番外1557 崩落の原因は
飛行船は王都からやや南西寄りの、ベシュメルクのある方角に飛んでいく。迅速な救助が大事なので移動のための速度と高度は結構なものだ。
『私は現場を見ることができたわけではないのですが、単純な落盤ではなく、底が抜ける形での崩落で、下に何か……未発見の空洞と地底湖があったようです。冒険者の数人もルトガー卿を案内した後で救助に穴に降りたところで、再度地震のような揺れが起きました』
バイロンが知っている事を教えてくれる。
今度は通路部分で落盤が起こりそうになり……上でロープを見張っていた人員の退避は間に合ったものの、現場に繋がる通路が埋まってしまった、とのことだ。
冒険者達は近場の拠点……冒険者ギルドまで連絡に向かい、武官は先ほど言っていたように大空洞に入らないように見張り役になったりしているとのことで。
バイロンはその武官から連絡を受けて、魔道具でレアンドル王に知らせた、というわけだ。水晶板をルトガーが使っているところを見たことがあるから、使用を頼まれた形なのだと言う。
水晶板もバイロンの近況を見せてもらうためのものという想定でルトガーに預けていたものだしな。緊急時の想定もしていたがルトガーが戻ってこられない時にバイロン以外がいきなり触るのも、と考えてしまうのも分かる。
「わかった。今は緊急時だし、バイロンが交代や休憩する場合に、その武官に使ってもらうのは全く構わないよ」
レアンドル王と頷きあってからそう伝える。水晶板自体は使いやすいものだしな。連絡役にその武官が回れる方が対応しやすくなる面もあるだろう。交代での見張りや避難誘導、休憩などもあるしな。
とはいえ、俺達も飛行船を結構な速度で飛ばしながら移動しているので、それほど時間もかからずに現場に到着するとは思うが。
『問題は、最初の崩落も二度目の崩落も地震の後だった、という事かしら』
クラウディアが目を閉じる。そう。問題はそこだ。最初に足場が崩れた際も現地での地震らしき揺れの後だったという事である。
「まず……現地の状況が落ち着いているなら多人数を入れての捜索もできるけれど、状況によっては少数精鋭にせざるを得ないかも知れないね」
術式で補強しながら進んだり、崩落しても周囲にいてくれるなら守れるとは思う。
バロールやオズグリーヴも同行者を守る事はできるだろう。ただ、班分けをするにしてもそこまでだな。コルリスとアンバーも土魔法による制御があれば一先ず近くにいれば安全だと思う。ただし、周囲はある程度は守れるが、その範囲は広くはない。
テスディロス達は――崩落した場合に自分の身を守れても、同行者まで守るというのは中々に難しい。
実際の探索では隊列も縦に伸びるだろうし、俺、バロール、オズグリーヴ、コルリス、アンバーを隊列中にバランス良く配置して同行者全員の守りを完璧にしながら捜索する方が望ましい。
そうした事を説明するとレアンドル王も「なるほどな」と思案を巡らせていた。
「もう一点、気になる部分としては……地下大空洞付近やドラフデニアというのは地震が多いのですか?」
「いや……。少ない方だ。報告を受けたことがないし、地震が多いようでは大空洞に立ち入ることも許可はしない。ドラフデニア全体では地震が全くない、というわけではないが……多いという事はないのではないかな」
レアンドル王は考えを巡らせながらもそう答えていた。
なるほどな……。
「少ないのなら尚の事と言いますか、地震が何に由来しての物なのかを懸念しているところがあります」
「自然のものではない、と?」
「その可能性も考慮しておくのが良いかなと」
自然のものならそれで良い。現状で地震が頻発するような状況だとしても、精霊達に頼めば安全確保もできるだろうし、何が起こっているかもある程度察することができるだろう。万一現場付近の火山活動等であれば土の精霊だけでなく火の精霊の活動も活発になっているだろうからな。
「――といった方法で……精霊を元に分析すればある程度は把握できますし、対応策もとれますから、その場合は何とかなるかなとは思っています。問題は……原因が自然のものではない場合ですね」
『強力な魔物の活動や、人為的な術式が原因の場合、でしょうか』
エレナが真剣な表情で言う。頷くと、みんなの表情も少し緊迫感が増した様子であった。
魔物であっても術式であっても最低限地震のように錯覚できる規模の現象を起こせる相手、ということになるからな。
魔物であれば相当なランクだろうし、人為的な儀式、術式等によるものであれば……今度はその目的が何なのか、という話になる。
原因の特定ができないと、今後も同じような事が起こる可能性もあるしな。大空洞そのものに立ち入れないとなれば、資源の確保や敵対的な魔物の定期的な討伐も含めて影響が出るだろう。
『自然が原因であるなら特定もしやすいし対策しやすい、というのは良い事ではありますが……それ以外の場合は問題がありますね』
「確かに。精霊を介して分からない場合は途端に厄介な話になってきますね」
モニターの向こうでグレイスが少し表情を曇らせて言うと、ペトラも同意する。
「そうだね。その辺のことは……現地に到着してからかな。精霊達の様子を見て話を聞けば、最初の段階で原因のある程度の切り分けができる」
「現時点では、それを踏まえた上で救助を優先して考えるのが良いだろうな」
「はい。揺れに起因した崩落等の危険性は増していますから、原因に限らず安全確保をした上での探索は必須となりますね」
思案するレアンドル王にそう答える。まずは救助が最優先で、原因の特定と解決は次の課題となる。
隊列の組み方、安全を確保した上での捜索の仕方や救助の方法。移動中にその辺の作戦を練るのが良いだろう。
転送魔法陣があるので、仮に退路が崩れたとしても、巻き込まれない限りは脱出も容易だ。
隊列と様々な状況を想定しての探索法、対処法を練ると、レアンドル王やペトラ、救助隊の面々は感心したように頷いていた。
「流石に迷宮探索で慣れていると違うものだな」
「心強いことです」
レアンドル王やペトラはそう言って頷きあっていたが。
「大空洞内部の情報があってこそですよ」
その辺の情報ももらって考えた対応策でもあるからな。迷宮の経験だけでは足りない。
さて。地底湖の水が冷たく横穴を発見した点などから、ルトガー達はそこに退避しているだろう。大空洞近辺で訓練に参加していた武官達や元の救助対象であった冒険者達は……外にバイロンも残していて救助が期待できる状況というのもあるから、理由がない限りはあまり移動するということはしていないとは思う。
ただ……魔物もいるからな。何か襲われるような懸念があるだとか、実際にそういう状況に置かれているならその限りではあるまい。
安全確保のために少し移動しているというのも想定できる。その場合、コルリスとアンバーもいるから嗅覚による追跡は有効だろう。今回は、ルトガー達も大空洞の外に野営地を作ったりしているので、嗅覚による追跡は特にやりやすいはずだ。
隊列や捜索班、外に残る連絡や監視の役回り等も大体のところは決まったので、後は現場の状況を見て柔軟に対応して動いていくとしよう。
やがて遠くにごつごつとした岩場も見えてくる。あの近辺に大空洞入口が広がっているというわけだ。
では――予定通り精霊達の状態を見たり、バイロンや武官と話をして、状況を確認してから動いていくとしよう。