番外1561 静寂の地底湖
「崩落現場は……まだ結構危ないね。あの辺も崩れそうな気がする」
「ここかな」
「うんっ」
セラフィナが教えてくれた部分を補強しつつ、崩れた岩場の整理にも取り掛かる。
もう崩れてしまった岩については……通路のスペースに余裕はあるので、上からゴーレム化してそちらに整列させていけばいいとは思う。
ただ、この通路は使わなくても地底湖に進む事はできるのではないかと見ている。下の区画に地底湖が広がっているのならば、最初の崩落部分まで行かずとも、そこに直接進むルートを構築すればいいのだから。
現場に到着した時点でコルリスとアンバーの役割は索敵から違うものに変わっている。つまりは地下潜行してもらい、俺達が今立っている場所の直下から直接地底湖に出ることができるかを調べてもらっているわけだ。
作戦として決まっていたことでもあるので、現場に到着したところで「よろしく頼むね」と伝えると、コルリスはこくんと頷き、アンバーと視線を合わせてその手を取り合う。そうして連れ立って地下に潜行していった。
五感リンクで状況把握できるし、魔道具の扱い等も一日の長がある分、コルリスがアンバーをフォローしつつも、一緒に行動してお互いを守る、というわけだ。
コルリス達が戻ってくるのを待ちながら、直下から地底湖に向かうのが難しい場合でも迅速に行動できるよう、崩落した岩を片付けていく。
「環境魔力や精霊達の様子は……この辺でも普通、かな」
同時に周囲の状況を探っていくが、特に問題はなさそうだ。広範囲に広がっての揺れであったようだし、魔物や人為的な術式が原因だったとしても震源地はここではないのだろうが……。
精霊達は少し不安そうにしているが、その様子は地上とあまり変わらない。何が起こったかは分からず。高位精霊の加護を受けた俺達の登場に少し喜んでいるようにも見える。
「うむ。安心するのじゃぞ」
ロベリアもそんな風に精霊達に伝えていた。妖精と精霊の親和性も高いからな。小さな精霊達はこくこくと頷いているが。
「周辺の魔力も精霊達も、地上とあまり変わらず、といったように見えますね。何か原因があるにしてもこの付近ではないのかも知れません」
「原因の特定か。中々に難しいものだな」
そうした状況を伝えると、レアンドル王が思案しながら言う。
岩の除去は順調だな。危険な部分を補強しつつ上から順にゴーレムにして移動させるという手順なのでそこまで迅速というわけではないが……。
そうこうしていると、コルリスとアンバーが地面から顔を出し、こちらに向かって手を振ってきた。
『この近辺でも直下から直接地底湖に抜けられそうよ。距離もそこまででもなくて……周辺まで探ってきたから割と安全に行けそうだわ』
ステファニアが教えてくれる。
「それは良いね。崩落した部分を除けて現場まで移動するより、自分で安全な道を作った方が良さそうだ」
『それと……地底湖やその辺にはやっぱり魔物がいるみたいだわ。臭いを感じ取っているわね』
その言葉に、コルリスとアンバーが揃ってこくこくと頷く。
『天井から湖面までは結構高くなってる。横穴も見えた』
アンバーが土魔法で文字を描いて教えてくれた。
なるほどな。
追跡するためのにおいの線と言えばいいのか。落水した場合そういったものは一旦途切れてしまっているとは思うが。
水を避けてどこかの横穴に退避したのならそこに冒険者達やルトガーのにおいが残っているだろう。
地底湖から退避できる横穴、となるとある程度水面に近い場所になるだろうから、追いかけることはできるはずだ。
「では――上から直接地底湖に向かいましょう。水面付近の横穴を捜索して、においが残っている場所を見つけて、そこから追跡調査していくことになるかと」
「下に抜けたら、私達も空中戦装備を活用して動けばいい、という事ですね」
ペトラが言うと、ドラフデニアの武官達も空中戦装備を改めて確認していた。バイロンにも空中戦装備を持ってきているのでそれを装備してもらっている。シールドを足場として展開して空中歩行するだけならとりあえずは問題なさそうだ。
「そうなるね。湖面からの攻撃や、天井付近に魔物が潜んでいないとも限らないから、その辺にも注意をして欲しい」
通路の崩落前にルトガー達は先に落ちた冒険者達の無事を確認しているし、横穴に退避するというのは伝えている。落水したら即座に襲われる、というわけでもなさそうだ。
地底湖という環境からして、上から落ちてくるものに食事を依存しているとは思えない場所だしな。
崩落している部分もある程度整えてある。上部にも隙間ができて、少し不便ではあるが行き来も可能だろう。セラフィナとロベリアが、隙間の向こうをのぞき込んだりもしているが。
「崩落部分はどうかな? 安全そう?」
「んー。安定してると思う。今の状態なら崩れてくることはないと思うよ」
笑顔で答えてくれるセラフィナからも太鼓判を押してもらったところで、地底湖への直通路を構築していく。
ステファニアの持っている情報や周辺の構造と合わせて、新たに壁面に横穴を作りつつ、角度を付けて下に向かう穴を掘っていけば地底湖への安全な直通路を作れる、と見積もってゴーレム化させていく。
既に除去した落石や掘った穴から作ったゴーレム達は……そのまま穴の周囲を保護する壁になってもらうか。再度の揺れが来てまた崩れたりしても問題があるし、後から来た者達が誤って作った通路に迷い込んでしまうのも問題だしな。
というわけで構造強化と並行して穴を掘りつつ、下に降りるための階段と、その周辺を囲う設備作りを進めていく。ちょっとした魔法建築風味ではあるが……。
「下が未探索の区画ですからね。階段は広めにして、見通しも良くしておきます」
「魔物が上がってきた場合も対応できるように、ということだな」
レアンドル王が頷く。そういう事になるな。出口部分は上からは確認しやすく、下からは自然石に見せかけて偽装しておくといった工夫もしておくのが良いだろう。隠蔽の術式も施しておけばより万全だ。
やがて――。地底湖への直通路が開通する。ゴーレムを除けたところにぽっかりとした穴が見えるようになった。
湖底から光る水晶が所々生えているようで、ある程度見通しもきく。静寂に包まれていて、光る地底湖は綺麗ではあるが不気味と感じる者もいるかも知れない。
水深は……結構ありそうだな。上から落下しても無事というのもまあ、分かる。
大きなサンショウウオのようなシルエットの……魔物らしき生命反応が潜んでいるのも見て取れる。地底湖上部には――ストーンビートルや蝙蝠の魔物がいるか。天井付近はあまり剣呑な反応はないようではあるが――地底湖内の魔物はそれなりに反応が強いようだ。
冒険者達やルトガーの生命反応は……見える範囲にはない。無事に避難しているのであれば良いのだが。
「環境魔力も……上とは少し違うな。揺れの影響だとかそういう事じゃなく……未探索の区画で人の影響がないからかも知れない」
下から伝わってくる雰囲気の変化は皆も感じ取っているのか、少し緊迫した表情だ。ここからが本番だな。
出口部分の偽装工作まで完了したところで、地底湖内部の空間へと侵入していく。隠蔽フィールドも展開しているので周辺の魔物からの反応は……ないようだ。
「このまま水面付近の様子を探っていこうか。湖から上がった横穴が見て分かりやすければ良いんだけどね……」
落下した部分は天井に穴が開いていてわかりやすい。そこを起点に、目につきやすく、水から上がりやすいであろう横穴から探していく、というわけだ。