番外1562 戦闘の痕跡
湖の上層にマジックシールドを足場にして立つ。今度は隠蔽フィールドで俺とバロールを中心に、一塊になっての移動ではあるが……魔物達に反応は、ない。
「もしも空中戦装備の移動が難しくなった場合は仰って下さい。煙で足場を作って支援しましょう」
オズグリーヴが言う。魔力の枯渇もあるからな。ドラフデニアの武官達も心強そうに頷いている。
即座に装備した者の魔力を使うのではなく、動力源となる魔石を組み込んであるタイプのものを用意しているので、蓄積された魔力を使い切るまでは装備者は消耗せずに動けたりもするな。
まあ、今のところは皆大丈夫そうだ。
「まずは落下地点まで行ってみましょう。そこから目につく横穴、移動しやすい横穴から探していくというのが良いかと」
そう伝えると、一同頷いて移動していく。
隠蔽フィールドは展開しているから多少物音がしても問題はない。迅速な救助が肝心という事で、あまり派手な動きではないものの皆機敏に動いてくれているようだ。
オズグリーヴも俺達全体をカバーするように薄い煙を格子状に展開して、上下からの攻撃を防御したり、落下を防げるように予防策を取っているな。
そうして天井に空いた崩落部分の真下までやってくる。通路に沿って崩落した様子が見て取れるな。暗視の術を使えば……湖底にも岩が沈んでいるのが見える。
そこから周囲の状況を見回しつつ高度を下げて行って、水面付近まで移動する。
「ここから見える横穴か」
テスディロスは膝をつくようにして視点を更に下げて、文字通りの当事者目線で探しているようだ。それに倣うようにバイロンやウィンベルグ、ドラフデニアの武官達も続く。
「確かに、退避するのに良さそうな横穴はあるな」
「ざっと周囲を見回してみたけれど、見える範囲に人の生命反応はないな。ここから無事に移動したのなら良いのだけれど」
そう言いつつも上陸しやすそうな横穴に目星をつけて、そちらに移動していく。候補としては2つほどだが……近づいていくと、コルリスとアンバーがほぼ同時に反応を示した。
「あれは――」
「魔物の死体、か」
水中にいたサンショウウオのようなシルエットの魔物だな。横穴に乗り上げたような形で横たわったまま動かない。生命反応もないようだが……。
近づくと、状況もより鮮明にわかってくる。横穴は少し上の方向に続いていてまだ奥があるようだが、サンショウウオ達が4、5体ほど倒されていた。
サンショウウオと言ってもかなり大型で、体長は2メートルから3メートルぐらいはありそうだ。地底湖に住む種だからか、身体が真っ白で目は退化しているようにも見える。
水中から追われて戦闘になったか。
『ん。遺骸の状態に時間差がある』
というのはシーラの分析だ。確かに。血の渇き具合などから見ると、そう見える。
「倒した人物が違うのかな。古い方は矢や魔法も撃ち込まれていたりするけれど、新しい方は剣による一撃で倒されてる」
「剣の方は闘気によるものだな。この手並みはルトガーではないかな?」
なるほど。それなら辻褄が合う。最初に落ちてきた冒険者達がここに逃げて、追ってきたサンショウウオを撃退。次にルトガー達が救助に向かって襲われた、と。
『コルリスとアンバーは……怪我人がいるみたいだって』
ステファニアが言うと、コルリスがこくこくと頷き「たぶん、人の血のにおい」と土の術で文字を形成するアンバーである。
そうした情報に緊迫した空気になるが……。
「出血量そのものは……大したことがなさそうだ」
血痕は乾いていたが、それほどの出血量ではない。そのことを伝えると、みんなも少し安堵したようである。
ただまあ、こういう場所での怪我は甘く見るわけにも行くまい。ルトガー達や冒険者達とて備えはしているだろうから、治癒術式とまではいかずとも応急処置はできるものとは思われるが……。
ともあれ魔物の更なる出現を見てか、周囲の安全、あるいは治療や休憩場所を確保するためか。横穴の奥に向かった、というのは間違いなさそうだ。
「しかし、現時点での避難が確認できたのは朗報だな。怪我人がいるにしても安全確保のための移動は可能ではあるのだろうし、怪我の具合もここからの情報ではそこまで深刻ではない、か。分かっていない情報もあるが希望は十分に持てる」
レアンドル王が力強く言うと武官達も気合が入っている様子であった。
レアンドル王の言葉は救助隊の士気を考えてのものでもあるだろう。強気一辺倒でも駄目というケースはあるが、この場合は問題ないし分析としても実際的確だ。状況に即した上で士気を考えてというのは俺としても参考にすべき立ち回りではあるな。
「においは……もっと奥に続いているのですか?」
ペトラが尋ねるとコルリスはこくんと頷く。
「よし。それじゃあ奥へと進んでいこう。未知の魔物がいる可能性は高いし、コルリスは――十分に気を付けてね」
そう伝えるとコルリスはこくんと頷く。アンバーと顔を近付け鼻をお互いひくひくとさせてコミュニケーションをとっているようだったが、やがて揃ってこくんと頷くと動き出す。
それに合わせるように改めて隊列を組み直し、捜索を再開する。
「精霊や環境周りでの異常はまだ確認できないな。ここまで来て揺れの原因は不明、か」
『もっと下層に原因があるのかしらね』
俺の言葉を受けてローズマリーは羽扇の向こうで思案を巡らせている様子であった。
ここも未探索のエリアで、魔物の領域であることに変わりはない。魔力は地底湖に入ってきた時と変わらず。異常はないが人の領域ではないと示すような、静かな断絶のようなものがある。
精霊達も人慣れしていないようだからな。積極的には近づいてこない者が多い。
興味がないわけではないようで、こちらを物陰からのぞき込んでいたりはするが。邪精霊というわけではないので笑顔で軽く手を振ると、一旦顔を引っ込めて恐る恐るといった調子で顔を覗かせていた。
「うむうむ。人に慣れてはおらんとはいえ、害をなしてくる手合いではないな」
そんな様子にロベリアも頷いていたりするな。中立の相手ではあるが、とりあえず敵意がない事を示しておくのは大事だろう。今後このエリアに立ち入る事が増えた場合に……少なくとも悪い影響は及ぼさないだろうしな。
横穴を進んでいくと、少し入り組んだ空間に出る。大小様々な横穴があって……物陰が多いのであまり長居したい空間ではないな。
……追跡をする分には問題ない。嗅覚で追う以前に、小石を積んで移動した方向を示す目印のようなものを残してあるし、人が移動するのに適した横穴は限られているからだ。
「冒険者達の案なのかルトガー卿の案なのかは分かりませんが、良い対応ですね」
「自分達用の目印にもなりますね」
俺の言葉にエスナトゥーラは笑顔で頷いていた。そうだな。どちらから曲がってきたのかを示すものかも分かりやすくなっていて、捜索する側もされる側も動きやすくしている。こうした対応をしているのも、こちらの救助を想定に入れているからだろう。
一番広くて傾斜が上になっている穴を選んで移動しているようなので……まあ地上の方向を目指す。自力脱出までとはいかなくとも落ち着ける場所を目指すという意味では妥当なところかも知れない。魔物の襲撃を受けたばかりで地底湖からは少し距離を置きたいという心理だって働くだろうしな。
ここまで気を遣っているというのなら、それほど遠くまで進むつもりはあるまい。引き返したというのなら目印も回収しているだろうし方向としては間違っていない。このまま追っていけば遠からず見つけられそうだ。