべきもの達への備えも進められている状況だから、心なしか不安そうにも見えるな。
トンネルに入ると、車列と隊列を組んだ武官、文官の姿が見受けられた。俺達と同様、魔法路の塔に向かって、物資輸送と人員の移動を進めているわけだ。
ドルトリウス王が球体を変形させて手を振ると、先程のように敬礼で応じていた。
「彼らにも挨拶をして問題はありませんか?」
「後で彼らにも心理的な影響がなかったかを尋ねる予定であるから、むしろ助かるぐらいではあるかな」
尋ねるとドルトリウス王が答える。なるほど。共闘するにあたっての顔合わせにもなるし一石二鳥ではあるかな。
クリケット車から顔を覗かせてお辞儀をすると、彼らも少し地上の民の登場に目を瞬かせていたが、通達はされているからだろう。敬礼したり、地上式という事でこちらに倣うように一礼を返したりしてくれた。
やがてトンネルを抜けて、魔法路の塔へと戻ってくる。クリケット車から降りて通路を進むと、塔を警備する者達からも敬礼を以って迎えられた。
「トルビットも気を付けてな」
「ああ。行ってくる」
トルビットは俺達の案内をして多少気心が知れたという事や、元々塔の護りに選ばれるぐらい腕の立つ武官という事で前線に同行することになっているが、急な話であるのは間違いない。
同僚達もトルビットの事を心配しているといった印象だ。そんな同僚達に対しても、トルビットは穏やかに応じていた。
そうして塔の面々と挨拶を済ませて魔法路の入り口までやってくる。
「では――準備は良いですか?」
ナヴェルが確認を取るように俺達を見回す。みんなを見やると頷き返してくる。準備は万端といったところか。空飛ぶ絨毯もあってみんなで移動しやすい準備も整っているな。
「問題はない」
「同じく」
「大丈夫です」
ドルトリウス王やレアンドル王、俺達も頷くとナヴェルがマジックサークルを展開した。魔法路が開かれて、その中にみんなで進んでいく。そうして再び、浮かぶような感覚と共に魔法路の中に身を任せる事となった。
俺達が魔法路に飛び込んでから少しして、頃合いを見て輸送部隊も魔法路に入ってきたようだ。彼らを後方に引き連れながら移動していくこととなるか。
「この魔法路の中に浮かんで身を委ねているような感覚は、結構好きかも知れません」
ペトラがにっこりと微笑んで言うと、ナヴェルもこくんと頷く。
「それは何よりです」
「場合によっては地脈の状態に応じて急流になるという事も稀にあるのだがな。魔法路は余程でない限り移動不能になるという事はないが……乱れた場合も調整して安定させるのがナヴェルは上手い」
「ある程度干渉できるというわけですか」
「うむ。調査隊にナヴェルを派遣したのもそのあたりが理由でな」
ナヴェルは元々王宮仕えで、ドルトエルム王国でも屈指の術師ということらしい。直接戦闘よりも支援の方を得意としているというのは本人の弁ではあるが。
「道理で。ワーム達に囲まれた時は鉄壁という印象でした」
ルトガーが答えるとナヴェルは「恐縮です」と相好を崩して応じていた。
「体調さえ万全ならもう少し直接的な攻撃魔法での支援などもできたとは思うのですが」
「いえ。不調を押して助けてくれたからこそ、皆も奮起したというのはあります」
ルトガーも穏やかに笑って答える。ルトガーとナヴェルはワームとの戦いで良い関係を築いたという印象だ。そんな光景にドルトリウス王も満足そうに目を閉じたりしているが。
実際簡易の魔法路構築による味方の撤退であるとか、防御術式によるルトガー達の支援は完璧だったという印象だしな。
「防御術式が得意な支援系の術者が後ろにいてくれるというのは安心感がありますね」
「確かにな」
俺の言葉に笑って頷くレアンドル王である。
そうしてドルトリウス王やレアンドル王、主戦力となり得る面々を空飛ぶ絨毯に乗せ、体力回復の魔道具等で温存する形で魔法路を進んでいく。
「このまましばらくの間魔法路に乗って進み、西の前線方面へ向かう事となる」
西……ベシュメルクのある方角ということになるな。魔法路に乗って移動している間に現地の情報を聞いたり、それに基づいて作戦を練ったりする、というのが良いだろう。
幸い魔法路内部でも術式は使えるから、立体映像等を構築して話し合ったりというのは可能だしな。
というわけでマルレーンのランタンを使ってもらうと、ドルトリウス王はそれを使って幻影の出し方を少し実験する。
「おお……。これは確かに便利だ」
そう言って魔法路の経路であるとか、俺達と合流する前に立てていた作戦であるとか現状の物資や人員の状態であるとか、色々と説明をしてくれた。
では、作戦会議をしながら目的地に向かって進んでいくとしよう。




