番外1553 受け入れた想いは
湖畔での昼食と湿原見学は、シルヴァトリアの歩んできた道だけでなく、精霊との交流を促進する場にもなったように思う。
「ふふ、ロメリアちゃん達も上機嫌ね」
イルムヒルトが子供をあやしながらくすくすと笑う。小さな子供達は陽気の温かさや周囲の環境魔力もあってかなり機嫌がよさそうに笑ったり嬉しそうな声をあげたりしているな。
「というか、精霊達の姿が見えてるか、感知ができているかな、これは」
幻影を展開していなくても精霊達に手を伸ばしてキャッキャと楽しそうな声を上げていたりして。小さな精霊達も応じるように手を振ったりにこにことしながら子供の顔をのぞき込んだりしていた。
「祈りの際に高位精霊の皆さんも力を貸してくれていましたからね」
「それはあるかもね。精霊との相性が良くなったり、感知能力が高まったりっていうのはありそうだ」
将来的にも精霊達と仲良くしてくれそうで良い事だと思う。
「みんな揃っての最初の遠出は……後でこんな風にしていたと伝えられるのは楽しみですね」
「ん。確かに」
にこにこと微笑んで言うグレイスの言葉に、シーラもこくんと頷く。
昼食を済ませた食後の団欒や散策といった時間を過ごして、頃合いを見て再度出発、という事になった。精霊達も船の周りに集まって見送りをしてくれているな。
幻影を重ねて姿や振る舞いをある程度見られるようにしていたから、迷宮村、氏族、孤児院の子供達と精霊達とで手を振り合って別れを惜しむ。みんなも一緒に手を振ったりしていて中々に和やかで微笑ましい光景だった。
そんなわけで点呼などの確認も済ませているので、また飛行船で連れ立って移動していく。
『地方の状況も見に行く予定であるな。先ほど少し話に上がった治水についても、実際のところを実例として見ることができる箇所もある』
そう言って笑みを見せるエベルバート王である。
「良いですね。子供達にとっても貴重な時間になっています」
俺がそう応じると、サンドラ院長やオズグリーヴといった面々もしみじみと頷いていた。
社会見学としても良いな。
「人の営みを見るとその創意工夫に関心します」
「それがこの子達の強み……でもある」
と、そんな風に言うのはティエーラとコルティエーラだ。
「そうですね。記憶や記録に留めて語り継ぐというのは、私達の思う以上に優れた特性なのでしょう」
そう応じるティエーラである。
人を始めとする文化を持つ種族の登場は、思考能力の高さによって精霊達の受ける影響も大きかったようだ。
ぼんやりとした光の塊。火の粉や水滴。あるいは自分達に近しい形ではあるが不明瞭な部分が大きくて形が安定しない何か。
文明を持つ人の登場以前に動物や魔物が精霊を感知した際のイメージはそういったものであったらしい。それをもっと明瞭にイメージし、記憶して人に伝える。そういった想いに影響を受けて、精霊達も少し変わったようだったとティエーラは語る。
「当時の精霊達からの視点というのは……貴重なお話ですね」
エレナが目を瞬かせつつも真剣な表情で言う。
「確かにね。精霊達は観測する側の想いや行いに影響を受けるものではあるけれど、それ以前はどうだったかって言われたら、話を聞けないなら想像するしかないからね」
「魔物は環境魔力に敏感だから火の粉そのものとか、水滴だとか、そのまま連想するのも分かる気がするわね」
環境の火の魔力が強いなら火の粉の一つも連想するだろうし。
そこを人や別の生き物が混ざった姿でイメージする、というのはやはり観測して影響を与えているのが人だからこそなのだろう。対話をしたいと望むのも言語を持つからこそだろうし、人の姿に近いものを想像するのも、理解し合える存在であってほしい、恵みをもたらすものであって欲しいという気持ちから来るものではないだろうか。
「ふふ、今の私の姿にしても、テオドールの影響が大きいのですよ。受け入れられる……というよりも受け入れたい想いでもあった、というのはありますが、人から個別の精霊として意識して観測されるというのも初めてのことと言って差し支えありませんし」
そうか。ティエーラ程大きな精霊になると、接触のためにあえてその姿を選んでいるというのはあるだろうな。スケールが違う存在なのだし、こちらに合わせてコミュニケーションを取ろうとするならば、同じ形、同じ感覚器を持っている方が望ましい。その上で、こちらの思い描いた想いやイメージを受け入れたいものだったからと言ってくれるのは……うん。嬉しい話だ。
「こうやってティエーラやコルティエーラと話ができるのは嬉しいな」
そう伝えると、二人は嬉しそうに頷いていた。ティエーラ達の反応にグレイス達も微笑んだりして、精霊に関する話を和やかな空気の中でしながらも、二隻の飛行船はゆっくりとした速度で進んでいくのであった。
そうしてそのままシルヴァトリアの地方都市や堤防を見て、実際の治水の様子や使われている魔法技術の解説をしてもらったりして、観光をさせてもらった。
ティエーラやコルティエーラも、静かに話に耳を傾けていたな。治水にしても、環境を制御しようとするのも生き物の持った力の一つ、として受け取っているからな。巣立っていける力を持つことを喜ばしく思っているから、自分が関わったりするような事はないとは言え、興味深く聞いていたようだ。
氏族や子供達にもいい刺激になっているようで、シルヴァトリアの魔法技術が使われた治水の方法に、色々と感銘を受けている様子であった。
そのまま地方都市に立ち寄って領主と挨拶をし、街中を見せてもらったり観光を行ってから王都へ戻る等して……シルヴァトリア訪問はかなり充実したものになったのであった。
シルヴァトリアからの帰りはエベルバート王を始め七家の長老達や魔法騎士団の面々、ジルボルト侯爵一家とテフラ、諜報部隊の面々に見送られて温かなものになった。
子供達も明るい笑顔で「ありがとうございました!」と声を揃えて別れの挨拶をして。見送る側も笑顔になっていたからな。和やかな雰囲気の帰り道だ。
家族揃っての外出。子供達の精霊との相性の良さの確認。社会見学に両国の親善、精霊や魔物、氏族も含めた他種族間の交流や友好にも繋がっているし、色々と有意義な旅になった、と言えるだろう。
子供達は七家の長老達に作ってもらった水晶の置物をお互い見せ合ったり、シルヴァトリア旅行での思い出を語り合ったり、帰りの船内は和気藹々としていて明るいものだった。
「子供達にとっても良い旅になりました。まだお礼を言うのは気が早い気がしますが、境界公には良い経験をさせてもらい、感謝しています。此度の旅で学べたこと、新しくできた人と人の繋がりは、きっと子供達にとって一生の宝となる事でしょう」
サンドラ院長がお礼の言葉を伝えてくる。エリオット達や氏族の面々もそうした言葉に頷いていた。一生の宝か。エリオットもエギール達と一緒に楽しそうに過ごしていた。エギール達もいずれこちらに家族を連れて遊びに来たりするのだろう。
今回の旅で、子供達同士新たに仲良くなっている面々もいるし、後に続いてくれると良いな。
そうやって洋上を進んでいくと……やがて陸地が見えてくる。オルトランド伯爵領だ。
「帰ってきましたね」
領地を見て頷くエリオットである。うん。では、エリオットとカミラ、ヴェルナーを直轄地に送っていくとしよう。ヴェルドガルに帰ってきたとはいえ、子供達を引率しているのだし、きちんと最後まで気を抜かずに進めていかないとな。