番外1560 地下を進めば
「あの辺、少し脆くなってる。危ないかも」
「ん。わかった。この辺?」
「うんっ」
セラフィナが教えてくれる場所を土魔法で補強した上で支柱を形成したりと、道中の安全確保をしながら進む。揺れの後という事もあって、もっとあちこち危険な場所があるかもと思っていたが、今のところセラフィナが指摘してくる場所はそこまで多くないようだ。
ゴーレムを作って補強した部分を支える支柱を形成すると、セラフィナは満足そうに頷く。
「良いみたい」
「よし。それじゃ進んでいこう。っと、その前に――」
コルリスが横穴に何かがいると察知しているようだ。ステファニアが五感リンクで伝えられたことを教えてくれた。
横穴をちらりと覗いて、生命反応で潜んでこちらを窺っているものを特定する。向こうからは見えない位置まで進んだところで、マジックサークルを展開。
横穴の出口部分に呪法を施しておく。床と入り口付近に靄のようなものが走ってから薄れて消える。
「ここの横穴の奥に、ゴブリン達が潜んでこっちの様子を窺ってる。襲撃してきたら呪法が発動するようにしておいた」
時間限定で……俺達が救助を終えて脱出するまでの間。俺達に襲撃をしかけようとすると発動、といった具合だ。
「通過を見逃すのなら、後ろから襲撃してくるつもりか。それともこちらの人数がそれなりの規模だからやり過ごすのが目的か」
「ゴブリンならどちらも有り得ますね。相手が大人数でも暗がりに紛れて最後尾を襲撃して武器防具を奪うといったこともしますので」
レアンドル王が分析するとペトラもそう答える。
「今は救助が目的ですし、真っ向からぶつかってくる規模ではないようですからね。呪法で対応しましょう」
「最後尾の武器防具、となると俺の装備あたりが目的になるか。ゴブリンでは捨て置くのも問題があるから仕掛けてくるつもりなら俺からも対応しておく」
「うん。よろしく頼む」
槍を見ながら言うテスディロスに答えつつ、更に隊列は前に進んでいく。最後尾の様子はバロールも警戒しているし、ハイダーをテスディロスが連れているので常に後方の様子を見ながら進む事ができるが――案の定ゴブリン達は少し間を置いて、横穴の暗がりから出てくる。明かりも必要ないし音も立てない、というのは種族特性故だな。
こういう洞窟内部はゴブリンにとってのホームグラウンドだ。集団で行動する性質と合わせて野外で接触するよりも危険、という認識は必要だろう。
かといって、いちいち相手をしているのも救助対象を待たせている状況ではな。ゴブリンは排除しておいた方が良いのは間違いないが、毎回まともに相手をしていては救助が遅れてしまう。
俺達の後を少しの間音もなくつけてくるゴブリン達であったが、少し狭い曲がり角に差し掛り、前衛から隊列の中心まで通り過ぎた瞬間に仕掛けてきた。
この位置なら、多人数の利点は活かせないし最後尾の者達も前に逃げるのは難しくなる。襲撃のタイミングとしてはベスト。しかし、既に連中はあの暗がりから出た時点で、呪法の対象となっている。
後は発動条件を満たすだけで仕込まれた呪法がまとめて起爆する。
テスディロス達に突っかけようとしたその瞬間、突然ゴブリン達の身体が前のめりに倒れる。何が起こったのか分からない、といった様子で地面に倒れ伏して困惑の声を上げるゴブリン達に、テスディロスが振り返る。
『この槍と鎧はくれてやれんな。テオドールや工房の皆が作ってくれた、大切なものだからな』
そう言って魔力を込めた槍を一閃すれば、大空洞が一瞬稲光で明るく照らされる。凄まじい雷撃の音と共に、地面に転がっていたゴブリン達は悲鳴を上げる間もなく飲み込まれていた。
きっちり倒してくれたようだな。バロールが飛んでいき、ゴブリン達をライフディテクションで確認した上で魔石抽出まで行っていく。
『……亜種までいましたか』
『ここで対応出来ておいて良かったな』
ホブゴブリンの姿を確認して、ウィンベルグがそう言うと、テスディロスも同意する。ホブゴブリンが増えてくるとシャーマン等もでてくるからな。まあまだ普通に対応できる範囲内ではあるが、一団を倒す事ができたのは良かったと思う。
「うん。大丈夫みたいだ。ありがとうテスディロス」
そう伝えると静かな笑みを見せるテスディロスである。
「連中が仕掛ける前に地面に倒れていたのは?」
「一時的な脱力の呪法ですね。呪法を仕掛けた部分がその場に残り続けても問題ですし、あちらも発動した際の効果も、一応時間経過で解除されるようにはなっています」
『呪法は強力な効果にすると反動が大きくなってしまいますからね。直接的な効果は弱めにして最大限の結果が出せるように狙うのが理想ではないかと思います』
レアンドル王の言葉に答えると、エレナもにっこりと笑って補足するようにそう言ってくれた。
「魔術師として……そうした術の使い方は参考にしたいものです」
ペトラもそう言って頷いているな。そんな話をしながらも隊列はセラフィナの危険察知とコルリスの警戒の中、大空洞を前に進んでいく。
「何というか……私達のやってきた対ゴブリンを想定した対応手段とは全く違うと言いますか……」
ゴブリン撃退からほとんど立ち止まる事もなく、間を開けずに前に進む隊列を見て、バイロンが言う。
「その辺は手札に違うものがあるからだね。とはいえ、基本的な部分を下地にしていないと、状況と環境に応じた対応も、的外れになってしまうから」
「標準的な部分も大切、という事ですね」
オルディアが目を閉じてうんうんと頷く。そうだな。バイロンも今までの訓練を思い出しているのか、色々と思案しながらも気合を入れ直している様子だった。
大空洞内部はと言えば……やや狭くなってきている。光る水晶群は生えているエリアとそうでない場所があって、この辺は暗いが暗視の魔法があれば問題はないな。
広々とした部分から何度か脇道に逸れた。事前に聞いていた情報の通り、横穴等もあって割と入り組んでいるようではあるが、まだこの辺は探索済みの場所であり、定期的な魔物討伐の巡回エリアという事もあって、魔物の数は少ないようだ。
現場となる地底湖は未探索のエリアで魔物側の領域だからもっと危険度が増す、とは思うが。
それでも先ほどのゴブリンの襲撃を始め、魔物の数はゼロではない。自然石のような姿をした擬態型の魔物もいる。ストーンビートルという岩の姿をした甲虫だ。が……それは先頭のコルリスが無造作に大きな爪で叩き落としてすかさず結晶弾を叩き込んでいた。嗅覚の精度もばっちりなようである。
『あの魔物は、普通に暮らしていた頃にもよく対応していたらしいわ』
「なるほど。慣れてるわけだ」
ステファニアの教えてくれる情報に頷く。
現在いる場所はコルリスやアンバーにとってはやや手狭になっているが……大空洞の足場に少しだけ潜行して泳ぐように移動しているな。
ステファニアの話によれば、地上の探知をしながら地中の脅威も察知したり身を守ったりというのも問題ないそうだ。
嗅覚だけでなく聴覚や触覚もなかなかのもののようで、地面を伝わる音や振動も感知しているようだからな。魔力ソナーも見様見真似で身に着けたとのことで、何気に俺と出会ってから探知能力が増しているコルリスである。
そうやって索敵と撃退。安全確保をしながら大空洞を進んでいくと、少しだけ広い道に出た。
「この先が現場です」
道案内役をしてくれる武官が教えてくれる。そうして……曲がり角を抜けたところで、崩落現場が目に飛び込んできた。
大小さまざまな石、岩がうず高く積もって、完全に道が塞がってしまっているな……。