番外1579 地底王都
「おー、力強いのう」
「動きも静かだね!」
マグマクリケットに関しては静かに動いているようなので最高速までは分からないが、乗り物を結構なパワーで牽引してくれているようだ。ロベリアとセラフィナが明るい笑顔でオケラ車の前の方でマグマクリケットの動きを見て楽しんでいる。
コルリスとアンバーは車には乗り込めないが、オズグリーヴが煙のロープを作ってそれに掴まり、レビテーションを使って引っ張られるような形で後ろからついてきているな。
コルリスやアンバーにも体力を温存してもらうためだな。マグマクリケットは大人しい魔物で、戦いにはあまり向かない、との事なので。
「妖精に大土竜に魔法生物、と。皆さんの面々は顔ぶれ豊かですね」
セラフィナとロベリアを見て目を細めて笑う、ナヴェルである。
「今日は来ていませんが他にも色々な種族の友人がいますよ」
「ヴェルドガル王国はそういうお国柄らしいですね。ドラフデニア王国やエインフェウス王国も近い気質なのでは、という話は聞いておりますよ」
ナヴェルはうんうんと頷いていた。
伝聞系なのはやはり、地底王国の情報更新がそこまで頻繁ではない、というのを示しているだろう。以前集めた情報がいつ頃のものかは分からないが、大空洞の更に下層に当たる場所を中心に活動しているなら、あまり遠方の国で現地調査をしているとも思えないし。
最低限の情報収集として、大空洞の地上付近を見て冒険者の様子を見たり、という事はできるようになっているようだが。
そうして王都に向かって続くトンネルをオケラ車が進んでいく。道中に詰め所のようなものもあったりと、結構警備しやすい作りのようではある。
そこを武官達が隊列を組んで巡回していたりするが、全員がしっかりと武装していて、やや物々しい雰囲気があるな。
「普段はもう少し小規模での巡回なのですが……今は武官達の動員も多いですな」
「警戒態勢を敷いている、というわけですね」
「ええ。私の立場からはお話はできない事も色々ありますが……これに関しては伝えても問題ありますまい。普段はもっと一般の者達も行き交っているのですよ」
使者がそう教えてくれた。なるほど、な。
トンネルは分岐する道も続いていて、王都や魔法路乗降口の連絡用通路というわけではないようだからな。街道のような役割も果たしているわけだ。
やがて――道の終わりが見えてくる。トンネルごと封鎖できる大きな門だ。今は……非常時だからか閉ざされているな。地底王国の都市部にとっては外壁のようなものか。地底の魔物は地中潜行の術を使うだろうから、その辺対策もありそうだが。
俺達の到着を見て取った武官が合図を送ると、門がゆっくりと開かれていく。トンネル内部よりも明るい場所のようだが――。
「陛下とのお話次第ですので、歓迎の言葉を素直に伝えてよいのかどうかは分かりませんが……ようこそ王都へ、ですかな」
「ナヴェル殿の恩人でもありますから、個人的には歓迎したいところではありますね」
使者が言うと、トルビットも頷いていた。
「ナヴェル殿は慕われているのだな」
「その辺の話も陛下が伝えてくれるもの、と思われます」
レアンドル王の言葉に使者が頷いて応じる。そうしてトンネルを抜けて。王都が視界に入ってくる。
俺達が出たのは都市の高さとしては中程の場所、と言えば良いのだろうか?
都市部はお堀のように周囲を掘り下げてある。広々とした橋を渡って都市内部に入るわけだ。俺達が通ってきたようなトンネルは他にもあるようで、周囲に続いている橋がいくつか見て取れるな。
それらの周辺環境に都市の建物周辺環境に構造と、色々気になる部分は多いが……。地上の都市とは全く違う点が一つある。
「これはまた……すごい光景ですね……」
「地の底の王国、か」
ペトラが目を瞬かせ、ルトガーが興味深そうに言う。そうした反応も分かる。堀の底が溶岩で満たされているからだ。
溶岩溜まりの中心が高台のようになっていて、その高台部分に都市部が建造されているという作りになっている。
溶岩内部にマグマクリケットが泳いでいるのが見えるな。感覚的には馬の放牧地のようなものだろうか……?
ナヴェル達の同族がそんなマグマクリケットの背に乗っているのも見えるな。
「念のために聞くが、あれは大丈夫なのかな?」
テスディロスが尋ねるとナヴェルが頷く。
「そうですね。私達は溶岩も問題はありません」
「大地の魔力を感じられて、心地よく思うほどですな。資材や物資によっては溶岩に耐えられないのが難点ではありますが、運搬だけならばマグマクリケットもおりますし」
溶岩にも耐えられそうだというのは、分析した時に分かっていた事ではあるが……彼らにしてみると温泉のようなものだろうか?
建造物は……どれも高層建築だな。見上げるような縦長の塔のようなものが何本も聳え立ち、都市中心部に一際巨大な構造物が柱のように天井まで伸びている。
「あれが王城、ですか」
「はい。陛下がお待ちになっております」
そんな会話を交わしつつ、塔の間をケラ車が進んでいく。塔の間を浮遊して移動する住民達もいて……コルリスやアンバーを牽引するオケラ車を興味深そうに見ていた。
城周辺の建築物は一般人の居住区なのかも知れないな。俺達の事は現時点ではまだ歓迎するしない以前の段階なので広く周知してはいないようではある。
武官達は巡回しているが、一般人らしき人々の移動はやや少ないかな。都市内部の移動はまだ制限されているというわけではなさそうだが。
そうやって街中を通り、中央の城へと進んでいく。
到着すると正門のところで車を降りて、城内に案内されることとなった。体格も色々なので城の内部も割と広々としているな。浮遊移動前提という事はなさそうではあるが。
「面会については現時点ではどうなるかはまだ流動的ですから、陛下は貴賓室での皆様とのお話を望んでいます」
「公的な場所での面会前の、根回しの段階ではあるだろうな」
使者の言葉にレアンドル王が頷く。国交もきっちりと結ばれた状態ならば謁見の間等で正式に顔を合わせたりという形になるのだとは思う。流動的というのは、国王が直に俺達を見て対応を決める、という事でもあるのだろう。案内したからこうと決まっているわけではなく、ここからの交渉、利害、目的次第で今後も変わる。
「ただ……ここからの話がどうなるにしても、害意の無い方々と事を構えるつもりはありません。外での秘密と不干渉を約束さえあれば、このまま互いの道は交わることがなく……今まで通りという事は可能だという事は伝えて欲しいと仰せでした」
「なるほどな……」
使者の言葉にレアンドル王は思案を巡らせる。
「それから……申し訳ありませんが、護衛の方々はもうしばらくお待ちいただくことになります」
「問題はありません」
「この段階で大挙していくのもなんでしょうしな」
使者の言葉にペトラやオズグリーヴが答える。みんなは別室に案内されてそこで待機というわけだ。待合室の環境は整えてあるので加護や魔道具無しでも過ごせるとのことである。
レアンドル王は勿論であるが、俺もヴェルドガルから来ているという点やナヴェルの治療を行った当人という事で話を聞きたいとのことだ。
ルトガーもまた、ナヴェルと会った時に遭難した面々の指揮役であった人物だから面会に参加する形になる。後は都度、必要に応じて話に参加したりしなかったりといった具合だ。少人数の方が話も纏まりやすいしな。
ともあれ面会が上手くいくよう、気合を入れていかないとな。
そうして俺とレアンドル王、ルトガーは城の一角――王の待つ貴賓室へと案内を受けるのであった。