番外1567 大空洞での経緯
ワームの遺骸片付けがある程度終わったところで周囲に簡易結界を構築。空いているスペースに前線基地を構築していくこととなった。魔法の鞄から出したポーションも配り、みんなで体力を回復させてから動いていく。
テントを張り、転送魔法陣を描き、物資の融通や脱出もできる状態を構築していく、というわけだ。
もし再度ワームに襲われるような事態になっても結界で足止めしている間に地上に退避することもできるだろうし、今後の目途が立って地上に戻るにせよ揺れの原因の調査が続くにせよ、拠点が確保されている状態なのは役に立つはずだ。
俺の方は意識を失っている彼の容態を見つつ分析もしているので、あまり設営に動けない部分はあるが……。皆も手伝ってくれているので滞りなく進んでいく。
結界の構築等はカドケウスが魔石粉の樽を持って動いて結界線を引き、バロールが発動、といった具合だな。コルリスとアンバーも護衛や斥候役を担ってくれているので安心だ。
「バイロン殿もあまり無理をなさらずに」
「先ほど貰ったポーションで体力は回復していますから大丈夫ですよ」
武官達に言われつつも、テントの設営に張り切っているバイロンである。武官達もそんなバイロンの様子に少し笑ってそういう事ならと手伝いに動いてくれていた。
「いやいや、戦闘ではあまり役に立てなかったからここは自分が」
と伝えるバイロンだが……。
「いえ。支援に徹してくださったお陰で私達も随分助けられましたから。武功に焦ったり、恐怖や混乱で仲間を危険にさらす事もありますから、お若いのに感心しているのですよ」
「それは――功名心やら虚勢やらで結構な失敗をしていますからね」
自嘲するバイロンに、武官達は穏やかに笑う。
「だとしても、私達が安心して剣を振るえたのは事実ですよ。共に戦ったのですし、そのまま私達にも手伝わせてください」
「あ、ありがとうございます」
武官達の対応に、バイロンは少し驚いたような表情をして、それから噛みしめるように目を閉じていた。それもわずかな間だけの事。また気合の入った表情で設営作業に戻っていく。
ルトガーもそんな光景に静かに頷き、それからこちらに視線を戻してくる。俺やルトガー。レアンドル王と冒険者達のリーダーは話をするために少し設営作業からは外れている。
「ルトガー卿との訓練もそうですが、訓練生の方々と一緒に過ごしているのが良い影響を及ぼしているようですね」
「そうであれば嬉しいのですが」
ルトガーもそう笑って応じ、レアンドル王も静かに頷く。
というわけで早速ではあるが、話をさせてもらう。俺やレアンドル王を交えての話という事で冒険者のリーダーは少し緊張している様子ではあったが。
「まだ設営が終わっていない状態ではあるがな。情報伝達と共有は早い方が良い。詳しい話を聞かせてもらいたい」
「はい……!」
レアンドル王が笑って言うと、冒険者も真剣な表情で応じる。
即席の椅子を木魔法と土魔法で構築してそこに腰を落ち着けて話をする。助っ人の彼については分析も続けているので俺の腕の中だが……意識がない状態だし、仮に意識が戻っても聞かれて困る話でもないだろう。
「いつも通りに魔物の駆除に動いていました。いきなり揺れが起きて、崩落が起き……足元が抜けた、というところまではご存じかと思いますが……」
そうだな。それはバイロンからの連絡で把握している部分だ。
地底湖に落ちた冒険者達は一先ず目についた横穴に退避したそうだ。ぎりぎりで難を逃れた仲間が無事であることは分かっていたし、横穴がある、そちらに退避する、とは叫んで伝えていたらしい。だから言葉通りそこに逃れて救助を待つ事にしたわけだ。
戻る手立てがあるわけではなかったらしいしな。そうした荷物は落ちた側が持っていたようで……。
そこで……流した血を嗅ぎつけたか、それとも湖面に落ちた際の音などを察知したか、あの巨大サンショウウオ達との戦闘になってしまったという。
そちらは撃退したが、その時は増援もなかったので、そのまま横穴で待つという選択をとったらしい。
やがて話を聞いたルトガー達が駆けつけてきて。彼らがロープを張って地底湖に降りてきた時点で……二度目の揺れが起こった。
「咄嗟に上に残っていた者には退避を命じました。また崩落が起これば、場合によっては全滅も有り得ましたから。下にいる自分達はその辺、水深がそこそこあるようなので、助かる余地も大きいだろうという目算もありましたね」
なるほどな。岩の下敷きもそうだし、通路の崩落の仕方によっては脱出経路がなくなる可能性もある。事実として、落盤が起きて現場に至る通路も閉ざされてしまったわけだし。
問題は……一度目の騒動でサンショウウオ達がかなり活性化してしまっていたことだ。冒険者達はすぐに自分達のところに退避を呼びかけ、上陸したは良いが合流して集まってきたサンショウウオとの戦いになってしまった。
怪我人もいるし身体も濡れている。仲間達の血を嗅ぎつけて更にサンショウウオも集まってきているという事で、話し合って穴の奥への一時的な退避を決めたらしい。
「水を操る力を持つ大型の個体もいて、それがかなり厄介だったので少し穴の奥に退避すれば、とも思ったのですが……これが結論から言うと判断としては失敗でした。追撃を避けようとして、別の魔物のワームの巣穴に迷い込んでしまった」
「そのあたりの判断は難しいところですね。迷宮でも退避が良い結果を生むことも悪い結果に繋がることもありますので。その場の判断としては間違いではなかったのではないかと思います。それに……結果というのならこうして全員無事でいますし」
そう言うとルトガーも「確かに」と苦笑する。
あえて言うなら判断が悪かったというよりは運が悪かったのだろう。怪我人を抱えたままで強力な魔物が地の利を得て迫っている状況だ。中々に対応は難しい。
逃げたことで予期せぬ助っ人の協力を得られたわけだし、それによって救援が間に合った。反省点はともあれ、不幸中の幸いとして行動が良い結果に繋がったというのは間違いない。
そして……知りたかったのはワーム達に追われる中で起こった出来事だ。
「ワーム達に追われて、私達はこの場所に出ました。出てしまった、というべきでしょうか。巣穴さえ抜けてしまえば隘路で一方向だけから迎え撃つ算段もあったのですが……」
そう。そうだな。広場で多勢に包囲されるよりは対応しやすいかも知れない。巣穴内部で足を止めてはやがて四方八方に入り組んだ横穴から迂回して襲われるのでジリ貧だろうから、その場で迎え撃つという判断はできない。
「そこに駆けつけたのか居合わせたのか。この場所に来た時に、援護射撃をしてくれた上に結界を貼るので自分の近くに来るようにと、そう呼び掛けてくれたのが彼なのです」
冒険者達のリーダーが俺の腕の中にいる人物との出会いについて話をしてくれる。
「ワーム達が原因かは分かりませんが、会った時から不調だったようです。彼の展開してくれる防御結界で凌ぎながら、対応していたのですが……」
ルトガーと冒険者のリーダーは、少し表情を曇らせる。無理をさせてしまったのではないかと心配しているようだ。
「心配して声を掛けたら、どうせこの状況では自分も逃げられないのだから徹底的に付き合うと、そこまで言ってくれました。それで皆奮起したのは確かです」
「戦いの中で名も聞いていますが……彼が自分の事は忘れて欲しいと言っている以上は、彼の口から伝えてもらう方が良いのかも知れませんね」
冒険者のリーダーとルトガーが言う。
「そうか……。そこまで言ってくれるなら奮起もするだろうな」
「持ち堪えられたのはそれが理由でもあります。恩人ですね……本当に」
レアンドル王の言葉を受けて、ルトガーは俺の腕の中にいる彼を見やって言う。そんな様子に、モニターの向こうのみんなやテスディロス達も感じ入っている様子であった。