番外1568 地底での野営
『ん。彼については、何か分かった?』
シーラが心配そうに訪ねてくる。
「ああ言っていた以上はあまり分析したところを話すのは彼の意思に反するところがあるのかも知れないけれど……。過去の知り合いから言うのなら、付喪神やパペティア族に印象が似ているかも知れない。近い種族であるならウロボロスの力も借りて循環錬気を行えば、対応も可能なんじゃないかって思う」
例えば身体の作りが左右対称なら魔力の流れを整えるのは比較的容易だし、何かしらの魔法、呪法が原因ならそれを取り除いたり防御したりといったことは可能だ。本当に望んでいないとするならば、恩を仇で返すような事になってしまうかも知れないから、まだ循環錬気はできていないけれど……。しかし、それでもこちらとしても譲れない部分はある。
「もし容態が急変するような事があれば対応したいと思っています。当人が望む望まないはともかく、見過ごすのは僕自身が嫌ですから」
そう伝えると、みんなも安心したように見えた。
……少し気になるのは彼が手で押さえている部分、だな。自己治療のような……何かの術を継続しているように見えるけれど、意識はない。
そういう事ができる種族特性を持っているとか、そういう事なのだろうか。だとするなら周りからの手出しは確かに邪魔だ。おかしな干渉を受けると術式が阻害される可能性もあるし。
その特性も気になるが、何があって今苦しんでいるのか、というのも気になる。治療を施している箇所については……何というか蟠っている魔力が、あまり良くないもののように感じられるな。彼自身の持っている魔力に由来するものではなく、外部から与えられた異物か、それとも何かしら内部からくる異常か。それは……循環錬気でなければ分からないが。
とりあえずできることをという事で、ウロボロスを手にとり、魔力波長を合わせる予行練習だけはしておく。……うん。問題はなさそうだ。彼の魔力に近しい性質に変化させることができた。
もう一つ。脇腹の不穏な魔力もな。こちらも波長を合わせてウィズで分析し、中和したりできるような準備だけはしておこう。解析結果は秘密にする必要があるが、いずれにしてもウロボロスやオリハルコン、ウィズといった面々が揃っていないと伝えようもないし、悪用も難しい。得られた情報は俺が墓場まで持っていけば良いだけの話なのだし。
そうやって話や分析をしている内に、テントの設営もできたようだ。周囲の結界構築も完了しているし、転送魔法陣も問題ない。
分析の続きは腰を落ち着けて、今後の方針等も含めて話をしながら進めていきたいところだ。
広場に繋がる穴そのものも、守りやすいように少し手を加えている。コルリスとアンバーが余計な穴を埋めることで、先程のようにワームが現れても対応しやすいように出入口を少なくしてくれているわけだ。片方が周囲のにおいを嗅いで警戒。相方が穴埋め、といった具合だな。
オズグリーヴもコルリス達がまだ回っていない部分は煙で塞いでくれている。ゼルベルも引き続きオズグリーヴの身辺警護を行い、テスディロス達も周囲の警戒をしてくれている。
今いる空間は……全体的には行き場のないドーム状。ワームの巣窟であった壁の穴側の逆方向は亀裂になっていて……そこから先は断崖のような切り立った穴になっている。底には地底湖と繋がっているのか水が流れているが……地下水脈が表出しているといった感じで、目立った生命反応や魔力反応は……ないようだ。亀裂側にも結界を展開しているので仮に何か見逃していても足止めはできる。
整備やみんなの警護もあって、この辺はとりあえず安心だな。
地底湖からも直線的距離ではそれほど離れていないだろうし、ワーム達の危険性を除外すれば未踏破区域の前線基地として継続させられるか。
場合によってはあのワーム達も定期的な討伐対象とすべきなのかも知れないが……。
ともあれ、そうしたことは後の話だな。揺れの原因の特定と問題があるのならその解決、というのが先だろう。
「とりあえず、食事の用意もしましょうか。ゴーレム達に料理番をさせます」
「お手伝いさせてください。周囲も片付いてきて、安心できるようになってきましたからね」
ペトラがそう言って微笑む。ありがとうと礼を言うと穏やかに頷いていた。
魔法の鞄から食材やら調理道具を出し、バロールが即席の竈を構築するのを見て冒険者達は一瞬驚いたように顔を見合わせ、それから表情が明るいものになる。
「こんなところでちゃんとしたものを食えるってのはありがたいな……!」
「ああ。朝から討伐に出てて、そのまま遭難と魔物との戦いだったし……」
「思い出したら途端に腹が減ってきたよ……」
と、冒険者達はそんな風に言って盛り上がっているが。
「温かい食事は士気を上げますからな」
ルトガーもうんうんと頷いている。炊事によって漂う匂いなどは風魔法で周囲には漏れないようにしておこう。魔物を呼び寄せても面倒だし。炊事の匂いはみんなで楽しめればそれでいい。
「コルリスとアンバーも……穴を塞ぐのはそんなに時間もかからずに終わりそうだね。料理が終わったら一緒に食事にしよう」
そう伝えると、コルリスとアンバーはこくんと頷き、頑張る、という事なのか、こちらに向かって大きく手を振っていた。うむ。
コルリスとアンバーの食事も、魔法の鞄に詰めてきているからな。それらを取り出して盛っておく。ベリルモールの食料は結構冒険者や武官といった面々の間では知られているが、実際の食事風景を見たという事のあるものは少ない。山盛りになった鉱石にみんな興味深そうに視線を向けていた。
優先して済ませておくべき話も一応は済ませているので、準備をしている間に、外にも要救助者やルトガー達の無事を一報入れてもらっておく。俺は……彼を膝に抱えているので水晶板での連絡は控えた方が良いだろう。
「というわけで皆無事であると伝えておこう」
レアンドル王が言うと、水晶板の向こうでは喜びの声が上がっていた。飛行船のクルー。最寄り拠点から現場に駆けつけてくれた武官達、冒険者ギルドの関係者達に現場を訪れていた冒険者達といった面々だ。
彼らの喜ぶ様子にグレイス達や氏族達も微笑んだりうんうんと頷いたりしているな。ゼファードもレアンドル王の無事に喜びの声を上げていたりして、微笑ましい事である。
「ええと。これで向こうからも見える、のかな? 境界公なら魔法で俺達を地上に送り届けることもできるらしいが、揺れの原因の調査とか、まだするべきことがあるそうなんだ。俺達もすぐには戻らず、このまま少しお手伝いをしていこうかと思っている」
「レアンドル陛下や境界公との知己も得られるしな」
レアンドル王の後ろでモニターから顔を見せて、冒険者達が言う。助太刀をしてくれた彼の事は話せないので、こういう風に話を合わせてくれているわけだ。
冒険者達としても……助けてくれたことへの恩を返したいという気持ちが強いようだしな。力になれるなれないはともかく、無事を見届け、きちんとした形で挨拶をしてから別れたいというのが人情だろう。
レアンドル王や俺と知己が作れるからというのも冒険者らしい理由付けだしな。
「ふっふ。突発的ではあるが依頼料は出そう。正規の軍とは持っている技能や視点が違うというのもあるし、頼りにさせてもらう」
そんな風にレアンドル王も笑って応じると冒険者達は喜びに沸いていた。この辺の対応は……流石冒険者王アンゼルフの国の現国王といった印象があるな。