番外1559 大空洞内部への潜入
突入前に現地に転送魔法陣を描く。改めてテストも兼ねてセラフィナにもこっちに来てもらったり、魔道具を送れるかを試したりすれば突入前の準備は完了だ。
「よろしくね!」
セラフィナは明るい笑顔で挨拶をしていた。ロベリアもセラフィナの登場に「うむうむ」と上機嫌そうだ。
セラフィナが同行してくれるなら崩落の危険を察知できるからな。
隊列に関しては……先頭を行くのは嗅覚探知の役割を考えてやはりコルリスが適任ではあるだろう。少し離れた位置に俺。中間あたりにオズグリーヴ。その少し後方にアンバー。最後尾はバロールだ。
オズグリーヴ以外の覚醒している氏族の面々は少しずつ距離を開けて、崩落からの周辺防御ができる面々の間に配置されている。ペトラは情報提供の役割も担ってくれているので隊列前方――俺の近くだな。
レアンドル王は危険なのでと同行している武官達が伝えたが、危険を承知で行くのに当事国の王が保身で怖気付いていてルトガー達に顔向けができるのかとそう言って押し切っていた。
まあ……こうやって突入する以上、安全はしっかり確保して進んでいこう。
「オズグリーヴには万一の時に負担をかけてしまうけれど」
「問題はありませんな。しっかり防御して見せましょう」
オズグリーヴは煙を隊列全体の頭上に展開する。三角の天蓋状と支柱状に変形させている。これをいざというときは瞬間的に硬化させることで落石からの防御を行いつつ、みんなもレビテーションの魔道具で補助を行う形になる。空中戦装備もあるからできる対策ではあるかな。天井ではなく足場の崩落については、同様に空中戦装備による対応は可能だろう。
これに加えて地中潜行の術式展開と転送術式による避難といった対策があれば概ねの状況に対応が可能だろう。
力のリソースを範囲防御に割く分だけ、やはりオズグリーヴ自身の防御は甘くなってしまうが、そこは専門に護衛を立てることで対応する形になるな。
「オズグリーヴの防御は任せてもらおう」
そう言って気合を入れているのはゼルベルだ。力を受け流す技術もあるし、真っ向からのぶつかり合いでも対応できる。リュドミラと共に行動していたから他者を守るという経験にも慣れているというのもあって、かなりの適任と言えるだろう。
「よろしくお願いしますぞ」
オズグリーヴが笑って言うと、ゼルベルも拳に闘気を纏いながらにやりと笑って頷く。
うん。オズグリーヴの守りは大丈夫そうだ。
「コルリスとアンバーは、少し隊列が離れてしまうのは悪いけれど」
そう言うとコルリスとアンバーはこくんと頷き、大丈夫、というように揃って手を振ってくる。お互い手を取り合って見つめ合ってふんふんと頷いたりもしているが。任務に臨むにあたって頑張ろうと言い合っているような感がある。
アンバーの近くにはバロールとテスディロスが隊列として並ぶ。テスディロスは普通に戦っても強いが広範囲に電撃が放てるから、末端での迎撃能力も高いからだ。
オルディアやエスナトゥーラも迎撃能力は高いが、この辺はテスディロスの方が殿を申し出てくれた形だな。
テスディロスが「よろしく頼む」と伝え、バロールも目を閉じるようにして挨拶をするとアンバーもこくこくと頷く。アンバーはこうした任務は初めてだが、コルリスと共に旧坑道に出かけて、冒険者を助けたらそのまま一緒に行動するということも多かったしな。隊列を組んでの集団行動にはかなり慣れてきている。
コルリスとアンバーは揃ってルトガー達の野営地に移動し、彼らの使っている道具を嗅いだり、一緒に行動しているバイロンに鼻を近付かせてひくひくと動かし……やがてこちらを見てこくんと頷く。においは覚えた、という事だろう。
バイロンはと言えば、コルリスやアンバーと間近で接して、少し目を瞬かせつつもよろしく頼むと挨拶をしていた。コルリスとアンバーも頷いていたが。
「これだけ人がいれば外は安全だと思うが、あまり油断はしないようにな。ゼファードもな」
レアンドル王が声をかけるとゼファードが分かったというようにこくこくと頷いて応じる。
コルリスやアンバーは狭い場所でも地下だから岩の中を潜行するように移動できるが、グリフォンはそうはいかないしな。外で支援側に回るのは致し方ない。
外に残る面々は、水晶板の操作等ができるティアーズの何体か。それにドラフデニアの武官達から構成される潜入班以外のメンバーだ。船の管理と物資の積み下ろし等の仕事をして、外部で俺達の支援をしてもらうというわけだな。外に退避してきた冒険者達や近場の拠点から駆けつけてきている武官達、冒険者ギルド関係者も支援役に回ってくれる。
では――大空洞に突入していこう。同行してきた面々で隊列を組んで内部へと潜入していく。勿論、バイロンも一緒だ。
最初は広々とした大空洞の入り口だ。手前から斜面になっているから天井は割と高く、光る水晶が所々に生えていて視界も通るので、あまり圧迫感のようなものはない。
「周囲魔力は……悪いものではないようではあるが」
ロベリアが言う。土の精霊達が割と沢山いて岩陰から顔だけ覗かせていたりして、可愛らしいものだが。
「うん。入口付近は大丈夫みたい」
セラフィナも頭上や足元を見回しながら笑顔で教えてくれた。
「一先ず……入口付近の崩落はなさそうですね」
「危険を感知したら教えるね」
「まだまだ入り口とはいえ心強いものです」
俺やセラフィナの言葉にペトラが笑顔を見せる。
危険察知に関してはセラフィナのお陰で余裕があるので、生命反応感知で魔物の襲撃に注意を払いつつ精霊の状態に関する話をすると、レアンドル王は頷いていた。
「――自然由来の出来事ではなさそう、ということか」
「移動中に異常を察知できる可能性はありますが、現時点での精霊の反応からするとそのように感じられますね」
そう答えると、レアンドル王は思案しながら言う。
「国内情勢の話になるが……そうした事を国内で行いそうな輩に心当たりはない、な。把握できていないだけだとするならば為政者としてお笑い種ではあるが」
把握できていないだけの場合か。そうしたことに考えを巡らせられるレアンドル王だからこそ、信頼がおけるというか。
「人為的なものだとしても、陛下の政務に起因してのものではないように思いますが」
「そうであってくれればよいのだがな」
俺の言葉にレアンドル王は真剣な表情で頷く。ともあれ、ドラフデニアの内情は落ち着いているわけだ。レアンドル王は元々善政を敷いていると評判も良いしな。細かく見て行けば多少が何かしらあるのだろうが、政情不安と呼べるほどの問題は聞いていない。
「人為的なものではないなら、魔物か、それとも地下大空洞ならではの事情という可能性も増してきていますね。大空洞に関しては探索できる範囲がそこまで広くはないからわかっていない部分も多いですし」
ペトラが言う。ルトガー達が救出のために降りた地底湖も、恐らくは未探索の場所だと見ているようだ。
「バイロンは、大丈夫?」
「緊張していないと言えば嘘になってしまいますが……大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
バイロンに声をかけると、そんな返答があった。そうだな。適度な緊張と目的意識とで逆に集中力が増しているようにも見える。洞窟や迷宮のような場所での作戦行動の少なさについては……こちらで補えばいい。
そうして現場までの俺達は案内役をしてくれるドラフデニアの武官の後に続いて、大空洞内部を進んでいくのであった。