番外1577 魔法路を守る武官達
魔法路乗降口のあった部屋から一歩外に出ると、むっとするような熱気が伝わってきた。光源は……確保されているな。明かりを放つ水晶が埋め込まれている。地下暮らしだから光が無くても大丈夫かと思っていたが。
今いる場所は塔の最下層、だろうか。周辺は縦穴状の空間になっていて、塔の中層あたりから壁の穴へと向かって橋が続いている。
もし乗降口を攻撃された場合は橋を落として通路を封鎖してしまえばいいからな。守りやすい作りと言えるか。最下層に乗降口があるのは……地脈部分に隣接させるためだろう。
「熱気と湿度が……。これは確かに魔道具や加護が無いと普通にしているだけでも辛そうですね」
「もし体調が悪くなったらすぐに言って下さい。個別に術式をかける形でも対応できますから」
ペトラの言葉に受けてみんなにもそう伝えると、一同頷いていた。
「温度や湿度は伝わってきますが、守られている、という感じがありますね。これが加護というものですか」
「しかし精霊様ばかりに頼りすぎてはいけませんな。しっかりと魔道具も使っておきましょう」
ドラフデニアの武官達はそう言って頷きあっている。そうだな。そうした考え方は精霊達も喜ぶと思う。ティエーラは自分達がいなくなった後も巣立っていけるような種が成長してくれることを望んでいるし。
肉体的頑健さに限定された話ではなく、積み重ねられた知識や技術、道具も含めた様々な方法も活用するのも種の強さの内だからな。
だから高位精霊に頼りすぎず、魔道具を使うというのはきっとティエーラ達も喜ぶと思う。
「高位精霊のみんなは、ルーンガルドに生きるみんなの成長を望んでいるからね。きっとそういう反応は喜ぶんじゃないかな」
リソースという意味では――加護ではあまり消耗していないような印象があるな。というのも、防御しているというよりは精霊の力でそこにいられるように適応させてくれているという印象なのだ。
虚無の海……宇宙はルーンガルドの精霊の領域ではないから、加護によってより多くの力を使ってしまうだろうというのはあるけれど。
ともあれ、みんなも問題なさそうだ。特にセラフィナとロベリアは、むしろ加護を受けて絶好調といった感じで魔力を充実させている感がある。
「王都も皆さんも大丈夫そうなので、私としても安心しました。では、少々行って参ります」
「はい。お待ちしています」
ナヴェルの言葉に頷く。魔法路の塔を警備する武官は他にもいるようで、そうした面々にも必要な情報の伝達をしたりしてから、ナヴェルは武官と共に王都へと連絡に向かっていった。
人員は結構多いが、これは普段の警備体制とは違うらしい。
やはり何らかの事態が起こっているし、王都にも伝わっているようだ。とはいえ、彼らの間で原因はある程度わかっているのか、俺達の仕業だと疑ったり敵意を向けてきたりする者は……いないようだ。
ナヴェルとの経緯が伝えられると一礼したりしてくる者も多い。こちらも礼をして応じる。礼儀正しい種族というか……武官としての矜持がある者達という印象があるな。
警備関係の武官達については……やはり姿形もまちまちだ。全体的に丸みを帯びた形状の者。三角錐型の頭部を持つ者と、割と愛嬌のある方だと思うが所作については訓練していることを窺わせる。
それに姿形が違っても魔力の波長には共通したものがあるので、ナヴェルと同じ一族というのも分かるな。
少し姿の似ている者もいる。近しい血縁的な関係なのか、パペティア族のように好みで姿を整えているのか。その辺は分からないが、皆ナヴェルと違って大柄なので武官タイプという認識で良さそうだ。
「では――待合室に案内しましょう」
「ありがとうございます」
モノリス風の武官の後に続いて、塔の外周に螺旋状に作られた通路を歩いて登っていく。
「地下暮らしの方々ですから、光源は必要ないのかと思っていました」
先程感じた事を世間話がてら尋ねると、モノリス風の武官は静かに頷く。
「そうですね。光源がなくても感知はできます。ただ他の地下暮らしの魔物が頼りにしていない感覚での感知ができるならば、視界を確保しておく事は即時の対応等でも優位に働くのですよ」
なるほどな。見通しのいい空間を作り、視覚で魔物を発見して対応する。それは確かに優位に働くものではあるだろう。
「拠点だからこそというわけですか。以前、深海で出会った種族は光の術を狩りに利用していましたが――ここでは光の術を防衛に用いるという感じなのですね」
深みの魚人族は光自体を目くらましに使って狩りをしているが……それも多少の視覚があればの話だ。地下深くの魔物達は視覚を全く頼っていない可能性が高いから、目くらましそのものが利かないというケースの方が多そうだ。
「ほうほう。それは興味深いお話ですな」
そうやって出した俺の話題に武官は頷く。割と世間話に応じてくれるようだが……光源の情報は伝えても特に問題ないという事だろう。実利の面から言っても彼らのホームグラウンドであるというのが伝われば警備の立場としては抑止にもなるのだし、もっと単純に、世間話に応じてくれる方が相手との関係を考えても良い事である。
やがて、塔の上層にある一室に通してもらった。テーブルや椅子といった家具は普通にある。体格差があっても利用しやすそうな横長の椅子と、ローテーブルといった感じの家具が備え付けてある。
「ここは――空気が普通だな」
「過ごしやすいのは助かりますね」
レアンドル王の言葉にルトガーが頷く。
「他の種族を保護した場合に、まずここに、というのは想定しています。少しの間お待たせすることになってしまいますが、寛いでお過ごしいただけたら幸いです」
そう説明してくれる武官である。
では、そうさせてもらうか。
飲み物などは急な話という事もあってこちらで用意した方が良いだろう。
そうした用意を進めつつ、武官にも自己紹介をしたり、ナヴェルとの出会い方について詳しく話をしたりする。
「大変だったのですね。あまり事情説明をできる立場でも状況でもありませんが……ナヴェル殿の事を助けていただいたことには、感謝しています」
「それは――僕達の方が先に助けて頂きましたから、お互い様ではありますね」
そう答えると武官――トルビットはモノリスの表面に何やら光を走らせて一礼していた。あれが表情というか、感情表現なのだろう。ナヴェルと同行した武官は顔の作りや表情が人に近く、感情も分かりやすかったな。来歴が分からないが仮にパペティア族のように器の形を自由にできるとするなら、地上の知識があっての造形だったりするのかも知れないな。
彼らについては色々と興味が尽きないところはあるが……まあ、そのあたりはまだこちらとしても世間話でも質問しにくいところはある。
代わりに地上についての話などをすると、トルビットは興味があるのか相槌を打ちながらそうした話にも付き合ってくれた。
「やはり、余としてはこうして穏やかな種族であるのなら国交を持ちたいところではあるのだがな」
と、そんな風に感想を漏らすレアンドル王である。
「それは……ありがとうございます。地上との交流を積極的にとらない理由もあるのですが……まあ、それはナヴェル殿達が戻ってきて、良い結果になるのを期待して待つとしましょう」
トルビットが言う。そうだな。こちらとしても気を遣わずに話題を振って交流できたらそれが一番いいと思う。トルビットも立場はどうあれ個人としては地上の者達をそう悪く思ってはいないようだし……ナヴェルの言動と併せて見ても、取り立てて地上に悪感情があるから交流を制限している、というわけでもなさそうだしな。
それに……非常時ではあるようだが、現時点では王都には混乱が波及しているというほどの状況ではないようだ。そうであるならこうした対応にはならないだろうし。そこは少し安心できる点ではあるかな。




