番外1578 地底の王都へ向かって
トルビットやみんなと話をしてしばらくの時間が過ぎた。内容としてはナヴェルとの約束もあるのであまり突っ込んだ内容や重要な事に繋がるようなものにはせずに雑談である。
待合室の環境もそう悪いものではないし、体力の温存や警戒していた分、緊張を緩めて次にも備えられるようにする、というわけだ。
一先ず魔物に襲われる心配はないし、魔法路の移動は楽ではあったが不慣れな状況でもあったしな。
みんなも緊張を緩める事の重要性は分かっているようで、しっかりと身体を休めているようであった。
やがてナヴェルが戻ってきたと武官達が連絡に来てくれる。
「すぐに待合室にいらっしゃると思われます。同行している方もいるようですね」
武官はそんな風に教えてくれた。なるほど。ナヴェルと共に使者もやってきた、というところだろうか。武官達の対応としては、こちらに不安を与えないように気を遣うもので、彼らの動きも一貫しているので納得できるところではある。
すぐにナヴェル達も待合室にやってくる。
「お待たせしました」
ナヴェルはそう言って一礼し、同行してきた人物を紹介してくれる。同行者はナヴェルと同じような体格とフォルムをしている。ただ、頭部は神官帽のような形状をしていて、顔の部分も乳白色のマスクに青白い光を宿す丸い目といった外観だ。
ナヴェルよりも公的な雰囲気があると言えばいいのか。外装を変えられるのかは不明だが、武官は比較的体格が良く、装甲なり機動性の重視をしたフォルムをしているし、ナヴェルや使者はいかにも魔術師タイプや文官タイプという雰囲気があるな。
適正に従って職を選んだ結果であるとか、家系による世襲や任命制という可能性もあるから、彼らの社会形態を知らない内は何とも言えない部分はあるが。
「いえ。待合室も過ごしやすかったので少し休憩させていただきました。とりあえず精霊の加護によって地底での行動も問題ない事が確認できましたし」
「それは何よりです」
ナヴェルは明るく笑ってそう応じてくれる。というわけで挨拶と自己紹介をしてから話を聞く。
「まずは結果から、でしょうか」
ナヴェルの言葉を受けて、使者が一礼して一歩前に出る。
「国王陛下からの言葉をお伝えします。陛下は、レアンドル陛下やテオドール境界公と直接顔を合わせて話をしたい、と。我らの暮らしぶりや今起こっている事等……疑問に思われることも多々あるかと承知しておりますが、まずは自身の目で見て、言葉を交わして確かめたいと仰せです」
「それは願ってもない。余も……恐らく同じような状況ならば使者と話をしたいと考える。仲立ちをしてくれたナヴェル殿にも礼を言いたい」
「いえ。私はありのままの経緯をお伝えしたに過ぎません。あるいは独断で判断しすぎたかとも思ったのですが」
ナヴェルはそう言って……目の部分の輝きが細くなる。目蓋を閉じている、というような印象だな。
「ナヴェル殿に関しては良い判断だったと陛下は仰っていましたね。地底での騒動が地上にまで波及してしまっていたというのであれば、地上の方々としても他人事ではいられないというのは納得できる話ではありますし、元々怪我人の支援は是とされております。我らの姿とて、本来なら見られても魔術師の魔法生物と言い張れば通ってしまうというのはありますからな」
なるほど。確かにそれはあるな。魔術師の使いで素材を集めに来ていたとか、そんな風に言えば通ってしまう。
地元の冒険者ギルドの記録を調べれば、それと思しき事例も記録に残っているかも知れないな。
地上の情報をある程度集めていたのも、そうした方便のためのものという可能性はある。
ただ……ナヴェルの場合は偽装して陰から支援をしたり、あれこれ言い張る余裕がなかったし、俺から見て魔法生物とは違うというのが分かってしまったからな。
対話用の空間も構築したから、俺がそうした見解を持って治療に望んだのが伝わってしまったというのはある。
それに……ルトガーは俺との交流があるし、パペティア族のような存在も知っている。訓練生も冒険者達も……俺の方針や活動を知っているという状態だ。
先入観では判断しなかったし、高度な自意識のある魔法生物に対しての印象や対応も違っていた。
ナヴェルの言葉に奮起してルトガー達は戦った。それを見たからこそナヴェルも案内する事に決めたというのはあるかも知れない。いずれにせよ、国王との話が必須ならば同行して実際に顔を合わせてみるしかあるまい。
諸々気になる事はあるが、全てはそれからだろう。
「では……共に参りましょう。王都に繋がる道は――地上の方には良い環境とは言えませんが、一先ず魔物の襲撃などに関しては心配する必要がない程度には巡回や討伐等も行き届いていますよ」
「それは安心ですね。よろしくお願いいたします」
あまり兵を連れてくると物々しくなってしまうからとナヴェル達は少人数でここまで来たそうだ。が、俺達を送っていく場合はそうもいかない。という事で、王都に戻る際は塔からも護衛を同行させるという話が出ていた。
「私は待機していた方が良さそうですね」
「いえ、むしろお嫌でなければトルビットさんの方がありがたいかも知れません」
トルビットは辞退しようとしたが、レアンドル王と頷きあい、こちらからそんな風に伝える。俺達としても話をしていたから多少は知った相手の方が安心というのはあるからな。
それに、心情面以外でも雑談の中で嘘を言ったりしていないというのが分かりやすくなってお互い良いという判断だ。
トルビットとしてはその点で信用していないのでは、というような伝わり方をしてしまう事を危惧して遠慮したのだろうが、こちらとしてはその辺裏表がないと示せる方が良いというのもある。
「心情でも実利の面でも互いに得がありますから」
そう笑って伝えると、トルビットも少し笑って「私でよければ」と快く了承してくれた。では、移動していこう。塔からの護衛の部隊編成もそれほど時間はかからず、皆で移動していくという事になった。
「橋を渡ったところに乗り物を用意しています。王都まではそれほど時間もかからないかと」
王城からの使者が教えてくれた。待合室から出ると……やはり外の環境は変わらずといった様子だ。とはいえ、加護や魔道具のお陰で同行している面々は問題ないとのことではある。このまま移動していくとしよう。
塔外周の螺旋状の通路を移動し、橋を渡る。王都に続く道は――かなり整備されているな。地面も四角いタイルを敷き詰めたような平面で、割と広々としている。光源が等間隔で設置されて、遠くの方まで真っ直ぐに道が続いているのが見えた。洞窟というよりはトンネルのような雰囲気だ。
トンネル入り口に乗り物も停まっているが……何やら奇妙な生き物が装具で連結されているな。あれは――オケラの魔物か?
丸い目と頭部のフォルム。土をかき分ける事に適した特徴的な前脚。うん……ケラだ。
腹の部分もしっかりとした外殻に覆われていて、全身装甲といった雰囲気である。地球側のケラと大きさ以外にも違いも見られる。何やら火と土の魔力に親和性の高そうな魔力を宿しているが。
「あの魔物は――初めて見ますね」
「マグマクリケットですな。大人しくて賢く慣れやすい上に溶岩からも荷を守れるので、ああして乗り物を轢いてもらったりしているというわけです。我らの魔力波長も好んでくれておりますから」
なるほど……。自然環境下では地下深くの溶岩溜まりが生息域というわけか。地上では馴染みがないわけだ。火に対して相性がいいのも納得である。
迷宮核のデータベースを総ざらいすれば情報収集しているかも知れないが……。何やらコルリスとアンバーが手を挙げて挨拶をすると、ケラの方も手を上げるようにして応じていた。うむ……。
ともあれ、オケラの牽く乗り物で王都へと移動していく、というわけだな。




